兵は詭道なり

朝比奈がバカ夫をつれて蒲田に撤退したあと、祭童は蒲田を攻めなかった。後ろ盾に北条氏がついていることもるだろうが、なんとかして潰して置かなければ将来勢力が肥大化する恐れがある。北条方は東京都の正当な元首はやる夫であり、その後継者はバカ夫であると公言し、プロパガンダをしている。やる気は満々のようだ。しかし、祭童は動かない。

　武士が任された池袋を考えれる時、一番敵対する可能性があるのは領土を接している武田氏である。武田氏は小金井に領地を持つ宮崎氏と勢力争いをしており、杉並区の領有権を争って何ども荻窪で激突している。

　武士はこの紛争を利用しない手はないと思った。いずれ戦わねばならないのであれば武田氏が勢力を拡大する前に叩いておきたかった。武田氏の領地は小さいが、彼らの中心になっている軍団はいずれもオタの暗黒卿だった。暗黒卿一人の力は通常部隊一個師団にも匹敵する。

　武士が小金井の宮崎謙信に密偵を送り、次に荻窪で武田と決戦がある時は、背後から武田の領土を攻撃したいと申し出た。しかし、宮崎はそれを卑怯であるとして、参戦するなら、堂々と荻窪まで来て正面から戦ってほしいと要望した。

　この宮崎の答えを聞いて武黒衆は熱狂してぜひ合戦に参加したいと要望した。しかし、カトリーヌ、ヒルダはその考えに否定的だった。敵の背後を衝くならまだ勝ち目があるが、正面攻撃するとなると、宮崎側は、新参である武士の軍を正面に持ってきて消耗品扱いする可能性があると示唆した。しかし、一端、合戦の話しが出ると、武黒衆は納まらない。勝手に戦支度して都庁前に待機列を作った。徹夜は禁止であるが、勝手に自分たちで自主整理して並んでいる。このような体制が整わぬ状況で参戦すべきか武士は迷っていた。その時である。

「祭童軍、五個師団を率いて池袋に進軍中」

　拙稿から報告がはいる。

「おのれ、我らが出陣する背後を衝くつもりか、卑怯なり！」

　武黒衆たちはいきり立ったが、カトリーヌ、ヒルダは、祭童がそのような信義のないことをするはずがないといさめた。

　祭童は軍を池袋管理局の前まで進めると、武士に面会を求めた。武士は祭童を都庁室に招き入れる。

「やけに派手に動いているではないか。そなた、血に飢えた狼か」

「何を仰せです。祭童様と盟約を結んだかぎりは、東、祭童様は西を目指して進軍すべきところ。今回は絶好の機会にて、いずれ敵対する武田軍の戦力を弱めるべく、出陣する所存です」

「兵は詭道なり。軽々しく戦をしてはならぬ。敵がしかけてくるなら戦いもやむおえまい。されど、敵が戦いを求めておらぬなら、専守防衛に徹し、平和を維持すべきであろう」

「それが平時ならまだしも、今は戦乱の世でしょう。何を世迷言を言っているのです」

「戦乱の世なればこそ、平和が大事なのだ」

「ならば、このまま安穏と何もせずじっとしていろというのですか」

「そうではない。そなた平和の意味を理解しておらぬ。平和とは、軍を動かさず、合戦を行わぬ状況において、敵にいかに迷惑を押し付けるかだ。敵の内部で混乱、いがみ合い、内紛をおこさせ、敵同士で戦わせ消耗させる。それこそ、善の善であると孫子は説いている。それこそ、孫子、老子における平和であり、善だ」

「ならば何をせよと言うのです」

「先の大井町で朝比奈が駅前のビルのホテルを明け渡したとき、大量のオタクグッズやコレクションを放棄して退去したであろう。あれを武田方に売るのだ。元々武田晴子の娘である武田義子は阿保神やる夫や朝比奈みるくが集めていたオタクグッズに惹かれており、あこがれていた。そのコレクションを武田に引き渡すことにより、義子の阿保神一派への好感度をあげるのだ」

「敵同士を団結させてどうするんですか」

「いや、武田は、阿保神氏が崩壊して占有があやふやとなった東京との領地を己のものとしようとしている。小金井の宮崎氏との対立もそこにある。しかし、娘の義子がそのような行為は阿保神やる夫や朝比奈に対する冒涜になると言って反対し、親子の対立が起こっている。その対立をもっと激化させるのだ」

「そのような事卑怯ではありませんか。私は宮崎謙信の姿勢に感服しました。ここは正々堂々と戦って……」

「正々堂々と戦って、仲間を大量に殺すのか。それこそ、敵を利して、味方を損する破滅への道だ。そのように敵に義理を立てた国はいずれも滅び、日本もこのような戦乱国家となった。それは、敵に買収されワイロを貰った腐敗政治家の駄目一族だけの話しだけではない。正義感をもって正々堂々と戦おうとした者も古代より何ども滅びている。宋襄の仁という言葉が中国にはある。敵と正々堂々と戦おうとしたために滅びた宋という国を嘲笑した言葉だ。正々堂々と戦い、紳士として生きれば後の世の人が称えてくれるか？否、正々堂々と戦い滅びた宋はその後、今にいたるまで少々され、バカの烙印を押されてさげすまれている。それがこの世の理だ。相手が徹底的に弱体化するまで、相手の国の内紛と対立を起こす。野球のファン、サッカーのファン、田舎者、都会者、男と女、ジェンダー、発電、基地、人種、差別、あらゆる問題で対立を作り、争わせる。そして弱体化させる。先に言ったであろう。不戦を叫んで国内で暴動を起し、放火略奪をするような連中が悪であるのと同様に、外国人を殺せ！海に叩き込めなどといって憎しみを煽る輩が害悪であり、滅ぼすべき相手だと。これは内政の事。対外においては、敵の国内に大きな事から小さなことまで争いと諍いの種をまき、国を弱体化させ、混乱させ、憎しみあわせ、団結心を破壊し、破滅に導くため、常に不平分子を煽りつづける。それが国際社会における平和なのだ。そうした平和の作り方をしたアメリカと中国が世界で最高のパワーを得て、世界を血みどろの民族紛争と絶望に叩き込み、大いに繁栄した」

