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明日を待ちながら

 アイデアが、浮かんでしまった。一発当てるなら、何とかなる。段取りを、ブッチャー&クラッシャーと相談する。


『まー、できるけどよー。いい加減、マスターの無茶も極まって来たな』

「毎度毎度の事だけど、やらないといけないからやってるだけだよ」

『つくづくひでぇ運の巡りだこと。しゃーない、腹をくくるかぁ、相棒。俺たち内臓モツなんて入ってねーけど』


 さて、後は協力者を集めねば。ぐるりと周囲を見渡せば、よく知る二人の姿が見えた。ブチギレて暴れるオリジンに跳ね飛ばされる前に、作戦を説明して協力を取り付けた。あとは……いやだけど、一応指揮官に伝えておこう。


 俺は、捕縛されて簀巻きになったアマンテの元に向かった。周囲をばっちり騎士団に囲まれているものの、話は普通にさせてくれた。


「今からオリジン様に一発カマすんで、後はお願いします」

「……ふうん、わかったわ。次に繋いであげるからさっさと爆発してきなさいな」


 ばれてる。色ボケでも、三大守護神は伊達じゃないな。俺は踵を返して戦場に戻る。状況はひどい有様だった。さっきの丁寧な戦いぶりは何処へ行ったのか。最初の頃の、サーチ&クラッシュばりの大暴れ。あの時ほどの速度はもちろんないが、殲滅速度はほぼ遜色ない。


 が、俺の姿を見るや動きがぴたりと止まった。


「……企んでいますね、後輩君!」

「うわあ、速攻でばれた。なんでですか?」

「君が何の策も持たずに前に出てくるなんてありえません。だって弱いから!」

「おっしゃる通りにございます」


 ぐうの音も出ない。こうなってくるともう隠すよりも直球で行った方が成功の目があるな。俺はブッチャーを背の鞘に戻すと、柔道家のように両腕を大きく開いた。


「えー、そういうわけで捕まえさせていただきます。デバフ食らいまくっている今のオリジン様なら、短時間くらいなら捕縛できるはずだと」

「なるほど、初めから自分を捨て石に。……貴方、毎回そんな作戦やってません?」

「ほっといてくださいよ。結局これが一番冴えたやり方なんですよ」


 さてゆっくりと近づくべく足を動かすわけだが、先輩は大人しくその場にいてくれない。間合いを開けて石を握り、こちらに向けて一投目を振りかぶる。そこへ、鋭く槍が差し込まれる。オリジンは当然のようにこれを避けるが、石投げは邪魔された。


「もう動けるようになりましたか、侍」

「あらかじめ、準備しておりましたが故に」

「では、二戦目ですか」

「いえいえ、遺恨は先ほどの一発で終わりとします。これは、若人の為の助太刀でござる」

「お前が加わっても、捕まる事なんてありえ……む」


 気が付けば、オリジンをぐるりと囲むダンジョンマスターたち。今まで集団戦は、同士討ちを忌避して行わなかった。しかし。


「えー。俺への被弾は気にせず攻撃してください! 自分は全力で守るので!」

「そういう話ですかっ!」


 オリジンの焦り声。俺は残ったエネルギーのほとんどを防御に回し、大胆に足を進めていく。割とギリギリのエネルギー配分なので、余裕が無い。俺が進めば当然、オリジンが動く。その逃げ道を別のマスターが塞ぐ。


 身を張って道を塞ぐ。武器を振って移動を阻害する。事ここに至って、状況が変動する。俺たちの得意な状況になる。俺たち一人一人が壁、罠、迷路、迷宮! ダンジョン! オリジンという獲物を仕留めるために、マスター達がダンジョンとなっている!


