また、会えるなんて(3)(Side;菜緒)
その夜、帰宅した菜緒は、食事と入浴を済ませ、洗濯機を回していた。
今日の再会を振り返ると、自然と笑みがこぼれてくる。
日々の仕事や生活に疲れると非日常の空間に癒されたくなって、ちょくちょく訪れる水族館。年パスもあるので、気が向いたらふらっと足を向けられる場所。
そこでまさか、あの日、電車の中で自分を痴漢から助けてくれた人に会えるなんて。しかもそれは患者の家族だった。状況だけなら、何かの物語の題材になりそうだ。
「世間は思ったより狭いんだなぁ……」
そう呟きながら、彼の姿を思い出した。照れながらも動物園に誘ってくれた優し気な人。明日、仕事のシフトを確認して、日程を連絡をする、と約束した。
(動物園かぁ。行くの久しぶりかも)
その時、スマホが震えた。
まさか、と思い表示を見ると相手は同期の看護師、夏美。ホッとしたような、残念なような、複雑な気持ちで電話に出た。
「やっほー、菜緒。今、大丈夫?」
いつものように仕事の愚痴から始まり、近況を聞かれた。今日の出会いと、これからの話をする。
話を聞いた途端、夏美はテンション高く切り込んできた。
「えっ!? 何それ、急展開すぎ! ついに、菜緒にも春が来たんだね!」
「ち、違うよ。そういうんじゃ……」
「いやいやいや、デートの約束したんでしょ? しかも動物園? 付き合う前の王道デートじゃん」
からかわれて、笑い合いながらも、どこか心から喜べない自分を自覚していた。
「ねぇ、夏美。……私さ、恋愛に向いてないのかなって思ってて。今までも、“しっかりし過ぎて、可愛げがない”って言われて振られたり、浮気されたり……」
次第に声が小さくなる。真面目で、気配りもできて、仕事もできる。でも、いつも「菜緒は一人でも大丈夫だろ」「俺がいなくても平気そう」と言われて、愛されなかった。
恋に疲れていた。愛された記憶より、置いていかれた記憶の方が強かった。
「正直、ちょっと疲れちゃってたのかも。自分に好意を向けられても、また同じかなって、疑っちゃうし……」
「そっか……。でもその人、菜緒のこと、助けてくれたんでしょ? ちゃんと菜緒のこと見てくれる人だと思うよ? ゆっくりでも、今の菜緒なら、きっと大丈夫だよ」
その言葉に、少しだけ目を閉じて、息を吐いた。
「……そうだと、いいんだけどな」
彼女のメッセージアプリ画面には、新しく追加された連絡先の名前——「日辻智士」
まだ、不安はある。けれど。
彼の真っ直ぐで暖かな眼差しを思い出すと、少しだけ、心が温かくなっていた。
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