183 厚さ2cmのステーキ
「ステーキ食べたい」
え、なに? どうしたの突然?
「なんか、テレビでやってたんだけど、妙高で2cmくらいの分厚いステーキの店があるらしい」
いや、そんなの、テレビ用でしょ? 厚さ2cmのステーキっていくらよ?
「8800円って言ってた」
「はっせんはっぴゃくえん!? ちょっと! 天ぷら屋に3人で行ける値段じゃない!」
「ぶ厚いステーキ食べてみたいんだよね」
「気持ちはわからないでもないけど、厚いってことは、中まで火が通ってない可能性が高いよ? 天さん、生っぽいの駄目じゃない」
「うん、ミディアムレアって言ってた」
「ほらぁ! 天さん、ヴェルダンな人なんだから、そんなの食べられないって」
天さんは、あたしが焼いたハンバーグを、ともすると「生っぽい」とか言って肉汁が出なくなるまでチンしちゃう人だ。
ステーキだってベリーベリーヴェルダンな人なのに。
ちょっとネットで調べてみてって言われて見付けた画像では、正しくまだ赤い肉が映ってた。
400gで8800円。200gだと4800円らしい。
200gなら、ステーキ屋さんならそんなもんかなってくらいの値段だ。
割合から言えば倍の量で値段が倍になってないのはお得かもしれないけど、絶対値が高い。
妙高っていうのは、上越地方にある妙高市のこと。まぁ、牧場併設みたいだし、そこの肉でも使ってるんだろう。地元の美味しい肉を食べさせますってことよね。レア寄りで出すってことは、それだけ自信があるんだろうけど。
「こんなの、天さん絶対無理だって。
そもそも高すぎるよ。
3人で天ぷら屋に行けるじゃない」
「妙高の牛使ってるらしいんだよな。
食べてみたいと思わない?」
そりゃ思うよ、思うけどさ、ちょっと高すぎるでしょ。
うち、そんな贅沢できるほどお金ないってば。
「あれ? なんかシェアできるとか書いてある。
そんなバカな…」
ネットを調べていくと、夫婦で1つのステーキセットを食べたって話が載ってた。
ステーキセットのシェアって……1杯のかけそばじゃないんだから。
「どうせ食べるなら、400gの分厚いのがいいよな。
2人で分ければ200gずつだし」
どうやら天さんの中では、もう行くことが決定してるらしい。
駄々っ子モードに入った天さんは、手に入るまで言い続けるんだよねぇ。子供か。あ、駄々っ子だった。
いや、あたしだって、そりゃ食べたいよ。
20歳過ぎの頃に、某ステーキチェーン店で500gのステーキを食べたこともある。
あの時は、格安系だったこともあって、激しく脂身の多い肉で、最後は涙目になりながら食べたんだよね。
美味しい肉で1ポンドステーキは、憧れではある。
でも、前にあたしが別の店に誘った時はにべもなかったくせに。
え~、これ、金策するの結構大変なんだけど。
悲報。翼も同行。
どうしろと(T_T)
行く前日に、とりあえずお店に電話してみた。
「午後1時頃に着くと思うんですけど、予約とかって必要ですか?」
「普通に来てもらえば大丈夫です」
「ネットで、シェアできるって書いてあったんですけど、できるんですか? あと、ご飯とかプラスすることってできますか?」
「食券買って持って行ってもらうんで、好きなようにどうぞ」
食券!? ステーキで? え、ライスの食券を買うってこと!?
なんか、カオスな予感がするねぇ。
「天さん、やっぱりシェアできるって。あと、ご飯もプラスできるって。
どうする?」
どうやって調べたかは伏せて、とりあえず結果だけを告げる。
まぁ、シェアできるっていったって、天さんはよく焼くし、あたしはミディアムレア一択なので、非常に厳しいところなんだけど。
翼もよく焼く派なんだよね。バランス悪いことに。
「俺、お父さんとシェアでいい。
どうせ昼はあんまり食べられないし」
という翼の一言で、天さんと翼がシェアすることになった。
そういえば、天さんも翼も、お昼はあまり食べない人だった。
というか、翼は夕飯だけいっぱい食べるんだよね。
対して、あたしは朝から焼き肉弁当オッケーな女だから…。
最近はあまり量を食べられなくなったけど、多分、美味しい肉なら、今でも400gくらい食べられるはず。
翌日。というか当日。
往復とも高速道路を使わないようにして、交通費を削る。
片道5000円とかするからね。
片道4時間とか掛かるけど、そういうところで倹約するしかない。
真夏でエアコンガンガン掛けてると燃費も落ちるけど、まぁ仕方ない。
って、もう30分も山道登り続けてるんですけど!
牛が放牧されている牧場の中を突っ切って、ようやくお店に到着。
お店の前には、確かに食券販売機がある。
…なんか、カレーとかラーメンとかあるんですけど?
