この瞬間がもっと続けばいいのに(Side;菜緒)
「え……、なんか……絵になる……」
私が動物園の前に着いたとき、日辻さんは既にそこにいた。
長身で黒髪、黒縁眼鏡をかけた彼。
落ち着いた端正な顔立ちでありながら、どこか安心感のある佇まい。無地のTシャツにシャツを羽織っただけのカジュアルな装い。正門の横に立ってスマホを操作しているその姿は、自然なのに妙に目を引いた。
彼を真正面からちゃんと見たのは、これが初めてかもしれない。
「…今時の塩顔イケメンって……こういう人を言うのかな」
そんなことを思って、自分が「イケメン」の定義を考えていることが少し恥ずかしくなって頭を振った。
しかも、そんな彼が待っている相手が、自分だということが——なんだかとても不思議だった。
動物園は、とても楽しかった。
久しぶりに来たけれど、私も昔から水族館や動物園が好きだった。それに最近は、お気に入りの実況者の羊さんが動物好きでよく動画でも話題に出ていたから、更に好きになっていた。
日辻さんは、一見物静かで言葉少なげだけど、動物のことになると丁寧に、楽しそうに話してくれた。まるで羊さんみたいで、聞いてる私もすごく興味が持てた。
ミーアキャット、私の大好きなペンギン、そして、チンチラのコーナーでは彼の顔がパッと輝いた。
「俺がいちばん好きな動物なんです」
そう言って目を細める彼の横顔が、なんだか可愛くって——私もつられて、食い入るように見てしまっていた。
ふわふわしてて、小さくて、つぶらな瞳。しっぽはフサフサ。
羊さんの実況でも可愛いって聞いていたけど——
「わぁ……話には聞いてたけど、ほんと、可愛い……」
エサを食べているその姿を見ているだけで癒される。想像以上に愛くるしい姿に夢中になった。
彼のちょっと照れたような優しい笑顔と引き込まれるような話し方。気がついたら私も笑顔になっていて、たくさん話をして、時間があっという間に過ぎた。
帰り際、「よかったら……」と、チンチラのぬいぐるみを贈られたときは驚いたけれど、ぬいぐるみたちの顔を選ぶ時間さえも楽しくて、ずっと笑っていた気がした。
***
別れの電車で、彼は何も言わずに手を振って見送ってくれた。
そのことをなんとなく寂しく思いつつも、腕の中のチンチラが今日の楽しさが嘘じゃないってことを教えてくれている。そんな余韻に浸りながら家に帰った。
マンションに着いてポストから郵便物を回収する。部屋に入って確認していると——
「……えっ!? ウソっ!!」
思わず叫び声が漏れた。
『Game Geek 4 公開実況イベント・繰り上げ当選のお知らせ』
気がついたら手元のチンチラを、思いきりぎゅっと抱きしめていた。
1ヶ月後のGG4の公開実況イベントに当選したのだ。
「連絡なかったから落選したかと……。繰り上げ当選ってことは、たぶんキャンセルが出たんだよね、どうしよう!すごく嬉しい!!」
(羊さんに会える……!)
頬が熱い。心臓がドキドキしている。
きっと人生の中で、特別な日になる——そんな予感がしていた。
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