 繰り返すが、俺たちはこれを練習して行っていない。なので無駄もあれば同士討ちもある。だがそれでも実行する。すぐに倒されるほど弱い者が、助けを借りて踏ん張れる。同士討ちで怪我をするが、オリジンに殴られるよりは軽い傷。


 そうやって追い込む。どんどん迫る。倒れても新しい者が穴を塞ぐ。


「お、おお、お?」


 この状況には、先輩も目を白黒させる。状況に対応するために手数が増えるが、それだけ雑になる。超能力、奪った武器、拾った石。あらゆるものを使って俺たちを薙ぎ払う。だがそれでも、倒しきれない。


 そしてついに、俺は目の前に立っていた。フレンドリーファイアとオリジンの迎撃により、とっくの昔に割り振ったエネルギーは使い切っていた。クラッシャーは無事だが、中身の俺はガタガタだ。


「ええい、しつこいっ!」

「ぐっ!」


 ぶん殴られるが、倒れない。威力が落ちている。疲労が出ている。仲間の包囲のなかでは、俺を倒しきる時間を捻出できない。周囲から攻撃がオリジンに迫る。それを避ける動きに合わせて、思いっきり抱き着いた。当然、マスター達の攻撃が俺に命中するがもはやどうでもいい事だ。


「捕まえた! 捕まえたぞー! 全員離れろ!」

「ちょ、放しなさい! ってか離れろ!?」


 最後の力を振り絞って、全力で拘束する。残り僅かのエネルギー。使い時を間違えたらえらい事になる。


 オリジンは当然拘束を解こうと暴れる。だが、もう遅い。俺が隠し持っていたそれが、ふわりと浮かび上がり眼前に現れた。


「こ、これは?」

「ミヤマダンジョン錬金術工房作成、対大型モンスター用アルケミックボム、試作品」


 兜の下でにんまりと笑う。戦艦相手に使いそびれたこれを、持ってきておいて本当に良かった。今まさに、気絶から目覚めたサイゴウさん所の超能力タコの力で、それが地面に叩きつけられる。


「止めなさい、止めーーー!」

「これでもくらえ」


 閃光と衝撃が、俺たちを襲った。


/*/


 気が付くと、全身の感覚がマヒしていた。痺れた感じがあるから、とりあえず五体そのものはあるのだろう。最後の最後で、エネルギーを防御に回した。これでからっけつ、何もできない。


「□□□」


 目の前で、誰かが何かを喋っている。よく聞き取れない。よく見えない。何もかもがぼんやりとしている。とりあえず明かりは見える。兜を誰かが取ってくれたようだ。


 どれくらいか、たぶんあまり時間はたっていないだろう。何かがじんわりと体にしみこんでくる。神官による治療の奇跡を施してもらったようだ。ぼやけていたそれが、ゆっくりと治っていき……。


「ゲホッゴホッ!?」


 全身に激痛が襲ってきた。なにこれひどい。これまでいろんな怪我を負ってきたが、その中でもトップレベルにきついぞ。幸いなことに、治療は続いているからゆっくりと痛みは引いて行っているが。一体どれだけ火力があった事やら。


「目が覚めましたかこのスカタン」


 先輩の声が頭上から振ってきたと思ったら、顔を踏まれた。足を乗せられるという感じなので痛みはないが。


「くるしいです先輩」

「そのまま苦しみなさい。治療は、最低限でいいですよ。ボロボロで家に帰しなさい。あと、嫁にちくりなさい」

「待って先輩。お願いこの通り」

「却下。貴方、心臓止まってたんですよ? ダンジョンコアとの接続が切れてなかったら自爆システムが起動してましたよ全く」

「わあお」


 ついに俺も臨死体験か。今までいろんな感じに怪我したものだったが、ほぼ最上級を更新してしまったな。これ以上は本当の死しかない。キアノス神の御許はいかなる所だろうか。


 満足したのかどうか、先輩の足がどけられる。……その姿は、ほとんど変わりがなかった。


「先輩、まさかノーダメージですか?」

「属性耐性なんて、備えていて当然でしょう。特に火なんて戦場じゃあ当たり前に使われるんですから」

「えええ……」


 これだけ痛い目みて、マスター達が全力絞っても勝てないとは。分かっていたけど、実力差がありすぎる。流石にもう俺も動けないし、これからどうすれば。


 心底困り果てる俺を見下ろした先輩は、少しだけ笑った。


「全く。そんな顔しない。はーい、全員集合ー。とりあえず、そっちの一本という事にします。これ以上、命を投げ出すレベルの無茶されるのは、心臓に悪いですからねー!」


 オリジンの宣言に、しばらくは誰も声をあげなかった。が、大きな地響きが二つ。何とか体を起こしてみれば、心底疲れたとばかりに倒れる竜と巨人。先輩の封印は相当に疲れたのだろう。お疲れさまでしたと労いたいが、とりあえず後だ。


