誰が、そこにいるのか(2)(Side;菜緒)
気がつけば、あっという間に時間が過ぎていた。
「そろそろ、出ようか」
会計を終え、店の外に出ると、夕方の空気が頬に心地よかった。駅までの道を並んで歩く。
齊藤さんが、私の歩幅に合わせてくれているのが分かった。
(周りをよく見ている人なんだな。さすがGG4のリーダー)
そう思った時だった。
「今日は、どうだった?」
歩きながら、不意に真面目なトーンでそう訊かれて、私は少し驚きながらも答えた。
「とても楽しかったです! 普段聞けない話もいっぱい聞けて、幸せでした。これからもGG4の活躍を、応援してますね!」
「そっか。ありがとう」
そう言った齊藤さんが立ち止まった。私も釣られて立ち止まる。彼は私の方に向き直って口を開いた。
「それでさ……、よかったら、俺と付き合ってくれない?」
時間が止まったような気がした。今、何を言われたの? 頭が真っ白になって、思わず間抜けな声が出てしまった。
「へっ……?」
見上げた彼の表情は、冗談ではなく、真剣そのものだった。
「俺はね、君がとても可愛いと思ってる。初めて会ったときから気になってたし、俺たちの職業も認めてくれている。そしてなにより、人の命を救う仕事をしてるって知って……本当に尊敬したんだ」
私は視線を落とした。
「あ……でも…、私なんかじゃ……。齊藤さんは、すごく人気のある方ですし、こんな一般人と付き合ったら、色々言われちゃうかもしれませんし…」
「それでも、俺は君のことをちゃんと見てる。だから……どうかな?」
その言葉に、胸が苦しくなった。素直に嬉しかった。でも同時に、怖かった。今、この瞬間、目の前にいるのは齊藤さんなのに、自分の中の気持ちは別の人に向いていることに、気づいてしまったから。
バッグにつけていたペンギンのキーホルダーをそっと握って、私は口を開いた。
「………ごめんなさい。齊藤さんはとても、素敵な方です。でも……考えられないです。齊藤さんの隣に、私が並ぶなんて」
少しの沈黙のあと、彼はふっと微笑んだ。どこか、ほっとしたような顔だった。
「そっか。ありがとう。ちゃんと答えてくれて、嬉しいよ」
そして彼は、こう言った。
「一つだけ、最後に質問してもいい?」
「……はい」
「俺が告白したとき、君は誰のことを考えてた? ——誰が、君の心にいた?」
その問いに心臓の跳ねる音が、聞こえた気がした。
顔が、熱い。
思わずペンギンを握る力が強くなった。
言葉が、出なかった。だけど、脳裏には、ある人の姿が、鮮やかに浮かんでいた。
黒髪、黒縁眼鏡。無愛想に見えて、実はすごく温かくて、動物のことになると少年みたいに夢中で、優しい声で語る人。
私の心にいたのは、間違いなく——。
それが何を意味するのか、答えを出せないまま、帰りの電車に乗っていた。窓の外は、夕焼けが広がっている。
自分の気持ちと、ようやく、ちゃんと向き合うことになる。そんな、気がしていた。
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