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羊とチンチラ(1)

 マンションに着き、車から抱き上げて、寝室のベッドに彼女を寝かせた。俺も全身から汗が噴き出している。

 菜緒さんはうっすらと目を開けた。熱のせいか潤んでいて、焦点がどこにも合っていない目。そっと声をかける。


「菜緒さん、気がついた? ……ここ、俺の家。具合、悪そうだったから休ませたくて。俺のベッドで悪いけど、しばらく休んで。……俺、買い出し行ってくるから、必要だったら着替えてね。荷物、ここに置いとくから」


 ぼんやりとうなずき、のろのろと起き上がる菜緒さん。その姿を見て、そっと部屋を出た。



 買い出しから戻って、寝室のドアをそっとノックする。

……返事はない。


「入りまーす」と声をかけてドアを開けると、彼女は着替えて再びベッドで眠っていた。顔色はまだ悪く、少し痩せたようにも見える。記憶にある彼女より、どこか小さく、儚く見えた。


 それでも、薄く開いた唇や、鎖骨が覗く首元が目に入って、思わず視線を逸らした。

 自分の理性が試されているようだった。汗で額に張り付いた髪を払ってあげたい気もしたが、気を抜いたら、なにか大事な線を越えてしまいそうで触れられなかった。


 ベッドのヘッドボードに清涼飲料水のペットボトルを置くと、そっと電気を落として、部屋を出た。



 リビングで、配信用パソコンの前に座り、今日分の動画を収録、編集して投稿する。


 コメントがすぐについた。


——《最近ちょっと突っ込みのキレが微妙であれ? と思ったけど、無駄な心配でしたー!》

——《ちょっと前まで語尾に“迷い”があった気がするんだよね。スランプ? 羊さんも人間だったんだ!?》

——《○○:○○ 何で、ここでこんな言い回しできるかなぁ? ここ数日の中で一番冴え渡ってました! 羊さんの語彙力、やっぱり神!》



 菜緒さんの体調のことはもちろん心配だ。でも気持ちに迷いがなくなって、この家に彼女がいる。それだけで、こんなに調子が戻るなんて。

 自分の単純さと、彼女の存在がどれだけ大きくなっていたか思い知らされた。


 スマホを手に取り、拓実くんに状況を報告する。


《熱はまだ少しあるけど、落ち着いてます。安心して、任せて》


 ソファに転がって目を閉じた。今夜は、久しぶりにぐっすり眠れそうな気がした。

読んでいただき、ありがとうございました。

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