284 「アン・シャーリー」を見た
NHKで放映された「アン・シャーリー」を見終わった。
タイトルだけ聞くと何かわからないかもしれないけど、要するに「赤毛のアン」だ。
どうやら原作3冊目の「アンの愛情」までを描く予定らしいので、そのために「赤毛のアン」というタイトルにしなかったっぽい。
昔の名作劇場の「赤毛のアン」は、あたしも天さんも大好きで、傑作だと思ってる。
そんな流れもあって、今回のアニメ化も見ることにしたのだ。
1話を見た感想は2人とも「展開が早すぎる!」だった。
名作劇場版では、1話が「マシュウ・カスバート驚く」、2話が「マリラ・カスバート驚く」で、それぞれの出会いで1話使ってるんだけど、NHK版では1話でその2回分を消化してた。
この感想は、昔の作品に引きずられてるというより、空気感なのかな、と思う。
名作劇場の「アルプスの少女ハイジ」なんかもそうなんだけど、展開がゆっくりなの。
1話見終わって振り返ってみると、ほとんど話が進んでない。
その分、ちょっとした会話とか、イベントにもならない動きとか間とかがいくつもあって、生活感とかを醸し出す。
「ハイジ」でいえば、棒の先にチーズを刺して暖炉で炙ったのをパンに載せるとか、そういう部分。
話の展開自体には絡まないのに、それがおんじとハイジの生活感に繋がる。
「アン」の場合、基本的にアンのマシンガントークに対するマリラやリンド夫人のリアクションとかの間が重要だと思う。
マシュウの場合、みんな肯定しちゃうから、リアクションとしては面白くないのよね。安心感はあるんだけど。
もっとも、ストーリーとかキャラで考える場合、マシュウのこの反応は、アンにとって最大の救いでもあるから、すっごく大事なんだけど。
マリラの、呆れてるんだけど突き放せない感じというか、困り顔というか、あの辺りも重要。
マリラがアンを受け入れていく過程は、やっぱり丁寧に描いてほしい。
天さんは、NHK版のマリラについて、「受け入れるのが早すぎる!」って不満を漏らしてる。
マリラは頑固だから、名作版でアンの突飛な言動に面食らって、飲み込むまでにそこそこ時間が掛かる感じだったのに、NHK版ではすぐ受け入れちゃうのよね。
天さんは、そこが気になるらしい。
そういうの、わかる。
あたし達の場合、最初に名作劇場版があって、それから原作に触れたりしてるから、どうしても名作劇場版が基準になっちゃうのよ。
その後も、名作劇場版2話分が1話に凝縮されてるスピード感で話が進んでった。
あたし的に一番楽しみにしてたのが、ミニー・メイの喉頭炎の時の医者のコメント。
医者がアンの看病の適確さを褒めるとこ。
アンを知らない第三者が手放しでアンを称賛する、初めてのシーン。
それまで、アンが勉強できるとか、多少触れられてはきたけど、実際どこがどう優秀なのかは描かれてこなかった。
それが、このエピソードで描かれる。
普段から口数が多く、“こんな大変な経験をした”と語っているアンが、本当の緊急事態に際し、大人顔負けの言動を見せるのだ。
アン自身もミニー・メイの容態に不安を感じながら、それを表に出すことなく、ダイアナを励まし、湯を沸かさせ、状態を見ながら薬を飲ませ、峠を越えるところまで持っていく。
もしかしたらミニー・メイは助からないかもしれないとわかっていながら、「大丈夫」と言い続けられる胆力、量に限りがあるイピカックを焦らず様子を見ながら飲ませる冷静さ。
おそらく夜の急患でもうダメだろうと思いながら到着したであろう医者にとって、容態が安定するところまで独力でもっていけた11歳の少女というのは衝撃的だっただろう。
そりゃあ手放しで褒めるよ。
で、ここの褒め言葉は、訳によって違っていて、あたしは本屋で訳本を見付けると、そこだけ読むってことをする。
理髪だったり、機敏だったり、色々あったけど、あたしが一番好きなのは、名作劇場版の「切れ者」ね。
NHK版でどうするか楽しみにしてたけど、特に言葉もなくさらっと流されちゃった。
すっごい残念。
マシュウが死ぬ辺りで、セリフの確認がてら名作劇場版を見直したんだけど、やっぱりそっちの方がいい。
名作劇場版では、アンがマシュウやマリラを手伝いたいと思いつつ、進学したいという欲を諦められない姿が描かれてる。
アラン夫人に「じゃあ、進学を諦めてグリーンゲイブルズに残るの?」と問われたアンは、言葉に詰まる。
夫人は悩んで医院だと諭すけれど、これでアンは自分の中の矛盾に気付いて罪悪感を覚えることになる。
そんな中での「私が男の子だったら…」になるわけ。
そして、それに対する福音がマシュウの言葉なのよ。
以下、名作劇場版のセリフね。
1ダースの 男の子よりお前がいてくれる方が嬉しいよ。
いいかい、1ダースの男の子よりだよ。
そうさのぅ、エイブリー奨学金を取ったのは、男の子じゃなかったろう。
女の子じゃないか。わしの自慢の女の子だよ。
お前はわしの娘じゃ。
これが、アンにとっての救い。
大学に行くことは、マシュウも望んでいることだ、という救いの言葉。
そして、マシュウがアンを深く愛していることを示す言葉。
以前、NHKの「100分で名著」で「赤毛のアン」が取り上げられた時、このセリフに「マシュウの無償の愛がアンの心を潤していた」的なコメントがされていた。
