表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せな脇役  作者: 空魚企画部/文月ゆうり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/14

番外編

 お嬢様が、笑っていらっしゃる。暖かな、愛情に溢れた笑顔。私に向かって、手を振っている。

 その後ろには、クリフ様の姿がある。口数の少ないクリフ様。だけど、その心は、色鮮やかな感情で彩られているのを、私は知っている。

 お嬢様の愛に満ちた庇護下の元、私はクリフ様と過ごした。幸せな記憶だ。

 そう、私は幸せだ。

 お嬢様の横にクウリィ様が現れ、お嬢様にちょっかいを掛ける。それを見たジャスティ様が、顔を真っ赤にしてクウリィ様に食って掛かる。そんなお二人を、ジーン様が呆れ顔で叱るのだ。

 旦那様は、暖炉の前のソファーに座り、穏やかに笑っている。

 運命の一ヶ月間は賑やかで、私にとっても得難いもので。

 私は、本当に幸せで。

 だからこそ、残酷な運命の日も私は心穏やかにいられたのだ。

 お嬢様、クリフ様。皆様。

 私は、幸せなまま。『永久の楽園』に来ました。

 私は……私たちは、今も幸せですよ。

 だから、皆様。心配なさらないでください。

 ……本当は、少し寂しいですけど。私たちは、大丈夫ですから。


 ぱちりと、目が覚めた。朝が来たのだ。

 私は、むくりとベッドから身を起こす。

「……」

 懐かしい夢を見たからだろうか、頭がぼうっとしてる。心が少し痛むのは、もう会えない面影を見てしまったからだろう。

「……しっかり、しなくちゃ」

 ぱちんと、左右の頬を両手で叩く。痛い。でも、すっきりしました!

 心に影は有るけど、でも大丈夫。大丈夫ですから。

 私はベッドから降りると、クローゼットに向かう。さっさと、着替えてしまおう。

 部屋の外からは、野菜を切る包丁の音がする。お母さんが、朝ごはんの支度をしているのだ。

 ずずっと、私は鼻をすする。もう慣れた筈の当たり前の日常なのに、時々涙が出てしまう。お母さんが居る。それが、とても嬉しい。

 クローゼットに掛けられた鏡には、十四歳のままの私が、情けない顔をしていた。


「お母さん、お父さん。おはよう」

 居間に向かえば、台所に立つお母さんと、新聞を広げてソファーに座るお父さんが居た。

「ああ、おはよう。今日も外は良い天気だよ」

 幼い頃の記憶のままの若い姿のお父さんが、穏やかな笑顔で言う。

 同じく若い姿のお母さんが、振り向く。

「おはよう。寝起きに悪いけど、スープに使うお肉を取ってきてほしいの」

「うん、良いよ」

 私は、承諾する。お母さんの役に立てるのが嬉しい。

「お前は、働き者だな」

 誉めてくれるお父さんに、照れ笑いを私は浮かべる。

「お父さんは、もう少し働いた方がいいよー」

「ははは」

 照れ隠しの憎まれ口に、お父さんは苦笑いだ。

 実際のところ、お父さんだって畑仕事があるのだけども。今は、朝の休憩時間だ。

「じゃあ、行ってきます」

 篭を手に、私は家を飛び出す。

 お母さんの為に、お肉を取りに行くのだ!

「気を付けるのよ?」

 『永久の楽園』に、危険なんてないけれども。お母さんは、必ずそう言う。それが、すごく幸せだ。

 家から出れば、そこには見慣れた村の風景が広がっている。私たちを、『永久の楽園』に迎え入れた女神様が、完璧に再現してくださったのだ。女神様、凄い!

 家々の煙突からは、煙が上がっている。皆、朝ごはんの準備をしているのだ。

「あら、おはよう」

「おはようございます!」

 朝のお散歩をしている、おばあさんに挨拶をする。他にも、ちらほら村の人たちの姿が見える。皆、穏やかな顔をしている。

 良かった。皆、幸せそうだ。

 私は、『永久の楽園』に来た当初を思い出す。皆、混乱していた。突然、外界と引き離されて、泣き出す人も居た。

 皆、何が起きたのか分からなかったのだ。中には、魔物の襲撃を目撃した人も居て、それが恐怖へと変わっていった。恐怖は伝染していった。

 いつ、恐怖が爆発するか分からない状況から、今の穏やかな村へと変わったのは全て村の村長である旦那様のお陰だ。

 旦那様は、恐怖に打ち震える皆をまとめ諭し、道を指し示した。

 女神様の加護が、私たちをお守り下さると。ここは、女神様のお作り下さった楽園なのだと。皆を落ち着かせていった。旦那様が確信を持って皆にそう言ったのは、楽園に連れて来られる直前に旦那様の夢へ、女神様が現れたからだ。