「ふむ。守護神様方が動けぬのであれば、勝鬨の音頭は誰が取るべきか」

「ソウマ様でいーじゃねーか。結構長いだろ?」

「いや、ワシより長い方はそれなりに……」

「いいぞー、任せたサムライ」

「ワシもう疲れたー」

「先輩方……おっほん。それでは、我らの勝利を祝して、万歳三唱!」

「「「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーーーい!」」」


 歓声と共に拍手が鳴り響く。ほとんど勝ちを譲られたようなものだが、とりあえず地球人類壊滅の危機は去った……のだよね?


「……すみませんオリジン様。とりあえず今回のこれで、地球と話をしてくれるという事でよろしいので?」

「え? それは嫌です。即座に壊滅させるのは、今回の皆に免じて取りやめます。でも基本的に私、地球の国家を信じたりしませんからね?」


 その一言に、全員の動きが止った。そして互いを見合い、頷く。


「全員集合ー! 三大守護神様方も集まっていただこう!」


 誰かが号令をかけ、そのようになった。ヒトの姿とサイズになったヤルヴェンパー様達もそろって、先輩の前に座り込む。なお、オリジンは騎士団が持って来た台座に座って高い位置。その隣に、簀巻きから解除されたアマンテが立つ。


「もう一度確認するわ。オリジンは、地球側と話すのは嫌なのね?」

です。そもそも、地球には国が山ほどある。それらと一つ一つ交流している暇なんてありません。ぜったい


 ぷい、と子供のように首をひねる三千歳児。確か、地球の国家の数は二百近いんだったか。それらとの交流にかかる労力は相当なものになる。一人でやれるものじゃない。


「じゃあ、別の者に任せるのは大丈夫?」

「別というと?」

「そりゃもちろん、私」

「アマンテにだけは絶対やらせません! 地球のすべてを自分の手先にして襲い掛かってくるに違いありませんからね!」


 さもありなん。集ったマスターのすべてがオリジンの言葉に深く頷いた。しかしアマンテは顔色一つ変えることなく、次の意見を述べた。


「じゃ、こいつらはどう?」


 彼女が指さす先にいるのは、俺たち。ダンジョンマスター。


「いや、無理でしょう。権力者との交渉なんて、ダンジョンマスターの仕事じゃありません。それを前提で選んでませんし」

「でも、ほかに任せられる人材いないでしょう? 帝国の皇帝や貴族は立場が違う。地球側が求める交渉相手にはなりえない。オリジンの代理人になれるのはマスターだけよ」

「それはそうでしょうけど……」

「もちろん、そのままやらせるなんて言わないわ。地球側でも工作が必要でしょうし、交渉用の人材も含めてその辺は別途用意する。顔つなぎ役だけやらせればいいのよ」

「だけ、っていっても……」


 先輩はなんとも煮え切らぬ態度。……なんとなくだが、ここで意見を出さなければいけない気がした。手を上げる。


「……何ですか、後輩君」

「オリジン様。今回無理を言っているのは俺たちです。なので、その責任は取るべきだと考えます。確かに、国家相手の交渉は荷が勝ちすぎます。専門家を付けてもらう必要はあります。実際話をしても、何も進まないでしょう。決定権はオリジン様が持っておりますし。ですが地球から押し寄せる諸々を防ぐ壁になら、なれると思うのです」

「ああん? なんだ、やることは結局同じか?」

「そうっすねサイゴウさん。地球からの干渉、侵略を防ぐ。そういう意味ではいつも通り」


 なるほど、それならば。という理解の声があちこちから洩れる。壇上の先輩は、決断を渋っている。


「……貴方がたの故郷ですよ? それでいいのですか?」

「いやまあ、俺たちもガキではないので国が善良な存在じゃないという事は分かっています。国民の権利と財産の為ならば合法非合法、陰に日向に色々やるでしょう。でもそれは俺たちもそうです。この世界の防衛は綺麗ごとだけでやっていられない。そして、この世界を守らなければ全てがおじゃん。みんな分かっている事です」


