宴の後で(1)(Side;菜緒)
静まりかえった会場で、ぼんやりと座席に身を沈めたまま、先ほどまでの熱狂を思い返していた。
GG4の公開実況イベント。思っていたよりもずっと華やかで、熱気があって、そして……衝撃的だった。
ステージの上にいた羊さんは、日辻さんだった。
私をずっと支えてくれていた、大ファンでもある、実況者さん。
一緒に動物園に行った、ちょっと不器用で動物好きの優しい彼。
別々の存在だと思っていたその2人が、同一人物だったと知った瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねて、息が詰まった。
一瞬で全身に血がのぼって、心臓の鼓動だけがやたらとうるさくて、でもそんな動揺を隣にいる拓実には気づかれたくなくて、何でもないフリをした。
彼は当直の時間が迫っていたので、混雑を避けるために一足先に会場を後にしていた。私はというと、すぐにそこから立ち上がる気になれず、しばらくそこに残っていた。
「あの人が……羊さん…で、日辻さん…」
言葉に出してもまだ混乱している。
ステージで笑っていた日辻さん。あの柔らかい笑顔も、ユーモアたっぷりの語り口も、動物園で見たときと変わらなかった。やっぱり、素敵な人だ。
「リアル羊さん、超カッコいいー!」
イベント中、そんな声が聞こえていた。私の後ろに座っていた女性たちの会話だった。
うん、わかる。私もそう思う。なんだか誇らしいような、でも胸がチクチクするような、不思議な感情が胸の奥で渦を巻いていた。
今日のイベントでも彼は冷静に空気を読んで、的確な言葉を重ねていった。キレのあるコメントで会場を沸かせていて、そこから更に全体の熱気が加速して——。
(……ああ、こういう人を“ステージに立つ人”って言うんだ。)
笑顔で観客に手を振る彼の姿が目に焼きついている。
あの笑顔は、動物園で見た時と同じだったのに。
「……世界が違う人なんだなあ……」
一つため息をついた。
***
やがて会場の人波がまばらになってきた。私も重い腰を上げて誘導に従い、出口へと歩き出す。
今日はこのあと、どうしよう? 羊さんの新着配信は、さすがに今夜はないだろうし——なんて、ぐるぐる考えながら歩いていると、不意に声をかけられた。
「ねぇねぇ、1人で来てたの? GG4のファン? 俺もなんだ。よかったらこの後、一緒に感想会しない? いい店、知ってるんだよー」
いきなり距離を詰めてきた男性。断ろうと口を開きかけたけれど、相手はそれすら許さない勢いで話し続けてくる。思わず後ずさると手を伸ばしてきた。
え、ちょっと待って、これどうしよう——。
「——月平さん!」
え……? 幻聴?
どこまでも心地よく響く声が私の名前を呼ぶのを聞いた。
反射的に振り返る。そこには日辻さんがいた。少し息を切らしているように見える。
そしてその隣には、セイさん。あの公開実況で登壇していた姿のまま、二人がこちらに駆け寄ってきた。
「今日はありがとうございましたー! 月平ちゃん、探したよー」
セイさんがにこにこと笑いながら、私の腕を軽く取って彼らの方へ引き寄せてくれた。そのまま関係者通路へと誘われ、
「初めまして!羊くんの大・親友の、セイでっす!」
と明るく自己紹介してくれた。
それに対して
「……いつから大親友だよ。何時何分何秒にそうなったんだ」と呟く日辻さんが、なんだかおかしくて。
ようやく身体から力を抜くことができた。
我に返ってお礼を言って頭を下げると、日辻さんは少し目を伏せて「いや……よかった」と小さく呟いた。
セイさんはというと、変わらず笑顔を向けてくれながら接してくれた。
「女の子が困ってたら助けるのが紳士ってもんでしょ~? それに俺、菜緒ちゃんには会ってみたかったんだよね! なんたって羊くんのひとめb——」
ダンっ!!
「いったぁ! 」
「あぁ、わりぃ。気づかなかったわ」
ニ人のやり取りが微笑ましくちょっとおかしくて、徐々に笑いがこみ上げてきた。
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