表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/32

宴の後で(1)(Side;菜緒)

 静まりかえった会場で、ぼんやりと座席に身を沈めたまま、先ほどまでの熱狂を思い返していた。

 GG4の公開実況イベント。思っていたよりもずっと華やかで、熱気があって、そして……衝撃的だった。


 ステージの上にいた羊さんは、日辻さんだった。


 私をずっと支えてくれていた、大ファンでもある、実況者さん。

 一緒に動物園に行った、ちょっと不器用で動物好きの優しい彼。

 別々の存在だと思っていたその2人が、同一人物だったと知った瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねて、息が詰まった。


 一瞬で全身に血がのぼって、心臓の鼓動だけがやたらとうるさくて、でもそんな動揺を隣にいる拓実には気づかれたくなくて、何でもないフリをした。

 彼は当直の時間が迫っていたので、混雑を避けるために一足先に会場を後にしていた。私はというと、すぐにそこから立ち上がる気になれず、しばらくそこに残っていた。



「あの人が……羊さん…で、日辻さん…」

 言葉に出してもまだ混乱している。



 ステージで笑っていた日辻さん。あの柔らかい笑顔も、ユーモアたっぷりの語り口も、動物園で見たときと変わらなかった。やっぱり、素敵な人だ。



「リアル羊さん、超カッコいいー!」


 イベント中、そんな声が聞こえていた。私の後ろに座っていた女性たちの会話だった。

 うん、わかる。私もそう思う。なんだか誇らしいような、でも胸がチクチクするような、不思議な感情が胸の奥で渦を巻いていた。



 今日のイベントでも彼は冷静に空気を読んで、的確な言葉を重ねていった。キレのあるコメントで会場を沸かせていて、そこから更に全体の熱気が加速して——。


(……ああ、こういう人を“ステージに立つ人”って言うんだ。)



 笑顔で観客に手を振る彼の姿が目に焼きついている。

 あの笑顔は、動物園で見た時と同じだったのに。


「……世界が違う人なんだなあ……」

 一つため息をついた。


***


 やがて会場の人波がまばらになってきた。私も重い腰を上げて誘導に従い、出口へと歩き出す。


 今日はこのあと、どうしよう? 羊さんの新着配信は、さすがに今夜はないだろうし——なんて、ぐるぐる考えながら歩いていると、不意に声をかけられた。


「ねぇねぇ、1人で来てたの? GG4のファン? 俺もなんだ。よかったらこの後、一緒に感想会しない? いい店、知ってるんだよー」


 いきなり距離を詰めてきた男性。断ろうと口を開きかけたけれど、相手はそれすら許さない勢いで話し続けてくる。思わず後ずさると手を伸ばしてきた。

 え、ちょっと待って、これどうしよう——。



「——月平さん!」


 え……? 幻聴?


 どこまでも心地よく響く声が私の名前を呼ぶのを聞いた。


 反射的に振り返る。そこには日辻さんがいた。少し息を切らしているように見える。


 そしてその隣には、セイさん。あの公開実況で登壇していた姿のまま、二人がこちらに駆け寄ってきた。



「今日はありがとうございましたー! 月平ちゃん、探したよー」


 セイさんがにこにこと笑いながら、私の腕を軽く取って彼らの方へ引き寄せてくれた。そのまま関係者通路へと(いざな)われ、


「初めまして!羊くんの大・親友の、セイでっす!」

 と明るく自己紹介してくれた。


 それに対して

「……いつから大親友だよ。何時何分何秒にそうなったんだ」と呟く日辻さんが、なんだかおかしくて。

 ようやく身体から力を抜くことができた。



 我に返ってお礼を言って頭を下げると、日辻さんは少し目を伏せて「いや……よかった」と小さく呟いた。


 セイさんはというと、変わらず笑顔を向けてくれながら接してくれた。

「女の子が困ってたら助けるのが紳士ってもんでしょ~? それに俺、菜緒ちゃんには会ってみたかったんだよね! なんたって羊くんのひとめb——」


ダンっ!!


「いったぁ! 」


「あぁ、わりぃ。気づかなかったわ」


 ニ人のやり取りが微笑ましくちょっとおかしくて、徐々に笑いがこみ上げてきた。

読んでいただき、ありがとうございました。

もしよろしければ、評価、感想いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