 周囲を見渡す。皆が、深く頷いてくれた。


「俺たちが交渉役をやれば、先輩が煩わされることもない。地球が酷い事にならないというのは、俺たちにとっても良い事です。何より、世の中予想通りにはいかないもの。ちょっと混乱を与えるだけのつもりが、予想外の騒動に発展とかよくある話。ここまで燃やすつもりは無かったとか、こっちでもいくらでもありますよね?」

「……そうですねえ。私腹を肥やすつもりだったのに、巡り巡って失敗して私の奴隷やってる城塞蜘蛛が知り合いにいますね」


 ははは、と一同笑い声をあげる。当人は何故か胸を張っている。先輩の近くであればなんでもいいのか。いいんだな。


「……俺たちはオリジン様方に強制的に連れてこられました。無理やりダンジョンマスターにされました。でもオリジン様が今まで頑張ってくれたからこそ、俺たちは生まれてくることができたのも確かです。わだかまりを捨てられない者もいるでしょう。そこはそれ、個人個人で解決してもらうとして。……ダンジョンマスターは世界を守る者。その責任を、もうちょっと俺たちに分けてください。一人で頑張りすぎなんですよ、オリジン様は」


 俺がそう言い終わった直後、先輩の瞳から涙が零れた。零れてしまった。


「あーーー! オリジン様泣かしたー!」

「よーし、小僧をつるし上げろー! あるいは胴上げだ!」

「待って! 待って! 俺さっき死にかけたばかり! 体中痛い! あいだだだだだ!?」

「ええい! 酒飲んでるんですかお前たちは! 落ち着きなさい!」


 先輩の執り成しで、どうにか騒ぎが治まる。危うくキアノス神の御許に行くところだった。一瞬手招きしてた気がした。


「分かりました分かりました! まったく、そこまで言うならいいでしょう。交渉役だけは、やらせてあげましょう! 言っておきますが、基本的に私は折れませんからね! 相手方が何言ってきても突っぱねるように!」

「「「はーい!」」」


 何処か晴れ晴れとした笑顔を浮かべるオリジン様。その横で何故かふくれっ面をしているアマンテ。ヤルヴェンパー様とティフォーネ様は満足げに微笑んでいらっしゃる。マスター達は自分の母国がいかにダメかヤバいかで頭を悩ませているが、とりあえず前向きで明るい表情だ。


 なんとか、どうにか。


「めでたし、めでたし、にできたかな?」


/*/


 全然めでたし、じゃなかった。とりあえずまずは、我がダンジョンについて語ろう。次元迷宮との接続が切れて、敵は地域周辺に現れた連中だけになった。殺戮機械はずいぶん暴れてくれたので、結果的に多少の間引きとなった。これが、唯一の朗報。


 他はひどい。まず、ダンジョンはほぼ使い物にならなくなった。迷宮部分は崩落が激しく、人が入るにはあまりにも危険地帯になってしまった。巻き込まれても平気なマッドマンだけが、唯一内部で動けるがそれでは意味がない。後々、無事な部品を引っこ抜いてまとめて埋め直す予定だ。


 何故後なのかといえば、置き場所がないからだ。戦艦が大暴れしたおかげで周辺はひどい有様だ。ラーゴ森林は見る影もない。修復には長い年月が必要だろう。アラニオス神の御姿が見えないのもその辺が理由に違いない。


 地下十一階が壊滅したせいで、アーコロジーその他を地上に置きっぱなしにしなきゃいけないのも辛い所だ。戦艦撃破後に、慌てて防壁を作って新しく陣地を敷いた。最低限の守りは作れたが、安全には程遠い。住民たちも不安を抱えているので、防衛力強化に努めたいと思っている。しかし地下に下ろすのは、今回の大襲撃中には無理だ。説明して諦めてもらうしかないだろう。


 地上がそんな状態であるから、迷宮からパーツを引っこ抜いても仕方がない。プルクラ・リムネーの中にそれらを置く場所は無い。防壁の外においても壊されるだけだ。そのままにしておいた方がまだまし。崩落で壊れても、運が悪かったと受け入れるしかない。あの戦いを勝利できたのだから、受け入れるべき損害だ。


