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2 老人ダビドとわたしの記憶

同時投稿!第2話です!


よろしくお願いします!

数日経つ頃には、わたしの身体は動けるまでに回復した。


ただし、左耳は負傷していたらしく、折れ曲がったままだった。


ダビドがすぐに治療してくれたようだが、元通りのまっすぐな耳には戻らなかったと、申し訳なさそうに教えてくれて知った。




体力は全開ではない。


でも、皿を洗ったり掃除をしたりなど、彼の手伝いくらいはできる。


衣食住を提供してもらっているから、手伝いくらいはしないと……。



そう思って、わたしは手伝いを申し出た。


彼はわたしが手伝いをしてくれることがとても嬉しいらしく、たとえ皿洗いであっても終わったことを報告するだけで大袈裟に喜んでくれた。



「助かるのぉ。歳をとると、立ちっぱなしは腰にくるでな。」



その笑顔に偽りはないのだろうが、どこか寂しさのようなものを感じた気がした。




彼の名は、ダビドと言う。


人間族の男性で、歳は88。


頭は禿げ上がり、口の周りまで覆った白髭を携え、いつも杖を持っている。


家族や身寄りはなく、いつからかここでずっとひとりで暮らしているそうだ。


聞いてもいないのに彼が楽しそうに話してきたので、わたしはそれを静かに受け入れていた。



でも、それを聞かされた時、わたしはひとつだけ疑問が浮かんだ。



こんな森深いところで、老人がひとりで生活しているの……?



