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ステージの上の彼(Side;菜緒)

 公開実況当選を握りしめ、私は小さく跳びはねた。


「うそ、ほんとに!? えっ、これって、同伴者1名までOKなの?……誰、誘おう?」


 友人の夏美が浮かんだけど、彼女はゲームにあまり興味がない。


 そこで、弟の拓実を誘うことにした。

 彼はうちの病院の研修医。今は整形外科ローテ中。姉弟で同じ病棟にいるのは正直、ちょっとやり難い。


 でも拓実もゲーム好きだし、子どものころはよく一緒にやっていた。それに確かGG4のファンだったはず。



 動物園の日以来、日辻さんとはたまにメッセージを送り合っていた。

 内容は日常のちょっとしたことばかり。恋愛とかそんな気配は全然なかったけど、気持ちよさそうに日向ぼっこする猫の写真が送られてきた時は、夜勤明けでへとへとの心もほっこり暖かくなった。メッセージの言葉のセンスも絶妙で、ついクスッと笑っちゃうほど。


 そしてあの日、贈ってもらったチンチラは私の部屋の特等席に鎮座している。そのふわふわの身体とつぶらな瞳を見るたびにあの日の楽しさを思い出させてくれる、私の癒しとなってくれていた。


***


 Game Geek4公開実況の当日、会場に入ると、そこはファンの熱気に満ちた別世界だった。グッズのレジには長蛇の列。


「すげぇな……。まるでアイドルのライブじゃん。登録者数200万人って、伊達じゃないんだな」


 拓実が感心したように言う。


 ちなみに、拓実の推しはぐっちさん。天然でポンコツな一面と、鬼のようなゲームスキルのギャップがクセになるらしい。



 そして歓声と共に始まったステージに登場したのは——Renさん、セイさん、ぐっちさん、そして……羊さん。


(うわぁ……やっぱり、生で見るとすごいな……)



 会場の熱気は最高潮。四人のやりとりはテンポがよく、どの瞬間も笑いが途切れない。


 ただ、4人で実況しているわけではない。1+1+1+1が10にも100にもなることを、彼らを観ていると感じられた。


 大画面でのゲームを皆で観戦する。セイさんの躍動感あるハイテンションに乗せられ、リアルイケメンのRenさんがスマートに進行、ぐっちさんの天然発言で皆、大盛り上がりだ。爆笑の渦が巻き起こる。

 そして羊さんのコメント回収力、言葉選びのセンス、時に刺すような鋭さに、観客全員が引き込まれていった。



 そんな中、ゲーム中の雑談でふと動物の話題になった時。


 羊さんの表情が一瞬、跳ね上がるように見えた。

 その笑い方、トーン、言い回し。


(……あれ? この感じ……どこかで……)


 そう感じた次の瞬間、まさか、と思いながらも、ドクンと胸が鳴った。

 あの日、動物園で夢中で語っていた日辻さんの顔がステージの上の羊さんに重なった。


 胸の奥にぽたんと落とされた波紋が、どこまでも広がっていくような感覚。自分の中で、信じられないような、でもどこか納得するような相反する気持ちが、せめぎ合う。



 そして最後のコーナー「観客参加型•人狼」。

 羊さんが、担当区画ステージの上に立った。私の席から3メートルほどの距離。笑いながらセイさんとマイクで会話している。



(……やっぱり……)



 黒縁眼鏡の奥の瞳も、落ち着いた口調も、笑い方も。たった一日だったけど、近くで一緒に過ごしたから、覚えてる。



 ——あれは、間違いなく日辻智士さんだ。


 信じられなかった。


 信じたくないわけじゃない。


 むしろ、どこか誇らしい気持ち。でも、ステージの上で堂々と話す彼の姿は、手が届かない人のように感じて、胸がギュッと苦しくなる。



 不意に彼が観客席の方に顔を向けた。


 目が合った——気がした。



 一瞬、時間が止まったような感覚。


 でも彼の表情は変わらない。



「羊くーん、なんか音声来てないよー?」


「……あぁ、悪い悪い。観客さんの札見るのに集中しちゃったわ!」



 そして何事もなかったように、公開実況は進行し、大歓声の中、幕を閉じた。


 私は彼から目が離せなかった。彼を見つめたまま、気がついたら、カバンに付けているペンギンのキーホルダーを強く、強く握りしめていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
二人のピュアさと、ちょっとしたすれ違いがかわいくて好きです……。 心をときめかせながら、続きも読ませていただきます!
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