172 ハリウッド版「聖闘士星矢」を見なかった話
ハリウッド版の実写映画「聖闘士星矢」が大コケしたらしいね。
特に映画評とか見たわけじゃないけど、封切前後のCM見たら、見に行こうって気にはならないよねぇ。
「聖闘士星矢」は、1985年から週刊少年ジャンプに連載されていたバトル漫画だ。
ギリシャ神話などをモチーフにした聖衣という鎧を身に着けた美少年が戦う系で、アニメ化もされた。
聖衣は、非戦闘時には星座モチーフの像になっている。
商品展開でメインになったのが、可動人形に聖衣パーツを装着する「聖闘士聖衣体系」で、外した聖衣パーツを星座形態にも組めるのがウリだった。
そのせいで、アニメ版の「聖闘士星矢」では、ペガサスの聖衣のヘッドギアがヘルメット型になっちゃったけど。
原作当初は、星座形態からひとつずつパーツを外して自分で体に装着してたけど、そのうち勝手に分解して飛んできて体にくっつくようになった。
これは、多分、一輝と星矢の戦いの際に、聖衣に意思があるかのように動いたのがきっかけだったと思う。
一輝のパンチを受けるためにドラゴンの盾が星矢の左手に装着され、鳳凰幻魔拳を使おうとすればアンドロメダの右手が装着されて星雲鎖が一輝を抑え、というシーンね。
聖闘士聖衣体系を複数持ってる人なら、星矢の左手にドラゴン、右手にアンドロメダは絶対やってるはず。
こういう経緯があってか、アニメでは、聖衣の装着シーンが変身シーンみたいな扱いで見せ場になった。
鋼鉄ジーグの合体シーンよろしく、星座形態からバラけた聖衣のパーツが星矢に向かって飛んでいき、足下から順に装着されていくっていうものだった。
あら、どっちも主役の声が古谷徹さんじゃないの(^^)
ちなみにこの装着シーン、いつの間にか星矢のジーンズの色が赤くなるので有名だったのよね。
普段着の上から聖衣を装着するんだけど、いつのまにか全身赤のアンダーウェアを着てるのよね。
原作では、アンダーウェアは5人とも白なんだけど、アニメではそれぞれ違う色で、5人揃うと戦隊ものみたいになるの。
アンドロメダ瞬なんか、聖衣を着けると髪が50cmくらい伸びる謎仕様だったっけ。
長髪はドラゴン紫龍がいたけど、瞬はヒロイン枠だったから(^^)
んで、なんで実写版の「聖闘士星矢」がダメかっていうと、“原作の魅力をことごとく潰してる” から。
はっきり言っちゃうと、「聖闘士星矢」は、骨子となるストーリーはあっても、基本的には中身のない“超能力バトルもの”なのよ。
ちょっと反発招きそうな言い方だけど、例えば12宮編なら、“12時間以内に12宮を突破して教皇のところに行く”っていうタイムアタックであって、そこに細かいストーリーはないの。
あとは、紫龍と蟹座デスマスクの“五老峰での因縁”だったり、キグナス氷河と水瓶座カミュの“師弟対決”だったりといった個々の対決でしかないわけ。
で、何がメインかといえば、聖闘士同士の必殺技の応酬なのよ。
聖闘士はそれぞれ自分の守護星座を持っていて、その星座モチーフの聖衣と必殺技があって、それが作品の特色なわけ。
体に眠る小宇宙を燃やし、原子を砕くマッハの攻撃を繰り出す──甚だあやふやな設定よね。なによ原子を砕くって。
必殺技も、最初はペガサス流星拳みたいに“1秒間に高速のパンチを百発たたき込む” とか廬山昇龍破みたいな“滝が逆流するほどの圧力のパンチ”とか、星雲鎖みたいに“生きてる鎖が襲ってくる”とかダイヤモンドダストみたいに“パンチで凍気を飛ばして凍らせる”とか鳳翼天翔みたいな“風圧で相手が吹っ飛ぶ”みたいななんとなくわかるものだったけど、あっと言う間にネタが切れちゃって、カイトススパウティングボンバーみたいに敵を空に放り投げるだけみたいな“マッハとか原子破壊とかどこいった?”って技になっちゃった。
こういうのって、漫画だと大ゴマとか見開きでド~ン! って描いとけばそれなりに説得力が出るんだけど、アニメとか実写でやろうとすると、迫力出すのが難しいんだよねぇ。
なんせ画面の大きさ変わんないから。
アニメの「聖闘士星矢」では、当初ペガサス流星拳を繰り出すと、突っ込んでいってパンチしつつ敵の背後まで駆け抜けるって描写にしてたっけ。
これは、拳圧を飛ばすという描写がわかりにくいからって配慮だと思うけど、鳳翼天翔も最後にパンチを出すっていう意味不明な描写になってた。
今回の映画化がどうして失敗したのかって話に戻そうか。
大きな問題点は3つ。
1つめ、「聖闘士星矢」がどうしてウケたかわかってない。
2つめ、「聖闘士星矢」をアクションものとして映像化した。
3つめ、単発の映画として「聖闘士星矢」を選んだ。
うわぁ、見事に根幹からダメダメじゃん。
「聖闘士星矢」がウケたのは、なんといっても聖衣なんだよね。
星座形態から鎧に変形するメタリックな聖衣がウケたのよ。
このことは、「聖闘士星矢」の後で、「鎧伝サムライトルーパー」やら「超音戦士ボーグマン」やら「天空戦記シュラト」やらの“鎧を着て戦うアニメ”が作られたことを思えばよくわかるよね。
ペガサスのオブジェを分解すると鎧になるって設定が、まずウケたんだよ。
キラキラしい黄金聖衣の人気の高さとか考えたらわかるよね。
ペガサスの聖衣なんか、どこ守ってるのかわからないあのヘッドギアがいいのよ。
最初の修復でボクシングのヘッドギアみたいな“ちゃんと頭を守る”デザインにしたら不評で、あっと言う間にヘッドギアなくなっちゃったでしょ。
実用性じゃなくて、かっこよさなの。
CMで見た聖域の雑兵みたいな鎧、あれは何?