 同様に、地下十一階も今のところは放置するしかない。大襲撃が終わったら、残ったものをサルベージするつもりだが、果たしてどれだけ回収できることやら。思い出の品は多い。イルマさんの絵とか、できれば無事であってほしいものだ。


 そんなわけで地下の大空洞も埋め直して、新しく一からダンジョンを作る予定だ。それまではプルクラ・リムネーに間借りしてやっていくしかない。ダンジョンコアは連枝の館の下に移した。あそこなら安心できる。


 ダンジョンについてはこんな所だ。防衛力が大幅に低下したが、幸い敵の姿は少なくなっている。このまま増えなければ何とかやっていけるだろう。次元迷宮が再稼働したから、そこから抜けてこなければ大丈夫なはず。


 次に、俺について語ろう。搬送してくれたオリジン騎士団から事の顛末を聞いた妻たちは、端的にいって怒りで爆発した。事もあろうに姉さんを召喚し、三人でド説教をしてくれた。姉さんは勘弁してくれと土下座したんだけど許してくれなかった。


 正座させられ、かわるがわる厳しいお言葉を頂戴した。毎度毎度の、自分を囮にする癖をいい加減改めろと。ダンジョンも大きくなったのだから、責任もそれだけになっているんだと。父親なのだという自覚をしっかりしろと。そろそろエラノールやミーティアを嫁として迎えろと。


「え? ちょっと待って最後のよくわからない」

「片やソウマ伯爵家の血筋で筆頭ガーディアン。片や亜神です。万が一他所に取られることになったら大問題。家に抱え込むのが正しいのです」


 ロザリーさんが容赦なく現実を突き付けてくる。


「姉さん! 倫理観的におかしいってみんなを説得してよ!」

「こういう家を作ったお前が悪い。しっかり責任取りなさい」

「そんなー」


 大襲撃が終わったら、そういう事になるらしい。生物のオスとしては嬉しいが、ミヤマナツオの人の部分が悲鳴を上げる。……でもまあ、責任を取らねばならないのはその通りだ。うわー、エルダンさんとエンナさんが義両親かー。頼もしくも恐ろしい。


 その後も色々お叱りが続いた。途中で妻二人に泣かれたのが一番堪えた。これからは、囮しなくてもいいように準備していかなければなと反省した。


 姉さんの話が出たついでに、新人ダンジョンマスターについても語っておこう。次元迷宮の接続はずいぶん難儀したようだが、それでもどうにか生き延びれたらしい。彼ら彼女らのように若く弱い迷宮は、強いダンジョンの近くに配備されたらしい。グランドコアも、その辺はしっかり考えてくれたようだ。顔見知りも増えたようだがら、それが今後に繋がればいいと思う。


 まあ始まったばかりだし、自分のダンジョンの安全が確保できるのを前提としてのんびりやるといい。……自分で言っておいてアレだが、安全の確保とても難しいな。つまり、しばらくはのんびりできないという事か。俺だって、ここまでずっと急ぎ足だったしなあ。大襲撃終わってダンジョン整備終わるまで、俺ものんびりできる時間はなさそうだ。


 だけどまあ、息抜きするぐらいの時間は多少は持てる。今のように。


「今日も疲れた……」

「くぅん」


 プルクラ・リムネーの一角、とある空き地。俺は個人用テントを張ってキャンプをしていた。焚き火台に火をおこし、ヤカンをかける。夕食はお手製、肉と野菜の炒め物(適当料理)。酒もつまみも少量用意した。


 下の連中が押しかけて、色々手狭になったプルクラ・リムネー。それでも俺の寝床は確保できている。しかし、戦艦との戦いの跡片付けで最近忙しすぎた。いい加減ストレスが酷かったので今日はキャンプすると叫んでここにやってきたわけである。


