228 四十肩
あたしは、今までに5回、コロナワクチンの接種を受けている。
そのうち4回はファイザーだったけど、一昨年の4月、3回目だけがモデルナだったんだけど…。
モデルナの時は、一瞬だけど熱が38度近くまであがったんだよね。
ファイザーの時は37度台だったのに。
まぁ、あたしの場合、平熱が35度台だから、37度台になると天さんに心配されちゃうんだけどね。
で。
熱は仕方ないとして、噂のモデルナアームになったのが痛かった。
ドリルアームの方がいいよぉ。
左腕が痛くて、水平以上に上げられない。
元々あたしは、右手を上から、左手を下から回して、背中で指同士を掴めるのが自慢だった。
割とあっさり、指の関節2つめまで絡む。
左手を上、右手を下だと、ようやく指先が絡むくらいなんだけど、それでも触れられる。
一応、それができる人って周りにいなかったから、自慢になるレベルのことだったのよねぇ。
背中のファスナーだって1人で上げ下ろしできるし、ブラだって背中でホックを留められる。
地味だけど、ちょっとした自慢だったのよ。
それが、モデルナアームになって以降、明らかに左肩の可動範囲が狭くなった。
今では、右手を上から、左手を下から回しても、指先絡めるのがやっと。
左手上からだと、指先触れるのがやっとよ。
これは悔しい。
あたし、小さい頃から体が硬くて、一所懸命柔軟やって、やっと前後開脚180°までもっていったのに、結婚したらあっという間にできなくなったって過去があるのよ。
前後開脚180°って、要するに、足を前後に伸ばしたまま、ぺたんってお尻が床につく状態ね。
ヒーローショーで蹴り足を頭より高く上げるためには、股関節の柔軟性が必須なので、頑張って訓練したのよ。
左右開脚で前屈すると、胸からお腹までぺったり床についた。
立位前屈なんか、床下19cmくらいに届いた。
でも、結婚してから、柔軟体操するスペースがとれなくなって、ちょっとサボってたら、あっという間に元の木阿弥。
信頼と一緒ね。ダメになるのは、あっという間。
それでも、妊娠までは、立位前屈は掌ぺったり床についたんだけどなぁ。
この左肩の可動域狭化が、モデルナアームの後、痛くて動かさなかったせいなのか、ワクチンの後遺症の類なのかはわからないけど、再び元の可動域を取り戻したいわ。
柔軟体操、してみようかしら?
そして、嬉しくもない新解釈。
肩の可動域が狭くなったのは、太った──皮下脂肪が厚くなって可動を妨害している──せいだという蓋然性が上がった。
ドリルアーム
1976年放映「ゲッターロボ」で、ゲッター2の技(武器)の1つ。
ゲッターロボは、3機の戦闘機の組み合わせで、陸戦・空戦用ゲッター1、高速戦・地底戦用ゲッター2、パワー戦・水中戦用ゲッター3の三種に合体できる。
このうちゲッター2は、左前腕がドリル、右前腕がペンチになっている。
このドリルの名称はゲッタードリルなのだが、ドリルを回転させながら前腕を突き出す際に「ドリルアーム!」と叫ぶ。叫ぶのは神谷明ではない。
ヒーローショー
梓は、大学時代、ヒーローショーのバイトをしていた。
その関係で、蹴りを綺麗に見せるために股関節を中心に柔軟性を高める努力をした。
元々は体が硬く、親から散々言われても柔軟体操とかしなかったのに、ヒーローショーのためには努力を惜しまなかった。




