日常的防衛戦、非日常的危険
ミヤマダンジョン、本日の防衛戦。お相手は地下世界からやってきた、ファンガスマンの強襲部隊だった。
プルクラ・リムネーの移動を機に、地下へのアプローチ方法を見直した。地下五階に出入口を開けておく方法は、迎撃に不備が出るからだ。具体的に言うと、門前町やプルクラ・リムネーの迎撃が機能しなくなる。
今までは門前町のみだったがエルフの都が地上に出た現在、この戦闘力を浮かせるのはあまりにももったいない事だった。
というわけでダンジョンの外、エルフの城壁からよく見える森の中に新しく侵入地点を作った。モンスターが湧き出てきたら、監視員がすぐさま鐘を叩いて知らせるという手筈になっている。
地下世界探索をする冒険者からの反応は、正直悪い。今まではエレベーターに乗ればすぐに出発できたのに、少々歩かなければならなくなった。晴れの日は問題ないが、天候が雨となればわずかながらも濡れなくてはならない。
雨の日限定の送り迎えサービスを始めようかと俺が提案するも、管理側も使用者側もそろって反対意見を出された。そこまで甘やかす必要はない、というのが両者の言葉だった。道を整備したり、回収してきた物資を乗せる台車を用意しただけで十分だと。
道が変われば物流も変わる。地下十一階に設置してあった、探索基地と出張錬金術工房を門前町に移動させた。どちらも地下にあっては不便だからだ。
変更により色々勝手が変わったが、許容範囲ではあるようだから現場には慣れてもらうしかない。これもダンジョン防衛の為なのだ。
と、言うわけで戦闘である。俺は地下十一階の戦闘指揮所で、ダンジョンアイの能力を借りて状況把握に努めている。
現在は初期段階。森にある地下出入口から、ファンガスマンの部隊が次々と現れている。
「またずいぶんと数を揃えてきたね」
「はい。どうやらそれなりに大きな部族のようです」
俺の感想にエラノールが相槌を打つ。ゴブリンよりもちょっと大きく太い、歩くキノコもどきファンガスマン。この奇妙な怪物種族は、飢餓キノコを使って他種族をバーサーカーに仕立て上げる。脳に寄生し興奮状態と飢餓感を維持させる生物災害キノコ。これにやられた怪物たちが、次々と地下より現れてダンジョンに向かって走り出している。
「エルフ隊、準備どうかな?」
『は! こちら城壁防衛隊、準備完了です』
プルクラ・リムネーで指揮を取っているダイロンから、元気のよい返事が返ってくる。本当、ダンジョンアイを迎え入れてよかった。こいつなくして広範囲の指揮なんて無理だものな。
「エラノール、始めてくれ」
「かしこまりました。射撃開始!」
『射撃開始! アラニオス神よご照覧あれ!』
号令と共に、幾重にも弦が唸り矢が空気を切り裂いた。城壁上からの射撃ということは、位置エネルギーを味方につけるという事である。銃弾よりも重いそれが、重力による加速を得ればどうなるか。エルフの器用さで放たれればどうなるか。
「けひっ」「ぐぺっ」「ぎぎゃっ」
答え。阿鼻叫喚地獄絵図。オーガは頭蓋を抜かれ、頭頂部に矢を生やした。ホブゴブリンは舌と喉を抜かれ、血反吐に溺れて窒息した。ラットマンなどは首の骨を抜かれ、生きてはいるがもはや絶対動けない。
人型の魔物は大抵、一矢一殺の勢いで仕留められていた。反撃しようにもエルフ達は高い壁の上。上ろうと壁に手をかけている間に矢が振ってくる。完全なる殺し間が生まれていた。だからエルフに弓矢と距離と高さを与えてはいかんのだ。味方だけど。
しかし中には、そんな地獄を潜り抜ける猛者もいる。例えば頭が猪、身体が熊の怪物ボアベアである。こいつらは分厚い脂肪と脂ぎった毛皮の鎧を天然で備えている。しかも飢餓キノコに脳をやられているので、ただでさえ荒い気性がさらに酷くなっている。被害も何も気にすることなく、一目散にダンジョンへ向かう。エルフの矢は当然のごとく降り注ぐが、まさに怪物的なタフネスで意に介さず突き進む。
続いて、巨大な虫の怪物もそれに続く。大百足やダンゴムシの怪物などがそれだ。硬い外骨格を持つこいつらは、上手く当てないと矢が刺さらない。そんなのが凸凹した森の地面を我先にと走るわけで。いかにエルフと言えど全てを仕留めるのは難しいようだ。
そして、それで全然かまわない。攻撃の手はここで終わりというわけではないのだから。
「エラノール。弓兵は仕留めやすいのを優先させて。どうせまだまだ後続がでてくるだろうし」
「はい。歩兵隊はいかがいたしましょうか」
「まだ待機で。今下手に出したらそれこそ後続に捕まりそうだからね」
