別れの桜
方月勝は、方月祭童を討伐する戦いを前に九段坂の神社に参拝する。まだ
寒い時期で桜は咲いていないが、その桜をめでて部下たちと最後の桜を観に行く
まだ寒い時期である。方月勝はサダヒデ・フーバー、ミマサカ・フーバーら配下の者たちを引き連れて九段坂の隣にある神社に参拝した。勝は大きなコートをはおり、その背中には「散る桜残る桜も散る桜」という刺繍がしてあった。
「まだ桜の花はつぼみすらありませんな。できればもう少し先の時期に参拝したかった。ここの桜は見事ですからな」
「そう言うなサダヒデ。これが皆で見られる最後の桜になるかもしれないのだ」
「そのような、勝様は我らが命に代えても守ります」
「いや、俺の事はいい。新蔵閣下をそなたらの命に代えても守ってさしあげてくれ。あの方には日本の未来がかかっている」
「恐れながら勝様、こたび、この神社への参拝は国のために散った英霊への慰霊だけではなく、もう一つ意味があることかとぞんじます」
「ん?」
勝はサダヒデを見た。
「姉上様、方月祭童様のことかと」
「ああ、姉貴か。姉貴はこの神社が好きでな、俺が小さい頃、屋台で買ってもらったリンゴ飴を落として泣いていたら、
姉貴が自分の飴を俺にくれた。そんな事をしたら、姉貴のがなくなっちまうだろうって聞いたら、一人は皆のために、皆は一人のために。お前が泣いているのをどうして見過ごしておれようかと言っていた。昔から甘い姉貴だった」
勝は眉をひそめて天空に視線をおよがせながら物思いにふけっているようだった」
「あの、前から聞きたいことがあったのですが」
ミマサカが声をかけた。
「何だ」
「勝様はどうしてレジスタンスに参加されたのですか?レジスタンスに参加されたのは姉上様より先と聞きます。勝様を守るために姉上様もレジスタンスに参加されたと」
「ああ、それか、お前、毎年山手線でアメリカ人がやっているハロウィンのランチキ騒ぎは知っているか?」
「はい、ご老人の頭の上からワインをかけたり、若者のモバイルを取り上げて叩き潰したり、そういえば、妊婦の方がお腹を蹴られて流産した事もありましたね」
「おうよ、あのお腹を蹴られて流産した女の人が俺の初恋の人だった幼稚園の先生だ。お腹を蹴ったアメリカ人は、米軍基地に逃げ込んだ。知っているだろうが、日本は敗戦国だ。敗戦はもう何百年も前の話しだが、それ以来、アメリカと地位協定が結ばれている。アメリカ人が犯罪を起こしても、アメリカ軍基地に逃げ込めば、日本の法律で裁けない。アメリカからやってきた無神論者どもが本国で迫害されたウサを晴らすためにイラクや日本やアフガニスタンなどアメリカに占領された敗戦国にやってってくて無茶苦茶をする。そして、米軍基地に逃げ込む。アラブ人は根性があるから、アメリカ軍基地に報復として自爆テロをしたが、日本人は腰抜けだからやられっぱなしだ。アメリカ人の無神論者どもが犯罪を起こすと、必ず直後にアメリカのマスコミが、日本人は過去に悪い事ばかりした最低の民族だ!日本人は反省しろ!と大騒ぎして、そのつど、日本の首相がアメリカに呼び出されてお詫びと反省をする。殺されたりレイプされたのは日本人の側なのに。アメリカ本国でも、黒人がアメリカの白人警官に集団で押さえつけられ、無抵抗なのにクビをしめられて殺されても、アメリカで無罪になる。死因は太りすぎだと。でも、マスコミによって日本人も黒人も分断され、黒人は日本人を最低の犯罪者だと教えられ、日本人は黒人を泥棒の最低のクズだから殺しても問題ないと教わってきた。でも、俺の大好きだった幼稚園の先生は昔から悪いことはしてはいけませんと俺に言ってきた。つねに正直で誠実で正しい事だけを俺に教えてきた。それが、ふざけたアメリカの無神論者に腹を蹴られて流産した。そしてそいつは米軍基地に逃げ込んだ。いつものことだ。そして、いつものように、日本人は反省しろ!とアメリカのリベラルが大騒ぎして日本人を糾弾し、日本人が謝罪させられる。なんども、なんども、なんどもなんども、もう沢山だ!それで俺はレジスタンスになった。本当はオレはアメリカが好きだった。
