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仲間たちからのエール

 智士と井口が去って、二人、残された控え室。

 四宮が、手にしたカップ麺を一口すすって、ぼそっとつぶやいた。


「……Renさんさー、菜緒ちゃんに告ったってやつ、全部が全部、本気だった?」


 齊藤は苦笑しながら答える。


「半分くらい……かな」


「やっぱり。俺の勘、当たるんだよねー。羊くんに発破かけるつもりだったろ」


「……どうだかな」

 そう言いながら、齊藤はコーヒーをカップに注いだ。


 軽く笑ってはみせたけれど、どこか本音を隠したようなその表情に、四宮はふっと息をはいた。


「ま、でもさ。いい仕事したよ、あんた」


 齊藤は何も答えず、ただコーヒーを静かに口に運んだ。


***


 車内には、沈黙が流れていた。


 井口さんは、何も言わなかった。ただ、時折ちらりと俺の横顔を確認するように視線を送るだけだった。


 俺の頭の中ではずっと、さっきまでの齊藤さんの言葉が回っていた。


──「俺が告白したとき、誰のこと考えてた?って聞いたらさ、しばらくして真っ赤な顔して目、見開いてた」


──「ペンギンのキーホルダー、ずっと握ってたよ。羊くんなら、意味、わかるだろ。ってか、いい加減、わかれよ」


 心臓が何度も高鳴って、また落ち着いて、そしてまた跳ね上がる。自分に向けられた確信のない言葉たち。でも確かに心に届いてしまった言葉たち。


(ああ、もう、わかってるんだ。なのに、どうして動けなかったんだ。信じて、一歩踏み出せばよかっただけなのに)


「……羊くん」


 不意に、井口さんが口を開いた。信号待ちのタイミング。視線は前を向いたままだが、声にはいつもの落ち着きと優しさがあった。


「俺さ、昔、すっげえ好きだった子に告白できなかったことあるんだよね。なんか、自分の気持ち伝えるの、怖くてさ」


 俺はそっと顔を向けた。


「今はさ、嫁さんと娘がいてめっちゃ幸せだけど、でも、ふとしたときに思い出す。あのとき、ちゃんと気持ち伝えてたら、何か変わってたかなって」


 井口さんはどこか遠くを見るような目を一瞬してから、力強く続けた。


「実況者やってるとさ、日常が普通じゃなくなってくるよな。時間も不規則だし、世間的には不安定って思われることも多い。でも……だからって、大切な人に本当のことを言えないのは違うと思う」


 信号が青に変わり、車はゆっくりと動き出した。


「…羊くんはさ、月平さんのこと、どう思ってんの?」


「……好きです」


 その言葉に、自分でも驚いた。こんなに簡単に出るはずのない言葉が、するりと喉を通って空気に溶けた。


「じゃあ、さ。全部伝えておいでよ。お前の言葉で。羊でも、日辻でも、関係ない。お前自身が、どう思ってるかだよ」


 井口さんのその言葉が、胸に深く刺さった。



 気づけば車はもう、俺のマンション前だった。


「ありがと、ぐっちさん」


「うん。あとは、お前の番だな」


 井口さんの車が去っていくのを見送って、スマホを手に取る。


 連絡しよう。会って、話そう。


 彼女の心に、自分が少しでもいるのなら。


──いや、たとえいなくても。ちゃんと、自分の想いを伝えよう。


 震える指で、メッセージアプリを開いた。


《こんにちは。少しだけ会う時間、もらえませんか?》


 送信ボタンを押すと、胸の奥でずっと渦巻いていたモヤが、ほんの少しだけ晴れたような気がした。 見上げた空は雲一つない快晴だった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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