「そのような世界を作りたいのですか？」

「違う。日本を統一したあとは、不拡大主義を貫き、自国で生産、販売、消費を簡潔させるサイクルを形成し、判グローバリズムを貫く。各国が自国での生産と消費を完結させ、不拡大方針をとれば、それ以上他国を侵略する必要性もなく、他国を煽って内紛を起こさせる必要性もなくなる」

「鎖国ですか。しかし、ガソリンがなければ日本は農業もママならず、生きていけませんよ」

「それは昔から言われる詭弁だな。何もかも全て１００％でなければならぬという詭弁だ。エネルギーは入れてもいい。他国が求めるなが自国のすぐれた物品も売ってもいい。そうではなく、グローバリストがやっている事は、意図的に他国に混乱を起こさせ、それを拡大し、国家に内戦を起こさせ、その内戦を意図的に長期化させ、流民を発生させ、

そのただ同然の安い労働力をつかって物品を生産し、明らかに不公正なダンピングした値段で不当に他国の市場を席捲し、他国の秩序を破壊して事実上の植民地化にしている。そのような狂った世の中を是正するのが我が使命である。そのためには、一刻も早く日本を統一せねばならぬのだ」

　祭童の言葉を聴いて武士は腕組みをして考え込んだ。

「……たしかに、ボクも池袋のみんなが死ぬようなことはできれば避けたいです。戦争をせずに問題が解決できるよう、全力をつくしましょう。しかし、その方法論がボクにはあまりにも卑怯で陰惨に見えるのです」

「自分たちがその卑怯で陰惨な事をやられ、多くの人たちが苦悶のうちに死んでいたことに気づけ。お前は鈍感だ。隣の家で、近所で、クラスメイトの親が、そのような無残な死に方をしていたのだ。お前の生きていた時代でさえな。それに気づかず、まるで自分の住んでいた世界が平和だったと思いこんでいる。刮目せよ。この世は残酷なのだ。そして、無知と無関心がそれを見えなくしている。いつ、自分の家族がその残忍な毒牙にかかるかもしれぬのだ。ならば、そうならぬよう全力をつくせ」

「……うーん」

　武士は腕を組んだまま唸った。

「またくる」

　祭童は立ち去った。

　武士はとりあえず、大井町にあった朝比奈のコレクションを中野にある武田氏のオタクグッズ買取センターにもっていくことにした。武田の関所は警戒厳重であったが、オタクグッズの買取には寛容であった。

　中野の駅を降りて南にある商店街の向こう、５階建てほどのビルの中に買取センターはあると聞いていた。

　武黒衆を引き連れてそこへ行くが、三回にあると聞いていた買取センターがどこにもない。

　あちこち聞いて回ると、実はこの建物は重層構造になっており、中二階に買い取りセンターはあったのだ。

　そこに武士は武黒衆をひきつけて、ダンボール箱何個分にもなるグッズを持ち込んだ。その鑑定にあたった査定官の目つきがかわった。

「少しお待ちください」

　しばらく待っていると、周囲を槍をもった足軽たちに取り囲まれた。

「はかったな！」

　武黒衆たちが武士を守るために武士の周囲を取り囲む。

「まあまあ、おちついてください」

　笑顔で、純朴そうな女の子がその足軽たちの後ろから出てきた。

「だれですか、あなたは」

「私は武田義子、このレトロオタクグッズ買取センター曼荼羅会の責任者であり、中野区の支配者、武田晴子の娘よ。どうしてあなたたちが兵士に取り囲まれたか分かっているでしょうね」

「いや、わかりません」

「これだけのコレクション、本人が手放したとは思えないわ。おそらくは、その価値の分からないお母さんとかが、本人が留守の間に売り払ったのでしょう。そして、あなたはそれを知りつつ買い取った転売屋ね。コレクターの敵！ゆるさないんだからっ！ぷんぷぷん！」

「ちょ、ちょっと待ってください！」

　武士は事情を話した。

「そういう事情で、本人は所有権を放棄しているのえ、欲しい方に持っていてもらったほうがコレクションも幸せかなと思いまして」

「へーそうなんだ。すごい、すごいコレクションね、メトロインドカレーのスプーンとかもあるんだ。足塚修身先生のワンタくんもある。これ、タンワ銀行のキャラクターだったんだよ。仮面の忍者紅影の仮面もあるんだーすごーい！」

　義子は目を輝かせてコレクションを見た。

「よ、よろこんでもらえてなによりです」

　武士は冷や汗をぬぐった。

　帰りは武士と武黒衆全員をカゴに乗せて国境沿いまで送り届け、義子は深々と頭をさげた。

「みなさん、中野の人たちは本当に礼儀正しいですね、それに町もとても綺麗だ。素晴らしいところです」

「お褒めいただいてありがとうございます。私たちは職人を育てているのです。造詣職人、べた塗り職人、ＡＡ職人。それらの人たちを保護するために、人の流入はできるだけ控えている。自国で自給できるものはできるだけ自国で自給しておるのです。」

「それはすらばしいですね。これからも、貴国の発展を心からお祈りもうしあげます」

　武士は義子に笑顔で礼を言った。義子はいつまでも、いつまでも、国境沿いで笑顔のままで武士が見えなくなるまで手を振っていた。こんな国を攻めなくてよかったと武士は思った。