一番上の選びやすい位置に、ステーキ400gと200gのボタンがある。
ん~、ライスが見付からない。昨日の電話からすると、あると思うんだけどなぁ。
ま、いっか。中で訊いてみよう。
とりあえず食券を買おうか。
「2枚購入」ボタンを押して、万札を2枚入れる。
…食券で万札入れるのが前提って、もしかしてすごいことなのでは?
中に入ると、なるほどレストランというより食堂といった趣。
無垢の木のテーブルとか木の椅子とかがガンガン並んでる。ちょっとした学食みたいに広い。
こりゃ、予約なんかいらないわけだ。
お客が6~7組いるけど、ステーキ食べてる人は誰もいない。
そっかー。ステーキ目当てで来る人ばっかりじゃないんだね。まぁ、高いしね。
席はいっぱい空いてるから、まず注文しちゃおう。
「すみません、片方はミディアムレア、もう片方はミディアムでお願いします。
あと、ライスの食券ってありますか?」
顔を出したおじさんに食券を出しつつ言うと、
「もしかして、昨日電話くれた人ですか?」
って訊かれた。
うわお、覚えられちゃうくらい珍しいことだったのか。
天さんから「なんだ、電話したんだ?」とか言われちゃったよ。黙っといたのに。
席を確保して、待っていたら、「ステーキお待ちの方」って呼ばれた。
う~ん、アナログ。
翼と一緒に取りに行くと、まずミディアムレアができたとのこと。
そりゃ、焼き具合が違うから、タイミングも変わるよね。
って、ちょっと翼! それお母さんの!
あ、ちょっと、熱々が! 待ちなさいって! あんたのはまだ!
少しして焼き上がったミディアムを持って席に行くと、翼はぼ~っと待ってた。
一応、あれがあたしのだってことはわかってたらしい。だったらなんで持ってくのよ。
とりあえず、写真撮って、早速食べる。
あ、天さん、あたしのとこからもご飯持ってって。
ご飯は、結構な盛りだったから、3人で分けるとちょうどいい感じ。夜だったら、翼には足りないくらいなんだけど。なんで夜だけあんなに食べるんだろうねぇ?
お~、ほんとに分厚い!
え、ほんとに2cmあるんじゃないの、これ。
ソースがちょっとしょっぱいけど、お肉が! 口の中で溶けるような肉って、ホントにあるのね!
天さんと翼がミディアムをシェアして食べ終わる前に、あたしが食べ終わった。
あたし、食べるの遅い方なんだけど、熱々だと早いのよね。
400g、ペロッと食べちゃった。いや、さすがにお腹いっぱいだけど。
正直言って、400gなら食べられるだろうと思ってたけどさ、今は胃が小っちゃくなっちゃったのか、昔ほど食べられなくなったんだよね。
子供の頃とか、父さんから「食べさせてないみたいだからもう少し太れ」とか言われるくらいチビがりだったし。その割に人並みに食べてたし。
あたし、手足が細いせいか実際の身長よりも背が高く見えるらしい。
お腹周りがちょっと…な今も、手足は細い(むしろ筋肉落ちた分細くなった)から、近付いてから「もっと背が高いと思った」と言われることもしばしば。
食べる量もね、人並みに食べると「いっぱい食べるね~」と驚かれる。
食後、腹ごなしも兼ねて、牧場内の通路を歩く。
どういう理由か知らないけど、有刺鉄線で囲われた牛のいるスペースがいくつかあって、その間が通路になってるんだよね。
その通路を、どっかの大学の陸上部が走ってる。
この近辺は、駅伝かなんかの練習場になってるそうで、道路にもランニング中の大学生が結構いるのだ。
牛は何頭か固まって、尻尾が千切れるんじゃないかってくらいブンブン振り回してる。
通路を歩いた後は、靴底を消毒しろって書いてあるから、きっと牛の糞とかそういう系のなんかが通路まで飛んできてるんだろう。
帰りの車の中で、天さんと翼がご満悦だった。まぁ、気持ちはわかる。
「また食べに来よう」
「毎年のお楽しみだね」
え!?
ちょっと待って。こんな高いもの、毎年食べに来ると?
「今日のこれだけで2万近いんだけど!」
「だから、年1回でいいよ」
いや、1人分で、3人で天ぷら屋とか焼肉屋行くのと同じくらい掛かるんだけど。
「焼肉とステーキ、どっちがいい?」
「ステーキ!」
「天ぷらとステーキなら?」
「天ぷらとは比べられないな」
「焼肉はともかく、天ぷらは別物でしょ」
のおぉぉぉぉぉ~~(@_@)
そりゃ、別物でしょうよ! あたしは金額の話をしてんのよ!
「いいじゃん、蕎麦も鮎も行けなくなったんだし、その代わりで」
あたし達が毎年楽しみにしてた山都の蕎麦屋さんは、今年、突然謎の休業に入ってしまった。
お店の前には、「本日定休日」の札が掛かったきり。
何かあったのは明白なんだけど、福島県の観光課に電話しても理由はわからなかった。
三面川の鮎の方は、去年の水害で設備に深刻なダメージを受けて、廃業してしまった。
たぶん、どっちももう食べられない。
その分として、ステーキもあり、なのかな。