 お供はクロマル……なのだが。


「お前さあ、嫁さんの所に戻ってやれよ。妊婦なんだぞ?」


 クロマルと結婚してくれた白姫さんだが、素晴らしい事にご懐妊なされている。安定期に入っているから急変はまずない。


「わん」

「いや、仲間がいるからってそういう問題じゃないだろ。何かあったら大変な事になるんだぞ? 俺のダンジョンが」


 二人の結婚式はすごかった。何せ、長年オリジンを支えていたコボルトだ。帝国の上位貴族や官僚にっとい繋がりがある。そんな人たちがこぞって参列したのだ。


 普通だったらあり得ない。だがここはダンジョンだ。帝国の流儀では、ダンジョン内で貴族の位は考慮しないというものがある。それを利用というか悪用して、そうそうたる面子がやってきてしまった。

 アルクス帝国の皇帝クラトス・ニキアス・アルクス陛下とロイヤルファミリー。帝国を支える六公爵家の皆々様。各種大臣も参列していたし、もちろんコボルト幸せ社からもいらっしゃっていた。大襲撃の直前だったというのに、皆さまよくもまあ日程を合わせてくれたものだ。


 とんでもねえコボルトを迎えてしまったなあとビビったのもいい思い出だ。とはいえ、万が一があったら帝国上層部が刃を向けてくるだろう。ダンジョンとて容赦はされぬ。白姫さんはそこまで慕われているというわけだ。


「わふ」

「……まあ、そこまで言うならしょうがない。知らせがあったら走るんだぞ?」


 夕食をクロマルに分けてやり、腹に収める。うん、塩コショウだけでとても雑。こういうのが分かるようになったのも、腕のいい料理長のおかげだな。贅沢な舌になってしまったものだよ。


 とはいえ、一人のキャンプメシなどこんな物でいいのだ。凝ったものを楽しむのももちろんありだが。つまみを適当にたき火であぶりながら酒に手を伸ばす。ふと、空を見上げた。


 星が変わらず瞬いている。静かな夜、ではない。今も夜番が戦っている。新しい迎撃シフトはなんとか回りだした。今戦っている者達も、時間がくればしっかりと休める。安全ではないが、危機的状況でもない。つまりいつも通りの夜というわけだ。


 このまま凌いで行けるといいが。そんなことを思いながら酒に口をつけていると、集団がこちらにやってくる気配があった。周囲にはダークエルフが警備についている。それを通ってくるという事は。


「ナツオ様ー。晩酌にお付き合いに来ましたー」


 イルマさん、ロザリーさん、エラノールにミーティア。嫁さんと、これから嫁さんになる女性陣がやってきた。もちろん彼女らの護衛と侍従もいる。それらがテキパキと焚火の周りに追加の椅子やら食事を用意していった。


「お疲れ様。仕事、どう?」

「終わらないので切り上げてきました」

「経理部はそうだろうねえ……」


 イルマさんが肩をすくめる。さもありなん、と頷く。どれだけの損害が出たか正確な数字はとても出せない。ついでに、下にある財産をどれだけ回収できるかもわからないのだ。とりあえず運営資金はある程度回収できたらしいのは朗報だが。


「総務も似たようなものですわー。トゥモロータウンを引き上げていただいたおかげで、とりあえずの物資は確保できていますけど。備蓄はほとんど地下に置き去りですもの」


 ロザリーさんも深々とため息をついている。


「貴重品だけでも、早急に回収したほうがいいでしょう。冒険者のチームを複数用意いたしましょうか」

「そうだねえエラノール。魔法のバックを持たせて、行ってもらおうか」


 霊薬ポーション、各種魔法のアイテム、単純な金銀財宝。盗掘されたら事だ。まあ一応、ダンジョンアイに見張ってもらっているから変な奴が入り込んだら分かるようにはしてあるんだけど。


 ミーティアが、持ち込んだ酒をひと瓶飲み干す。今はちょっと物不足だと言っているのにこれである。まあ最近まで寝てて、ずっと飲めてなかったから少しは見逃すが。


「ぷはぁ……あー、そういやさ。あのでっかいのに住んでる連中、がやがや喧しいね」

「どのアーコロジー?」

「あれだよあれ。一番端の。不安と苛立ちを膨らませてる感じー」

「小国の連中かあ……」


 元々の信用が薄いというよりほぼない間柄。今回の騒動でダンジョンへの不信感を募らせているのだろう。一応、説明やら何やらをしたがその上でミーティアの言っている通りならちょっとお手上げである。