単純にも、そう思ったのだ。



正直言って、ここがどこかはよくわからない。


だけど、周辺に人の気配はなさそうだったし、この辺はどことなく、わたしが住んでいる森と雰囲気が似ていた。


だから、森の中でもけっこう深い場所に位置しているんじゃないかとも思っていた。



人間族は本来、群れて生きる種族。


そう集落の大人たちからは聞かされてきたし、その話のとおり、街を形成し、みんなでまとまって生活していることも知っていた。


昔、一度だけ父に連れられて人間族の街に行ったことがあったけど、その時"人間はアリみたい"と感じたことをよく覚えている。


そのせいもあってか、コミュニティからはみ出す人間族などいないと思い込んでいたわたしにとって、ダビドの生き方は意外だったのかもしれない。



とはいえ、彼がここで生きる理由なんて、わたしには関係のないこと。


こんな辺境の地で、ひとりで生きる変わり者。


命を助けてくれた恩人ではあるが、わたしはダビドに対する認識を勝手にそう結論づけていた。





それから数日経つ頃には、体力も回復し、走ることもできるようになった。


手伝いだって家の中のことだけじゃなく、薪を割って風呂を沸かしたり、森に入ってキノコや木の実を集めたり、体力を使う仕事もやるようになった。



なんたって、今はまだ暖かくなる春の手前。


雪解けは終わったけど、春に向けてやることはたくさんある。


そうダビドがぼやいていたし、わたしもできることは手伝いたいと考えてのことだった。



相変わらず、手伝う度にダビドは喜んでくれた。


それに悪い気はしないし、わたし自身、命の恩人である彼に恩を返したいとも感じていた。



ダビドは本当に良くしてくれる。


ここでの生活はとても心地良かった。





だけど、ひとつだけ……



わたしの中には、ひとつだけ不安があった。



ダビドに助けられる以前の記憶。


集落で過ごしていたはずのわたしが、いったいなぜこんなところにいるのか。


その記憶だけがすっぽりと抜けてしまっていて、いまだに戻らないこと。


しかも、思い出そうとすれば激しい頭痛が襲ってくる。


まるで、わたしが思い出すのを阻むかのように。


それがわたしの心を不安に駆り立てていた。



もちろん、この不安を解消しようと、わたしは他に覚えていることはないか記憶を辿ってみた。


でも、辿った記憶の中で、認識できたのは3つだった。



ひとつめは、住んでいた集落やそこでの生活の記憶。


集落の特徴や構造、周辺の地形など、集落に関することはある程度は思い出せた。


ふたつめは、わたし自身のこと。


名前、年齢、種族、得意不得意などなど、自分に関することはちゃんと覚えていたのでホッとした。


そして、最後は自分の家族のこと。


わたしには母、そして妹と弟がいる。


父は昔に死んでしまったけど、強くて勇敢だったと聞いている。


そして、優しくて聡明な母、うるさいけど可愛らしい妹と弟がいることは、ちゃんと思い出せた。



それなのに、あの川辺で倒れていた理由や経緯は、やはり思い出せなかった。


思い出せない理由すら覚えていない。


それが非常にもどかしかった。



ならば、集落に戻れば思い出せるんじゃないか。


初めはそう思いもした。


だけど、なぜか自分が住んでいる集落の場所は思い出せなかった。



集落のことも、自分のことも、家族のことも覚えているのに、集落の場所がわからない。


記憶を取り戻したいのに、その術が見つからない。


これは、わたしにとって大きなストレスであった。





そこから数日経ったある時。


わたしは記憶の一部を失っていることについて、ダビドに相談しようと思った。


ダビドに相談したところで、解決方法が見つかるわけでないことはわかっている。


でも、このもどかしさと不安から、少しでも楽になりたかったのだと思う。



わたしは、彼がとても優しく大らかな人物だと理解していた。


そんな彼に話せば、親身になって話を聞いてくれるだろうし、わたし自身も少しは楽になるかもしれない。


そう思ったのだ。



だから、相談のタイミングを見計らうため、わたしは彼の様子を窺うことにした。



彼は毎朝、太陽が上がる前に必ず起きる。


そして、薪割り、洗濯、朝食の準備、他にも掃除や草むしり、鶏の世話などをこなしていく。


でも、彼の仕事はそれだけではない。


昼間は森で木を切ったり、薬草やキノコなどを採取し、夜は自分でお風呂を沸かして入り、晩ご飯を作って食べる。


最後には、紅茶を嗜んで就寝する。



規則正しい生活とはいえ、これを88歳の老人が毎日ひとりでこなすというのはかなり大変だと、改めて思った。


最近はわたしがいくつか仕事を手伝っているけど、それはあくまでもごく一部。


でも、彼はまったく意に介した様子はなく、ただただ淡々と日々の生活をこなしていた。



とても88歳とは思えない体力だな……



改めて驚かされたわたしは、いつのまにか相談しようとしていたことも忘れて、彼の観察にのめり込んでいた。




ダビドを観察していると、いろんなことがわかった。


彼が本当に穏やかな性格の持ち主で、動物たちは彼に警戒心を抱いていないこと。


特に、小鳥たちはそれがよくわかっているようで、よく彼の肩に遊びに来ている。


それに植物、鉱石、その他いろいろなことについて、とても博識であることも。


だけど、中でも1番驚いたのは彼の体つきだ。


腕は細いなりに筋肉質だし、服を着ているから分かりにくいが、おそらくは歳を感じさせないほどその体躯はがっしりしている。


一度だけ、お風呂の温度調節を頼まれた時にチラリと見た背中は、かなり鍛え上げられたものだった。



普段ついている杖の意味はあるんだろうか。


日々の薪割りだけでは、絶対にこうはならないだろうな。



わたしは単純にそう考えていただけだったが、ある時、それが疑問に変わった。



ダビドは1日の中で、数時間だけ姿を見せなくなることがあった。


それは大抵、彼が森に入った時に起きる。


日々の日課である薬草やキノコの採取は、比較的住まいの近くで行える。


だから、わたしの耳はそんな彼の様子をいつも捉えている。


兎人族は聴覚に優れた種族だ。


そのおかげで、ダビドの姿が見えなくても彼が発する音を感知できた。


要するに、彼が今どこに居るのか、常にその様子を追うことができていたのだ。


でも、その音が突然聞こえなくなる時間帯が、1日に数時間ほど存在した。


もちろん、彼を追いかけてみようと思うこともあったが、これまでは体力的な不安に加えて、地理的な感覚がないことがわたしの足を止めていた。


言い訳ではなく、森の怖さは住んでいるわたしがよく知っているからだった。



だが、最近では体力もほとんど戻ってきている。



薬草採取の手伝いをすると言って、彼の跡を上手くつければ、迷うこともないんじゃないかな。


わたし、脚には自信がある方だし。



彼の体つきに関する疑問が、わたしの気持ちを後押ししたのかもしれない。


そう考えたわたしは、ある時、その計画を実行に移すことにした。




「集めた薬草やキノコは、いつものとおり、蔵に置いておいてくれればよいからのぉ。」



その日、ダビドはわたしにそう指示すると、いつものように自分は少し森の奥へ行くと告げた。


その言葉に小さく頷いたわたしは、採取をする振りをしつつ、彼の様子に細心の注意を払っていた。


すると、突然、彼の動きが変わったことに気づく。



ここだ!



タイミングを見計らい、わたしは気づかれないように彼の跡を追った。


だけど、追いかけ始めてまもなく、あることに驚かされることになる。



な……何この人!


こんなの……とても老人が出せる速さじゃない!



彼は障害物が多くある森の中を、難なく走り抜けていくのだ。


しかも、かなりの速度で。


もちろん、邪魔になりそうな杖もしっかり握っている。



わたしたち兎人族は、脚力に自信がある者が多い。


かく言うわたしもそのひとりであり、わたしの脚は集落の中で一番速かった。


そして、それを誇りに思っていたし、自慢でもあった。



それなのに……!



わたしは必死に彼を追い続けた。


置いていかれないように。


ただ、必死になってそのスピードに喰らいついた。



そうして、数キロほど駆け抜けたところで、ダビドがやっとその足を止めた。


わたしも慌てて足を止め、木陰に身を潜めて彼の様子を伺うことにする。


そこは人為的に切り開かれた場所。


そして、人の形を模した木の人形が数体置かれていた。



ここは……なんだろう。



上がった息を押し殺しつつも、わたしは傷だらけでボロボロの人形たちを見ながら、胸の高鳴りを感じていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

明日からは1話ずつ毎日投稿を頑張りたいです!


パルトが何を見て、何を感じ、どう成長していくのか!


ぜひ楽しんでいただければと思いますので、よろしくお願いします!

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