リアルなボディアーマーなんてお呼びじゃないの。
あんなんで聖衣とか言われても、ファンは納得しないわよ。
あたし、アレ見て映画は見に行かないって決めたもの。
キラキラと輝く金属の飾りみたいな鎧、それが聖衣なのよ!
大事な腹部を守ってないとか、そういうリアルは求めてないの!
アクションものとして作ったのもいただけないね。
1対1の戦いみたいなのをウリにするアクション映画は、本当に難しい。
たとえばボクシングの映画なら、試合のシーンに迫力とリアリティがないとつまらなくなる。
バスケなら、プロのバスケの試合並みに動かなきゃ迫力が足りないけど、あんまり速いと今度は心理描写や周囲の反応が追いつけない。
アニメ版「キャプテン翼」みたいに、“残り時間1分でのゴール前の攻防”だけで1話使っちゃうようなナンセンスさが必要になっちゃう。
そして、原作付きの場合、原作のイメージも大事にしなきゃいけない。
これって、相当厳しい制約だと思うのよ。
いい例が「るろうに剣心」ね。
アクションとかすっごく頑張ってたしすごいと思うけどさ、志々雄との最終決戦、あたしはつまんなかった。
そもそも「るろ剣」は、荒唐無稽な必殺技がウケた面が強くて、強敵との戦いは基本的に必殺技の撃ち合いになるのよ。で、技が決まったら大ダメージなわけ。
あと、必殺技は、どういう仕組みかって解説を入れなきゃいけないから、流れが大事なのよね。
そりゃあ、原作でも剣心は志々雄の必殺技をガンガン食らいながら立ち上がってたけど、1つの技は1回ずつでしょ。
本来、日本刀でバッサリ斬られたら死んじゃうわけで、派手に技の応酬をするか、当たらない同士で延々斬り結ぶかしかないと思うのよ。
それを、斬られても斬られても立ち上がるもんだから、天さんなんか「ドリフのコントみたいだ」なんて言ってた。
「全員集合」の後半のコントにあった、ズバッと斬られて「うわぁぁぁ」と倒れても、すぐに「ぬおおお」と立ち上がってまた斬りに行くってやつね。
あんまり的を射ていて、笑っちゃったわよ。もうドリフにしか見えないもの。
聖闘士の戦いも同じで、基本的にはハッタリのぶつけ合いと、必殺技の応酬と解説だから、“一撃必殺”の迫力で技を出してもらわないと軽くなっちゃう。
あと、間が持たないのよ。
例えば一輝とシャカの戦いは、鳳翼天翔、天魔降伏、天舞宝輪、六道輪廻、一輝の自爆、と、これだけしか技を使ってない。
その間にシャカがなんかくっちゃべったり、技の解説とかしたりして間を持たせてるんだけど、アニメでも基本的にそのままだったんだよね。
これ、アクションものでやれると思う?
少なくとも、アクション映画でマッハの攻防を5分続けるのは至難の業よね。
観客が目で追えるような動きじゃ“遅過ぎる”のよ。
12宮編での星矢とアイオリアの戦いなんか、アイオリアの腕がキラッと光ったら星矢が吹っ飛ぶでしょ。で、星矢の小宇宙が高まると、光速の動きが見えるようになる…んだけど、あれは割とイメージシーンで光りが走っているように描いているだけで、スローモーションとして描いたわけじゃなかったわ。
結局、“何が起きてるか描写されていないけど、すごく速くて見えないらしい”って感じになる。
でも、見えないアクションに映画としての価値はあるかしら?
