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旅立ちの朝

 帝都アイアンフォート。何かと通った場所だったが、その外へ歩いて出るのは初めての事だった。俺は服の上から胸元に手を置く。そこには一つまみほどの赤い宝石が埋まっている。


 ダンジョンコアの中にあったそれが、今の俺の生命を支えている。流石にもう不老長寿というわけにはいかない。これからゆっくりと老いていくことになるらしい。やっとか、という気分だ。


 俺の足元を歩くクロマルも、ガーディアンではなくなった。あと何年一緒にいてくれるのか。……いや、これ以上を求めるのはあまりにも酷だ。今こうしてくれているだけでも感謝しかない。


 綺麗に舗装された、幅の広い道。併設された歩道をのんびりと行く。季節は春。時間は早朝。まだ肌寒いが、着込んでいるからどうという事もない。帝都の外は、地平線が広がっている。


 これまでは、定期的にモンスターが襲ってきていた。何かを立てていれば壊されてしまうから、設置物は無い。これからは違う。もう、次元を超えて何かが襲ってくることはない。これから先、この光景も変わっていくのだろう。


「わん」


 ほどなくして、目的の人物が見つかった。道から少し離れた所にひとの背丈ほどの岩があり、そこに彼女は座っていた。長く見事だった銀髪を、肩口で切りそろえたその人は、旅装に身に包んでいた。行楽用ではなく、探索用のそれ。今から荒野を一人で行こうとする装備だった。


「こんな所で何をしているんですか、先輩」

「……やあ、後輩君。そうですねえ、何をしているんですかねえ、私」


 まるで寝ぼけているかのような物言いを、オリジンと名乗っていた女性は返してきた。ダンジョンマスターを終えた彼女は、その名を捨てた。今は名無しであると公表したらしく、帝国は混乱している。三千三百年のあまり崇められた神が名と立場を捨てれば当然の反応だった。


「ずっとずっと、いつかまた旅をしようと思っていたんですよ。好きなだけ歩いて、身一つで何もかもを潜り抜ける。遠い昔の生活に戻ろうと」

「はい」

「しかし、いざこうやって街を出てみたんですが。どうにも目的地が定まらない。何もない方へ歩いてもいいんですが、気が向かない。とりあえず座ってみたんですが、さてどうしたものか」


 放っておいたら死ぬまでそこに座っていそうなほど、彼女から意気というものが感じられなかった。長く長く縛り付けられていたものから解放された反動だろうか。あの強烈な存在感がすっかり失われている。景色を眺めているが、何も見ていないようにも見える。ピントが合っていない。


 そんな先輩の足元へ、クロマルが向かう。変わらぬそのつぶらな瞳で、彼女を見上げた。


「……そういえば、どうして私がここにいるってわかったんです? 一応これでも、探索を邪魔する護符はもってきたんですが」

「こいつの鼻とカンですね。主はこの通り運の悪い男ですが、クロマルは逆に運とタイミングに恵まれたコボルトだったようです」

「それはまた。いい配下に恵まれたようですね」

「ええ。最高のコボルトです」

「わんっ!」


 嬉しそうに尻尾を振る。しばらく、その姿を二人で眺めていた。


「後輩君。君はこれから何か予定があるんですか?」

「そりゃまあ、行方不明になった先輩を連れ戻すという大事な仕事があるんですがね」

「それ以外で。もっと大きな予定ですよ。あのエルフの都で余生を過ごすんですか?」

「一応そのつもりではありますが。ただ、せっかく自由の身になったのでちょっと行ってみたいと思っている所はあるんですよ」

「ほう、それは?」


 なんとなくの、ただの雑談。それが、先輩の興味を引いた。少しだけ、彼女の意識のピントがこちら側に戻ってきた。


「火星です」

「カセイ?」

「太陽系第四惑星。ほら、地球へのエサってことでテラフォーミング技術ばらまいたじゃないですか」

「ええ。こっちに興味を持たれないようにそうしましたけど。何かしらやってたとは報告受けましたけど、上手くいったんですか」

「今じゃ立派な緑の星らしいんですけどね? 統治に問題があるそうです」

「ほほう?」


 はっきりと、俺を見た。恐ろしくも頼もしい。美しく無邪気な、アルクス帝国の現人神。


「火星をテラフォーミングする際、大企業に出資させたらしいんですよ。見返りに広大な土地を与えて自治権もセットで。で、その自治領で企業がやりたい放題してるらしいんです。企業が法みたいな絶対支配、なんてのはまだましで。中には統治失敗して無法地帯になっている所もあるのだとか」

「あらまあ、それはひどい」

「だから、ぶんっちまおうかと」

「はい?」


 素っ頓狂な声を上げる彼女に、人の悪い笑みを返す。


「間抜け共が、好き勝手やってるわけです。それで人が泣いている。そんな話を聞いてから、どうにも気分が悪い。まだまだ時間はあるわけですし、ここはひとつ火星で国でも興してみようかと」

「うはははははははは! それはいい!」


 清々しい、いつもの高笑いを上げた彼女は岩から飛び降りた。すっかりいつもの調子だ。


「なかなか面白そうじゃないですか。よろしい、暇ですし付いて行ってあげましょう!」

「あ、やっぱそうなりますか。じゃあとりあえずは帝都に戻りますよ。みんな困ってるんですから」

「えー」

「えー、じゃありません。色々止めるにしても、手順ってものがあるでしょう。責任取ってくださいよ先輩」

「時間取られそうなのが嫌なんですよねえ……」

「段階的に、ボチボチやっていきましょう。火星だって、時間かけてやるつもりですしね」

「しょーがありませんねぇ……」


 俺たちは、来た道を戻っていく。新しい旅立ちの為には、準備が必要だ。


 ダンジョンはもうない。全てのダンジョンマスターは、自由になった。決戦も終わりを迎えた。


 しかし人生は、人の営みは続いていく。俺たちはそれを、勝ち取ったのだから。




 決戦世界のダンジョンマスター 完

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

決戦世界のダンジョンマスター、これにて完結でございます。

書籍化を含め、ここまで続けられたのは読んでいただいた皆々様のおかげ。

改めてお礼申し上げます。

やりたい事を詰め込んだ作品でした。大体やり切りました。

次の物語はボチボチ書いていきます。その前にノンフィクションを一本やるつもりです。


X (旧Twitter)をやっております。作品のアナウンスもこちらでやっておりますのでよろしければフォローしていただければ。

https://twitter.com/tendou011


それでは、また。

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― 新着の感想 ―
大変面白かったです。
[一言] すごい面白かったです 一番好きなキャラのオリジンが三千年の復讐劇、多くの悲喜交交を経験し、念願叶った末に新しい道を見つけてくれたのはとても嬉しいです その道を主人公が示したというのもなお嬉し…
[一言] 一気に読みました。ありがとうございます!
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