 女神様は仰ったらしい。私たちを、救いたい、と。

 その言葉に、村の人たちは涙を流した。私たちは、信心深いのだ。

 落ち着きを取り戻した村の人たちに、次に待っていたのは大きな喜びだった。

 楽園には、流行り病で亡くなった人たちが、生きて暮らしていたからだ。私のお父さんとお母さんもそうだ。

 楽園では、時間が流れないのか皆、亡くなった時の年齢のままだったけれども。誰もそんなことを気にしていなかった。

 再会し、抱き合う村の人たちを眺めていた旦那様にも、喜ばしい再会が待っていた。お嬢様のご両親も、楽園で生きていたのだ。

 娘夫婦と抱き合う旦那様の姿に、私も胸が震えました。

 女神様に、感謝を捧げました。女神様、ありがとうございます。

 こうして、私たちは楽園を受け入れたのです。

 と、回想している内に私は目的の場所に着きました。私の前には、不可思議な木々のが広がっている。見た目は普通の木だ。だけど、実っているものが普通じゃない。

「相変わらず、変わってるなぁ」

 私は、苦笑する。

 木々に実っているのは、果実ではない。

 お肉だ。

 脂身光るお肉が、木々にたわわに実っているのだ。不思議現象だ。何故、木に成るのだろう。

 ここ、『永久の楽園』にも、動物は居る。だけど、楽園では殺生は禁じられているのだ。でも、私たちは雑食だ。お肉大好きだ。

 先人であるお父さんたちも、そう思ったらしい。そうしたら、ある日いきなりお肉の成る木が生えたそうだ。女神様、お茶目過ぎます。でも、お肉ありがとうございます!

 という訳で、今日もお肉頂いていきますね!

「よっと」

 私は、お肉を次々ともいでいく。今日は、どのくらい貰っていこうかな。


 篭に必要な分だけお肉を入れると、私は家路を急ぐ。

 ドジな私は、時々お母さんたちの居る家ではなく、旦那様の居るお屋敷に向かってしまう事がある。

 でも、今日は大丈夫。道間違えてない。

 旦那様と言えば、今はお屋敷で娘夫婦と暮らしている。お嬢様のお母様は、とても活発な方で、旦那様は賑やかに日々を過ごしていらっしゃるようだ。

 私は、旦那様のご好意に甘えて、時々お屋敷にお邪魔させてもらっているので、その様子を実際に見ている。旦那様は、たしなめていらしたけど、その目は優しかった。

 お嬢様、旦那様も幸せですよ。

「……」

 私は、立ち止まる。

 皆、幸せに生きている。『永久の楽園』に悲しみは無い。

 私も、お母さんとお父さんが居てくれる。だけど……。

「……考えても、仕方ない、よね」

 私の胸に過る面影を、振り切る。

 家への途中で、私は道の真ん中に新聞が落ちているのを発見した。

 そう、お父さんも読んでいたけど。楽園には、新聞があるのだ。外界には、新聞など無かった。大きな出来事は、行商人等から伝え聞くぐらいしか伝達手段は無かった。

 新聞は、瞬く間に村の人たちの娯楽となった。

 その名も、『妖精さん新聞』!

 なんと、楽園には妖精さんが居るのだ。今も、草木の影から私をチラチラ見ている。可愛い。

 そんな可愛い妖精さんが、鋭く解説したり、外界の事件を暴いていくのが『妖精さん新聞』だ。

 この妖精さん新聞のお陰で、私たちは外界の事を知る事が出来るのだ。

 ……お嬢様の事も、私たちは新聞で知った。妖精さん、密着して特集組んでたから。

 お嬢様の辛い旅の出来事。仲間となられた騎士様たちとの絆を幾度となく試された事。

 そして、無事に邪神を封印出来た事。全て、記事で知った。

 皆、歓喜に湧きましたよ。私も、嬉しかったです。

 そんなお嬢様が、数年前にジャスティ様と結婚なさったのは驚きましたけど。

 いや、でも。その片鱗はあったような、無かったような?

 真っ赤な顔をして、プロポーズするジャスティ様の姿が思い浮かびました。

 遅ればせながら、お嬢様おめでとうございます!

 さて、落ちている新聞は、今日の日付のようだ。周りに家は無いし、妖精さんが落としたのかな。

「今日の見出しは何かな」

 何気なく新聞を拾い、私は記事に目を通す。えーと、何々……。

「史上初! 大魔術師クリフ・ルッドルーフ。楽園の扉を、開、く」

 え……?

 見出しを読み上げ、私は固まる。

 クリフ・ルッドルーフって、まさか……。

「クリフ様……?」

 運命の一ヶ月間が、脳裏を過ぎていく。

 色んな表情のクリフ様が、浮かんでは消えていく。

 最後の夜。二人でダンスを踊った。世界が煌めいていて、世界は幸せに満ちていた。

 クリフ様の笑った顔が、本当は、ずっと心に残っていた。ずっと、忘れられなかった。

「クリフ様が、楽園の扉を……?」

 信じられない思いで呟く。

「……開けたんだ、僕」

 声がした。記憶よりも、ずっと低くなった声が。

 どさり。驚きから、篭を落としてしまった。

 私は、震える体で声のした後ろを振り向こうとした。だけど。

「会いたかった」

 背中から、ぎゅっと抱き締められる。前に回されたうでは、節張った大人の手だ。それに、腕の位置から察するに、腕の持ち主は私よりずっと背が高い。

 記憶よりも、ずっと、ずっと。

「クリフ様……?」

「うん……」

 クリフ様だ。

 懐かしさから、涙が込み上げてくる。もう、会えないと思っていたから。

「七年、掛かった。だけど、今日漸く成功したんだ」

 クリフ様は、生身の体で扉を開けたのだ。

 それは、困難を極めただろう。だけど、どうして……。

「君に、会いたかった」

「クリフ様」

 私の体が震える。クリフ様は、私に会うために困難を乗り越えてきたのだ。胸が、震える。喜びを、私は覚えていた。

 私は、ずっとクリフ様に、会いたかったのだろう。クリフ様に、もう一度笑って欲しかった。

「私も、会いたかった、です」

 クリフ様の大きくなった手を握る。

「うん……」

 今、クリフ様はどんな表情をしているだろうか。

 クリフ様の体温を感じながら、私は思う。

 今、感じる胸の温かさこそが、愛しいというものなのだろうと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