で、そもそも素材に「聖闘士星矢」を選んだのが間違いって話なんだけど。
「聖闘士星矢」の物語は、大きく分けて
銀河戦争編
暗黒聖闘士編
白銀聖闘士編
12宮編
ポセイドン編
ハーデス編
と、結構長い。
まぁ、4年も連載してたんだから、そりゃそうよね。
このエピソードの中から2時間にまとめて物語として成立させ、更にエンターティメントとして戦闘シーンを入れなきゃならないわけ。
あたしだったら、さじ投げるわね。
アニメ「聖闘士星矢」では、4本の劇場版が作られたけど、どれも映画オリジナルの話で、しかも見に来るのは作品と設定を知っている人という前提があったから成立したのよ。
原作連載終了から30年以上経っている今、冥闘士が死んだ順に5人挙げられる人ってどれくらいいる?
むしろ、設定を流用して新作を作った方が楽なんじゃない?
「聖闘士星矢」の場合、時代さえずらせば、同じ星座の聖闘士がいくらでも出せるから、オリジナルのストーリーが書き放題よ!
まぁ、世界観とかの説明は必要だろうけど、原作とのイメージの違いに悩まなくてすむ分、絶対お得。
本来、映画っていうのは、それ単体で成立していなきゃならない。
例外的に許されるのは、同じ主人公を使ったシリーズものくらい。
例えばハリー・ポッターシリーズなら、前作に登場したキャラは説明を省いても許される。
でも、ハリウッド版「聖闘士星矢」では、“聖闘士とはなんぞや” から説明しなきゃいけない。
説明に尺を取られちゃう上に、上手くやらないと説明臭くなる。
しかも、まずターゲットとして昔のファンを対象にしなければならないという枷もある。
だって、「聖闘士星矢」の映画を作るのに、星矢ファンは見なくていいってことはないでしょ? だったらどうして「聖闘士星矢」作るの? ってことになるもの。
「ゴジラ」だって「ガメラ」だってそう。
平成ガメラ第1作では、今までガメラが存在しなかった世界観で新規巻き直しをやったけど、敢えてギャオスを登場させたし、ガメラを回転ジェットで飛ばせて、昭和版のテイストを残した。
ああいう頭のいい作り方しないと、2時間の映画には収まらないのよ。
もし、日本で今「聖闘士星矢」を実写化するとしら。
いや、あたしなら実写は選ばないけどね、敢えてそうするとして。
原作準拠はしないかなぁ。
オリジナルで、未来というか三十数年後の今を舞台
に、誰かの修業時代を描いて、星矢の時代の聖闘士大量死を経てロクに指導者もいない中、現代っ子が使命と小宇宙に目覚めて聖衣を勝ち取るまでにするかなぁ。
あ~、でも、現代にするとアテナ=城戸沙織がまだいるんだよねぇ。
アテナは聖域にいる雲の上のお方って感じで、師匠は白銀聖闘士にして、子犬座とかあんまり大したことのない聖衣を目指してみようか。
かつてグラード財団から孤児が送られたけど聖闘士にはなれなかったって修行場で。
それでも、アクションものっぽくはならない気がするなぁ。
まぁ、ハリウッドで作る以上、全世界をターゲットにするんだろうけど、だったら尚のことどうして「聖闘士星矢」を選んだの? って話になる。
繰り返しになるけど、「聖闘士星矢」を実写化しようと思った理由が作品に反映されてなきゃ意味がないのだ。
じゃあ、「星矢」らしさって何? って言ったら、星座の鎧着て星座の技使って派手に戦うことでしょ?
一応神話モチーフだし、神が人の体を持って生まれてくる世界観だよ? キリスト教圏には受け入れられにくいんじゃないの?
そこをオミットすると、“神に仕える戦士”って前提が吹っ飛んじゃうのよ。
原作ポセイドン編やハーデス編を見ればわかるとおり、“神の配下同士による代理戦争”だからね?
百歩譲ってアテナを抜きにしたとしても、アクション映画にはならんのよ。
車田漫画のバトルっていうのは、「リングにかけろ」の昔から、ハッタリと勢いで押していくからね。
なにしろ「聖闘士に一度見た技は通じない」というセリフ1つで、何の理屈もなく技を食らわなくなったり、そうかと思うと馬鹿の一つ覚えでペガサス流星拳を撃ち続けていたら当たるようになったり。
30分のアニメで1話につき1回くらいならさほど違和感なくても、2時間の映画で4回出てきたら相当な違和感だと思う。
少なくとも、「聖闘士星矢」に素早い格闘を期待する人なんていないと思うんだけど。
5mくらい離れて立って、飛び道具レベルの攻撃の応酬でしょ?
右手刀を振り下ろしたら、向こうのビルが真っ二つとか、パンチを繰り出したら相手が凍るとか、格闘ってよりヒーロー同士のバトルアクションに近いでしょ。
ものすごい衝撃波を掌で弾いてみせるとか、いっそシュールな戦いなのよ?
そういうニーズ、ちゃんとわかってる?
繰り返すけど、「聖闘士星矢」の魅力は、聖衣とトンデモ技なの。
シャカの六道輪廻みたいな“何が何だかわからない”技を描写できないんなら、「男塾」でも実写化してなさい。
あれなら、まだ格闘の範疇に収まるから。