『おーい。門前町のバラサールだ。敵が見えたぞ。始めていいか?』
「まだだ。よく引き付けろ」
エラノールがタイミングを見計らう。門前町の射撃隊は、エルフのような腕を持ち合わせていない。数で補うのだから、当たる位置までは近寄らせたい。これが新兵ばかりなら焦って撃ち始めてしまうだろうけど、うちのダンジョンも戦闘経験はずいぶん積んだ。もはやコボルトでさえそんな事はしないのだ。……ただし勇気は別腹。被害が出ると腰が引けるのはコボルトなのでしょうがない。無理に求めてはいけない所だ。
そうこうしているうちに体力任せの怪物たちがいよいよバラサール達の目の前まで迫ってきていた。
「やれ」
『ぶっ放せ!』
エラノールの指示も、バラサールの号令も短いものだった。矢が降り注ぎ、鉛のつぶてが唸りを上げて飛ぶ。エルフの矢を耐えた怪物達だ。一発二発で止まるものではない。体中から血を流しつつ、門を通ってダンジョンへひた走っていく。
「そのまま通せ。ダークエルフ達に出番を……」
『あ』
「あ?」
バラサールの声の意味を知るために、見る場所を変えてみる。そして理解した。……ホーリー・トレントさんが、上から蔓でモンスターを一匹釣りあげている。じたばたともがくボアベアだが、無駄な事。そのままブランコのように何度も反動をつけられ、門前町の外に放り投げられた。
地上から数メートルは上の位置、投げられた勢い、ボアベアの体重。これらが合わさって生まれた威力は、怪物の命を奪うに十分だった。体のあちこちから骨が飛び出ている。南無阿弥陀仏。
『……おい、あれはどーするよ』
「えっと……おほん。呪文を控えているのなら、それでよい。ご本人のやる気をそぐ必要はない。好きにさせておけ」
『お前ら、樹の親分に甘くねぇか?』
「なんだかんだ我慢してもらう事多いからね。ちょっとぐらいは気にしない気にしない」
バラサールの呆れ声にそう答える。さて、ダンジョンに入り込むことに成功したモンスターだが、さっそく盛大に歓迎されている。天上から落石、飛び出る杭、そして落とし穴。トラップに引っかかってダメージを受けた所に、ダークエルフが強襲する。複数名が、一斉に仕掛ける不意打ちの威力はすさまじい。体力自慢の怪物たちが、次々と息の根を止められていく。
ガチャ回したり個別で買ったり。ダークエルフ達と知恵を出し合い、トラップをかなり増やした。罠というのは、単純に置けばよいものではないという事を彼らから学んだ。
たとえば。まっすぐな通路がある。そして前方に火花を発射する魔法装置を置く。火傷する程度で死にはしないが十分痛い。当然それを防ぐために意識は集中する。
そうやっている所を背面から本命のクロスボウが襲う……という提案をされた時、俺は素直に拍手喝采した。自分にはこういう悪辣さが足りないんだな、と自覚した瞬間でもあった。何とか自分もこういった意地の悪い罠を考えようと頭をひねってみたが、通路の罠のバリエーションぐらいしか作れなかった。
というわけで、我がダンジョンのトラップ配置は欺瞞と策謀の神レヴァランスの信者たちが全面監修している。その悪辣ぶりはベテランの冒険者達をして『こんなダンジョン入りたくねぇ』と悲鳴を上げるほどだ。
野生が残っている状態ならともかく、飢餓キノコに脳をやられた怪物達では回避できるはずもなく。モンスター達は順調に撃破できている。
「キノコにやられたモンスターは大体処理できたかな? この調子なら問題なさそうだね」
「はい……このままなら、確かに」
「何か気になる事でもある?」
眉根に皺を寄せるエラノールに問えば、彼女は人差し指をあごに当てながら考える。
「暴走させた怪物を最初に当てて、敵に損害が出た所で本隊を投入する。ファンガスマンの常とう手段です。が、今回はその本隊が遅い。……相手側のミスならそれでよいのですが」
彼女の心配は、すぐに現実のものとなった。ダンジョンアイを通じて、悲鳴が飛び込んできた。
『こちら城壁防衛隊! 緊急! ファンガスマン本隊、大砲を所持! 城壁が攻げ、うわぁ!?』
「ダイロン!?」
慌ててそちらのダンジョンアイに繋ぐと、見えてきたのは異様な光景。まずは、巨人に殴られでもしたのかと疑うほどに一部が崩れた城壁。敵の矢を防ぐための凸凹した狭間が崩れ、通路が見えている。加えてその通路も削れているではないか。
見た瞬間、いくつもの思いがあふれ出て軽くパニックになった。けが人は、被害は。せっかく直したのに。修理費用が更にかかる! ……何がどうなってこんな被害が出た?
