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21話

 それは黒曜石の塔だった。


 光沢のある黒だけで構成された建物である。

 高さはそうない。せいぜい七階建てのビルぐらいなものであろう――だが、この世界の人にとっては充分に高層建築と呼べる代物であることは、僕にもわかった。


 そういった塔が六つ。

 そして――ひときわ高く、太い塔が、中心に一つ。

 さながら原子核を囲む電子のように。

 あるいは太陽を中心とした太陽系のように。

 合計七つの黒曜石の塔が、火山の火口には建っていた。



「舞台を見るにもマナーがあるわよね」



 駅から出て、それらの塔を見上げながらマナフが言う。

 彼女は勝手知ったる自分の庭のような気軽さで塔の一つに近付き、



「魔王に会うんだったら、それはもう、踏むべき手順というのが当たり前のようにあるわ。……たぶん今回の主演は中心の塔にいるんでしょ。楽屋挨拶だったら主演からするべきだけれど、今回あたしたちは観客オーディエンスだからね。大人しく演目の順番通り見ていきましょ」



 ようするに、中央の塔に目指す『西の魔王』はいるが、攻略手順としては周囲にある六つの塔を順番にクリアしていくべきだということらしい。

 なるほど、よく見るRPGだ。

 きっと六つの塔にはそれぞれボス的な存在がいて、そいつらを倒すことで中央の塔への道が開けたり、バリアが開けたりするのだろう。


 非常にRPG的なイベントである。

 ともあれ目指しているラスボスがいるのは中央の塔ということになる。

 ならば安心だ。

 僕は提案する。



「じゃあ、平らに均していこうか」



 目的の人物が中央の塔にいるのが確定ならば――

 他の塔を整地したところでその人を巻きこむ心配はないだろう。


 いや、良かった。

 建物にくっつくようにしている人を僕の整地で巻きこむ心配がないというのは、焼け落ちた街の城壁を整地した時にわかっていたけれど――

 整地した時、建物の内部に人がいたらどうなるかは、未知数なのだ。


 人がいないなら安心して平らにできるな!

 という僕の提案に、もう、レヴィアもマナフも、驚いたり反論したりはなかった。

 僕がやること、僕の発想に慣れてしまった様子だ。

 彼女たちはこの世界の住民として大事なものを、僕との旅で失ってしまったようだった。

 悲しい。


 ともあれ遠慮無く整地。

 芸術作品としても無類の完成度を誇っていた黒曜石の塔が、次々平らな更地と化していく。

 消える時は一瞬である。

 あれほど美しかった建造物が、跡形も残さず消えていくシーンを見ると、諸行無常というものを感じざるを得ない。


 などと消している本人とは思えないような他人事な感想を抱きつつ、塔を均し終える。

 取得したのは、石、土、木、それから肉がけっこう大量に。

 ……うん、どうやら大量の魔獣が塔の中には控えていたようである。まともにやったらかなりの時間がかかったことだろう。整地してよかった。




 僕らは中央の――もはや火口に一本きりになってしまった塔へと近付く。




 さすがにこの塔はまともに攻略しなければなるまい。

 最悪、電車による体当たりで破壊するという手段も考えたのだが……きっと無理だろう。

 耐久度の方に問題はないだろうが、建物を突き刺すようにはレールを設置できないのだ。

 そしてレールのない場所を電車は走れない。乗り物として使う分には非常に安全でいいことなのだけれど、ハリウッドスタイルな使用ができないと思えば少々の不便さも感じる。



 入口を探して塔をぐるりと回る。

 すると、鍾乳洞の入口のような、入口として人工的に用意したというより、長い年月を経て自然物がそのように変化したという感じの穴を見つけた。

 他に内部へ侵入できそうな場所もない。

 ということは、その穴が、この塔の入口なのだろう。



 入るべきか否か。

 いや、入るべきはそうなのだろうけれど、その前に準備すべきことはなかっただろうか?

 考えつつ穴を見つめていると――




 突如。

 黄金の輝きが、穴より漏れ出した。




 あまりのまばゆさに一瞬、目がくらむ。

 次第に慣れた目で光の中心を見れば、その正体はいびつなヒトガタだった。


 長い黄金の髪。

 チャイナドレスのような服装。

 体つきは女性のもので、シルエットは豊満な曲線を描いていた。胸のあたりはみずみずしい果実を思わせる。それもリンゴやミカンではない。スイカやメロンだ。


 黄金の瞳を細め笑う。

 その笑顔から感じるのは母性だった。

 年齢は、わからない。

 十代に見えるみずみずしさと、四十代と言われても納得してしまいそうな、成熟した濃厚な色香が女性からは感じられる。


 そして。

 その女性には、こめかみのあたりから、左右に一本ずつ、黄金の角が生えていた。

 腰のつけ根あたりから、黄金の、爬虫類じみた太い尻尾が生えていた。

 極めつけに――肩甲骨のあたりから、金色に輝く、コウモリめいた翼が、生えていた。



 その女性は、黄金の竜だった。



 長く鋭い爪の生えた手には、長い槍を持っている。

 ……驚いたことに、そのせいぜい二メートルほどの槍は、僕の基準では『建造物』と判断されるらしい。

 他の、たとえばレヴィアの武器なんかでは起きなかった現象だ。

 例のアイコンが綺麗にロックオンされている。

 おそらくよほどの重量や密度を誇るのだ。


 僕らは、一様に動けなかった。

 当然だ。その女性は言い訳のしようもなく――翼がある、という差異はあるものの、その特徴はレヴィアと同じ竜人族のそれなのだ。

 間違いなく目指す人物だ。

 それがいきなり出てきたもので、僕も、レヴィアも、まばたきすら忘れて女性を注視していた。

 女性は、憂いをたたえた表情を浮かべ、僕を見た。



「この惨状、そなたの仕業であるか」



 惨状。

 最初、何について言われているかわからなかった。

 もちろんすぐにわかる。周囲にあった六つの塔がのきなみ整地されていることについてだ。

 当然僕の仕業だ。

 だから僕は、うなずいた。

 女性は悲しげに笑う。



「……ふむ。さだめなのであろうな。人族と我らの敵対は……それとも、呪いか。残念じゃな、人間。我はそなたを許さぬ理由ができてしまった。では――開戦といこうか」



 ため息交じりにそう言って。

 直後。



 目にもとまらぬ速度で、槍が僕の胸を貫いた。



 ……ああ、うん、まあ、そうだよね。

 自分の土地を無断で平らに均されたら、そりゃあ、怒る。

 竜の逆鱗に触れた――ということらしい。


 胸を貫かれながら、僕は彼女にどこか同情的だった。

 のんびりしている。

 危機感が足りない。

 軽い気持ちでした。

 色々なことを考えながら膝をつく。

 そして、僕の意識は次第に暗く――

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