あなたが見つけてくれたから(2)
「初めて会った電車でも、公開実況の日も、そして、今回も。それに……」
菜緒さんは目を伏せて、ぎゅっと膝の上で手を握りしめている。俺も横に腰を下ろし、言葉を待った。
「……その、さっきのタブレットの…通知のこと……」
「うん……。通知、出てた。俺の名前、画面に」
その瞬間、彼女の顔が再び赤くなる。ひどく恥ずかしそうで、でも、何かを決意したように顔を上げて、菜緒さんは声を震わせながら言った。
「私ね、羊さんのファンだったの。……っていうか、今でも。……ずっと前、仕事とか人間関係とか、すごく辛い時期があって。心がしんどくて、何もかもが嫌になって、布団からも出たくなくて……朝が来るのが怖かった」
息を呑んだ。まさか、そんな思いを抱えていた時期があったなんて。
「……でもね、ある日、偶然見つけたの。羊さんの実況動画。……最初は、この声好きだなって何となく流して見てた。それでも気がついたら……笑ってたの。あんなに泣いてばっかりだったのに、笑ってたの。……くだらないことを全力でふざけてて、すごく痛烈なコメントをしたと思ったら、優しくて。あれが、なかったら、私……たぶん、今ここにいないと思う」
どこか遠くを見ていた瞳からぽろりと、涙がこぼれ、頬を伝った。菜緒さんは慌ててそれを手の甲で拭ったが、次の涙がすぐに後を追う。
「新着があると嬉しくて、通知が来るだけで少し元気になれて……。羊さんの配信を見るだけで、毎日頑張れそうって……。そんな気持ちになれたの。ありがとう、って言いたかった。あなたの配信に、声に、たくさん、救われました。……本当に、勝手な、一方的な、思いですけど……」
彼女の言葉に、涙に、もう気持ちが抑えきれなかった。
堪えきれず、そっと手を伸ばし、彼女の肩を引き寄せる。彼女が驚いたように見上げてきたが、そのまま、強く抱きしめた。
呼ばれた気がした。
その涙も、震える指も、好きで仕方ないこの人の全部を、抱きしめたくてたまらなかった。
「……ありがとう」
俺の声も震えていたと思う。
「そんなふうに言ってくれて。俺……何のために実況してるんだろうって、わかんなくなる時もあった。けど……そんなふうに、誰かに届いてたなら、ほんの少しでも救えてたのなら……やっててよかったって、心から思えるよ。」
「チンチラのことも……俺の配信の何気ない雑談を覚えていてくれたんだよね。なんか……すごく、すごく嬉しい」
腕の中で菜緒さんがコクリと頷いた。止まらない涙がシャツに染み込む。
彼女の温もりが優しくて愛おしくて。俺は小さく息を吸って、口を開いた。
「俺、菜緒さんが好きです。菜緒さんが……俺の動画を好きでいてくれたことも嬉しかったけど、それ以上に……初めて会ったあの日から。菜緒さん自身のことが、好きでした」
腕の中の彼女が、ぴくりと動いた。
抱きしめる力が自然と強くなっていた。
「俺、羊としてじゃなくても……あなたに必要な人になりたいです」
静かに、真っ直ぐに。
胸の鼓動が重なる距離で、心の奥をさらけ出した。
ここにいるのは、羊じゃなく、日辻智士。
あなたが、見つけてくれた俺。
そしてこれからは——
俺が、あなたを守っていきたい。
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