アメリカの無神論者が、アメリカの学校では存在もしていない神がいると教えている知恵遅れの馬鹿どもだと悪口を言いながら、いざとなるとアメリカの権威をかざして、おとなしい日本人をイジメたおすのが嫌いだった。だが、もう俺はがんんできなかったんだ。これ以上侮辱されるくらいなら、オレは死んだほうがましだと思った。それで、死ぬ気になってレジスタンスに参加したのさ」
「レジスタンスのおかげでアメリカ人の山手線選挙のハロウィンパーティーは中止になりましたが、抗議した人たちはレイシストのレッテルを貼られ、大多数が政治犯として投獄されたんですよね」
「ああ、だが、あの投獄事件がなければ俺たちが武装蜂起することもなかったし、今の自由もなかった。あれでよかったのだと思っている。そして、俺の望みは、ただ、女性が電車に乗ってても腹を蹴られたりレイプされない世の中を作ること。そして、暴力を振るわれた被害者の側が謝罪させられない世の中をつくること。今に至ってもその信念は変わっていない。だから、今は日本の国は貧しくなったが、俺はとても幸せだよ。自由と安全があるからな」
「その我々の自由を勝ち取ってくれたリーダーの祭童様を殺すことは内心、心苦しいことがあります」
ミマサカは表情を曇らせた。
「そこで頼みがある。祭童の姉貴の事についてだが」
「殺さないでくれということすな!」
サダヒデが口をはさむが勝は悲しげにクビを横にふった。
「いいや、必ず殺してくれ」
「なぜです!」
サダヒデが大声を出した。
「先にも行ったように、俺たちは地獄の中に暮らしていた。生活は豊かだが、何ども何ども謝罪させられ、暴力を振るわれ、屈辱に耐える日々、気が狂いそうに自尊心がズタズタに切り裂かれる日々。もう、あの地獄に日本を戻してはならないのだ。そのために、俺も、姉貴も命を捨てねばならない。新蔵閣下は日本の希望だ。俺たちが、傷つけられず、謝罪もさせられず、侮辱もされないただ、平和な社会に暮らすために、新蔵閣下は何があっても守らねばならない。そのためには、姉貴も殺さなければならないし、俺も命を捨てる。国のためなら俺は喜んで死ぬ!サダヒデ、お前は命を捨てても、新蔵閣下を守ってくれ。それがお前の使命だ」
「はっ!」
サダヒデは頭を下げた。
「ミマサカ、お前は祭童を躊躇せず殺してくれ。それがお前の使命だ」
「はっ!」
そのあと、勝は悲しげな微笑を浮かべた。神社への参拝のあと、サダヒデはミマサカを呼び出した。
「難だよアニキ」
「お前に頼みがある。勝様はああ言っておられるが、そこは建前の事、本当は祭童様を殺してほしいわけがない。ならば、我々はその気持を察して、祭童様を生け捕りにし、都庁軍に差し出せば、都庁軍も祭童様を殺すことはあるまい。それが人間社会のヒューマニズムというものだ」
「何を言っているんだアニキ、そんな察しなどこの世には存在しない、そんな日本人の思いやりなんて、世界には通用しないんだ。世界は平気で他人を踏みにじる世界なんだ。だから俺たちは戦わないといけないんだよ」
「そうか、それなら仕方がない。ならばせめて、祭童様をこれで楽に死なせてあげてほしい」
サダヒデはそう言ってリボルバーのハンドガンをミマサカに渡した。
「おお、これは助かる。銃は貴重だからな。俺も最初は正々堂々と戦うつもりだが、どうしても敵に殺されそうになったときはこれをつかって祭童様を殺すこととしよう」
「どうか、苦しませず殺してほしい」
「うむ」
神妙な表情でミマサカは頷いた。
「祭童様をどうか楽に死なせてやってほしい」
サダヒデ・フーバーは弟のミマサカにリボルバーのハンドガンを渡す。
物資不足の中、銃は貴重品である。ミマサカは兄の意をうけて頷く。