細やかな事は現場がやる。俺がすべきことは状況の把握だ。下手人を探すために、ダンジョンアイに首を巡らせてもらう。それはすぐに見えた。地下からの出入り口で、大騒ぎしている。
ざっと見、百匹を超えるファンガスマンの本体。家畜化に成功したのか、二体のジャイアントアントに大荷物を引かせている。おそらくこれを地上に上げるために、時間を取られたのだろう。
問題は、その大荷物だった。それは鋼と石と木が複雑怪奇に組み合わさってできていた。粘液のようなもので全体をコーティングされていて、台車との接続もそれで行われていた。その粘液を押し上げて、蒸気のようなものを絶えず吹き出している。
奇妙奇天烈摩訶不思議。全く見たことがないのに、しかし分かる。ダンジョンコアが教えてくれる。
「殺戮機械? え、あれ殺戮機械なの!?」
三大侵略存在。無機物を取り込んで、自己強化ないし複製をする魔法の暴走機械。ファンガスマンは一体どうやったのか、あれを捕縛することに成功したようだ。やつが取り込めない粘液を使って動きを拘束しているようだが……。
観察をしている間も、エルフ達は反撃を続けている。魔法および奇跡の使用許可を求められたのでこれを了承しておく。すぐさま、幻の林が現れる。結界によって防御が強化されたのだ。
それに反応したのだろうか。殺戮機械の機体に埋め込まれていた、丸い結晶体が光を放った。ファンガスマンが台車を動かしていたのもあり、輝きは城壁に向けて発射された。結界のおかげで損害は無かったが、たった一発で幻はずいぶん薄れてしまった。おそらく二度目は防げないだろう。
「まずい。あれは、まずい」
真っ青になって呻く。単純に火力が高くて厄介、という話ではない。レケンスやホーリー・トレントで雑に対処できない、という問題でもない。殺戮機械を捕縛して、兵器として利用している事が大問題なのだ。
これを真似する連中が現れたらどうする? 制御を失敗して、その場で増殖されたらどうなる? 帝国や先輩が対処できるレベルならば、許容範囲だ。それ以上だった場合、最悪この星が終わる。その後にやってくるのは地球滅亡だ。
ダンジョンコアに俺の危機感を伝える。グランドコアにこれを知ってもらう。後の判断は上任せ。兎も角今は、ファンガスマンを倒すことを考える。
「あれ、連射できると思う?」
「あの威力です。そう何発も撃てない……あ、まずい」
エラノールの表情が曇る。俺も見た。ファンガスマンが、粘液の中にいろんなものをぶち込んでいる。殺戮機械がそれを取り込んでいる。見たことがある物質だ。石、植物、動物の骨。どれもこれも、地下世界で取れる貴重物資。霊薬やマジックアイテムの材料になるものばかり。つまり、魔法の素材。
案の定、結晶体が再び輝き結界を吹き飛ばした。城壁にも損害が出ている。連射可能。もはや四の五の言ってられる状態は過ぎた。
「レケンス! ファンガスマンを押し流せ! 介護されなきゃ砲弾の回復はできないみたいだから!」
『承知しました』
「前線に通達。全力戦闘を許可。一匹残らず確実に仕留めろ!」
了解の声が返ってきたのを確認して、俺は後ろに振り返る。
「前線に出る。装備!」
「待ってましたぜ久しぶりの出番!」
喜びの声を上げるのは魔法のグレートソード。両腕を上げて歓喜を表現するのは自力で動くプレートメイル。ブッチャー&クラッシャーのコンビだ。いざという時の為に鎧下は着込んでいた。あとは彼らとコボルトの補助があれば装備はあっという間に完了する。
「神官殿、私も前に出ますのでここはお任せする」
「あい分かった。存分に武者働きされよ」
エラノールがダークエルフに指揮権を委譲している。種族的なわだかまりはもちろん彼女もあるだろうが、ガーディアンとして働きを全うしてくれている。神官さんも変に煽ったりは……してるな。激励のふりして。まあ、目をつぶろう。エラノールが何も言っていないのだし。
クラッシャーを身にまとう。出撃準備よし。俺たちはエレベーターへと向かった。