「大襲撃後の復旧手伝いを厚くする?」

「いいえ、舐められるだけですわ。ここはばっさり切り捨てを提案いたします。そもそも、受け入れたのだって計画的な防衛の邪魔にならないためですもの。大襲撃が終わったら、もはや考慮するに値しません」


 容赦ないロザリーさんのご意見。他の皆も同じらしく、首を縦に振っている。……まあ、セルバとバルコにきっちり支援すれば短絡的に戦争などしかけてこないだろう。そうして思いとどまっているうちに、関係を修復していくしかないか。


 その後も、軽く酒を傾けつつ報告を受ける。大きな問題は無いのは幸いだった。


「……しばらくは、落ち着かない日々が続きそうですね。ナツオ様のご両親にメルヴィをお見せするのはいつになるやら」


 たしかに、と頷く。二人に孫の顔を見せてやりたい。今回の被害があったにもかかわらず、全く変わらずコボルトと戯れる我が娘をさっき確認してきた。あの子は大物になるぜ、という確信をより強いものにした俺だった。


 とはいえ、懸念はある。


「これから日本の相手もしなきゃいけないんだよねぇ。……まあ、義兄さんがあっちで動いてくれることになったし、先輩の助けもあるから何とかなるとは思うけど」


 母国ではあるが相手は国家。しかも、国民を拉致されている。こちら側に負い目があるが、返還には一切応じないというスタンスで交渉がスタートすると決まっている。素人目から見てももめるのは火を見るより明らかだ。


 日本とていつまでも弱腰でいないだろう。この間のような工作部隊を送り込むのだってやってこないとは限らない。交渉への介入を考える別勢力だって出てくると考えるべきだ。


 タカにもハトにも動けるように、日本側で工作できるようにしなければならない。先輩はそう動こうとしていたらしいが、それに義兄さんが手を上げた。協力者として動く代わりに便宜を受ける算段らしい。


 正直それについては義兄さんの交渉力にかかっている。俺が口を挟んでもプラスになるとは思えない。……まあ、亜神の生まれ変わり云々を差し引いても義兄はすごい人だ。なんとかするだろう。他ならぬ娘の為に。


「まあ、ボチボチ何とかなるよ。今までに比べれば、ルートができたからね」

「ご家族と再会できるなら、なによりですからね」


 エラノールが笑顔で言ってくれる。最初期から支えてくれた彼女の言葉には、いろんな思いが籠っているように聞こえた。


 ……ダンジョンマスターになって、結構な年月が経った。いろんなものが変わった。ここからも変わっていくだろう。悪い事も、良い事も。二度と出会えないと思っていた両親と顔を合わせる日が来るかもしれない。嬉しい話だと思うのと同時に、運命の流れに改めて困惑させられる。


 それでもやっていくしかないわけだ。俺のできることは限られているが、代わりに仲間がいる。仲間がいてくれるからどうにかなるし、そのためにダンジョンを作るのだ。


 さて、そうやって話しているうちに酒が尽きた。そもそもあまり多く持ってきていない。ミーティアは何本も抱えていたが、それも飲み干してしまったようだ。


「それでは、お暇します。明日はなるべく早く撤収してくださいましね。マスターがこのような場所でキャンプしているのを見られるのは外聞が悪いのですから」

「はーい」


 ロザリーさんから小言を言われる。全くもってその通りなので、素直に頷くほかない。


 イルマさんが、皆を代表して挨拶する。


「それではダンジョンマスター様、おやすみなさい。また明日」

「はい、おやすみ。また明日」


 大襲撃終了の兆しあり。オリジンからそのような宣言がされたのは、それから二日後の事だった。

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決戦世界のダンジョンマスター 一巻もエントリーされています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 爆発って物理的に自爆しにいったー! てっきりこう末永く爆発する感じかと…!
[一言] 白姫様 歳の差すぎて姐さん女房というか婆さ 文章はここで途切れている
[一言] 日本から見ると誘拐された本人が帰らないし返さないと言ってるんだからむしろダンマスなりたいという希望が殺到しそう。 さらに永遠の生命保障とか言われたら政治家達も殺到。 しかも交渉相手がチョロそ…
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