孤児であるアンを最初に好きになってくれたのは、マシュウだった。
アンは元々、年老いてきたマシュウの手伝いをさせるために男の子を引き取ろうとして間違えて連れてこられた女の子だったから。
引き取ることを当初反対していたマリラを説得したのは、マシュウだった。
そんな愛が、この言葉には籠もってる。
だからこそ、「いいかい、1ダースの男の子よりだよ」という繰り返しが大事なの。
NHK版では、ここのセリフが
12人の男の子より、お前1人の方がいい。
いいかい、奨学金を取ったのは、男の子ではなく女の子ではなかったかな。
わしの娘じゃないか。
わしの自慢の娘じゃないか。
となってた。
あたしは、ここが気に入らない。
「1ダース」、つまり沢山の男の子がいるより、アン1人が傍にいてくれる方がいい。
この場合の「1ダース」は、「12人」という意味じゃなく、一山とかいっぱいとか、そういう意味で使ってる。
だから、「12人の男の子」じゃダメなの。
「どんなに大勢の男の子よりも」なんだから。
なんで1ダースにしなかったのかなぁってぼやいてたら、天さんが「今時ダースなんて使わないからだろ」だって。
実際、職場の若い子に訊いてみたら、ダースを知らなかった。や、チョコの方は知ってけど。
ダースに代わる言い方が思いつけなかったから、「12人」って直訳しちゃったのかなぁ。
だったらいっそ「10人」って言い換えても良さそうだけど、そうしたらそうしたで「原作では10人なって言ってない!」って言われちゃうんだろうなぁ。
面倒な世の中だ。
今回のアニメ化では、ダイジェストかって言いたくなるくらい展開が早くて、エピソードが薄い。
アラン牧師夫妻の痛み止めケーキ事件は割愛されたし、ダイアナの親戚のジョセフィンおばさんも登場しない。
ジョセフィンおばさんなんて、アンがレドモンド大学に行くに際しての資金援助してくれた人なんだけど。
1つ1つのエピソードが早く流れるせいで、重みも味わいも足りなくて。
確認してみたら、アンがグリーンゲイブルズにいられることになったのは5話だった。
NHK版だと2話。
倍速どころじゃなかったのね。
この早さは、2冊目「アンの青春」3冊目「アンの愛情」という続編部分に入って、更に加速する。
全24話のうち1冊目で12話使ってるんだから、残り12話で2冊分やろうとしたら、更に倍速になるのは当然よね。
まぁね、元々中身も1冊目に対して薄いとこあるから、それでいいのかもしれないけどさ、とにかく内容が薄い。
とはいえ、あたしにとっては、悪いことばかりじゃなかったんだけど。
あたしは、2冊目をほとんど読んでないし、3冊目も読むのが辛かった。
特に3冊目、アンがギルバートを振ってロイと付き合うくだりは、原作読んでても意味不明で辛かったのが、映像化されて破壊力倍増。
それはあたしだけじゃなかったようで、後半戦に入って、明らかに天さんの見る意欲が削がれた。
おかげで、9月で終わったアニメを見終わったのは、クリスマス頃。
特に、ロイのプロポーズを蹴ったアンは、天さんには理解不能だったみたい。
ラスト3話当たりで、天さんは「アンってギルバートと結婚するんだろ? この展開でどうやったらそうなるんだ?」って頭を捻ってた。
あたしも、「うん、正直あたしも意味わかんなかった」としか答えられなかった。
あんだけ思わせぶりに、それも理想の男性像を具現化したみたいなロイを振るのってなんでだろう?
これがあるから、「アンの愛情」の中身はほとんど覚えてないのよねぇ。
アニメ最終回で、唐突に2人がくっついて、「はぁ?」な感じだった。
まぁ、ね。
あたしも天さんも、名作劇場版が好きだったからね、どうしても比べちゃうところはある。
天さんは、絵柄も歌も名作劇場版の方が好きらしい。
音楽的なう~たらはよくわかんないけど、絵柄はあたしも名作劇場版の方が好きかな。
ただ、歌は、NHK版もわりと好き。
特にOPの「予感」は、意味の繋がらないところも結構あるけど、「夢は照れ屋でかくれんぼが上手」っていうのをキーワードに、イメージが統一されてる。
目を瞑ってるよ ああ まぁだだよ
とか
だからもう1回 ねえ もういいかい?
とか
大切なものはいつも近くに 隠れ待ってるの ほら みぃつけた
とか、ちょっとずつ進んでいくのもいい。
音程が不安定なんだけど、ヘタウマというか、それが結構好き。
NHK版がどんな層をターゲットにしてるのか知らないけど、まぁ、それなりに楽しめたかな。ってとこ。
1冊目の「赤毛のアン」で、ラストにアンが口ずさむ言葉「God's in His heaven, All's right with the world. 」は、「神は天にいまし、すべて世はこともなし」と訳されています。
これは、イギリスの詩人ロバート・ブラウニングの作品の中に出てくる言葉で、“純真な心で努力していれば、あとはすべて天の神が守りたまい良いようにお導き下さる”という意味だそうです。
で、既に何度も書いていますが。
「新世紀エヴァンゲリオン」に登場するネルフのマークの円周部には、この言葉が書かれています。
すっげえ皮肉ですよね(^^)




