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11話

 翌日――

 時刻は昼過ぎぐらいだろうか。

 すでに太陽は昇りきっていて、まぶしい日差しが僕らの目を覚まさせた。


 周囲をうかがえば、すでに働いている人の姿もチラホラ見えた。

 タフな人たちだ。あれだけの大災害、そして夜を徹しての酒盛りのあと、こんなにも早く日常に復帰するとは、人の生きる力のすさまじさを感じざるを得ない。


 僕は、これから一緒に旅をするであろう二人を見た。

 ……が、すでにレヴィアはいない。

 すやすや眠っているマナフだけが目に映る。


 ……こうして寝ている魔王マナフは、本当に子供のようだ。

 容姿は、立派に大人のものだけれど。

 彼女自身の影に溶ける長すぎる黒髪と黒い衣装。顔立ちにはこうしていても妙な色香があって、色の薄い唇は、じっと見ていると吸い込まれそうになる。


 でも、無邪気にごろごろしているその様子は子供か猫かという様子だ。

 たとえ彼女の色香に惑わされよからぬことを考えたとしても、寝言で『暗いのやだあ』とか言われれば優しい気持ちになってしまうだろうこと請け合いであった。


 さて、レヴィアはどこだろう?


 まさか黙って一人で行ってしまったわけでもないだろうに――

 そう思っていると、遠くの方から、大きな人影がこちらに近寄ってくるのに気付く。



 大きな人影、というか、丸い……何?

 次第にその影が判然とし始めて、正体がわかる。



 それは探していたレヴィアだった。

 ただし、背中に、いつもの大剣とは別に、体より大きいリュックサックを背負っている。


 あれはなんだろう。

 ほどなくすぐ近くに来て、重そうにリュックを下ろす彼女にたずねる。


「その荷物は?」

「うん? 旅先で必要になるであろう食料などだが?」


 食料!

 なるほど旅には必要な要素だ。

 人はご飯を食べなければ生きていけない。

 あまりに当たり前のことではある。

 だが、僕が元いた世界、というか国では、水は蛇口をひねれば出てくるし、食事はそのへんに行けばどこにでも売っているものだったので『わざわざ用意する』という発想がなかった。


 しかし、旅先では食料、水、寝床など、僕が『わざわざ用意する』と発想しない、元いた世界基準で『あって当たり前のもの』さえ、自分で用意しなければならないのだ。


 ……ストレス値が、最初に想定した限度をやや上回る。

 旅への同行やめよっかなーという気分にならないでもなかったが、ここまで一緒に行く雰囲気にしておいて、今さら断るのもそれはそれでストレスだ。

 加えて。


「安心しろ。ご主人様の分もきちんと用意したぞ。三人分、一週間はもつ計算だ」


 などということを言われてしまった。

 三人というのは、僕と、マナフと、レヴィア自身の分だろう。

 ここまでさせて今さら断るのも申し訳ない。

 ……仕方ない。まあ、サバイバル色強めのキャンプだと思えば気持ちも上向きにできるだろう。

 僕はインドア派なので、キャンプ自体にまったく興味がないというのはこの際棚上げしておく。


「ちなみに、一週間分の食事っていうのはどんな感じ?」

「おお、知りたいか! ご主人様はあまり詳しくないのだな! よし、私が教えてやろう! 任せておけ、私は人に何かを教えるのが得意だ。なぜなら、竜人族だからな!」


 ……彼女の口から聞かされる『竜人族』は、今まで割と没コミュニケーションというか、人とかかわって生きていくのが辛そうな種族だったように思うのだけれど。

 まあ、細かいことを突っ込み始めたらキリがないし、聞いたところで答えもないだろう。

 竜人族とは何か。

 その答えを彼女はこれから探しに行くところなのだから。


「旅のメイン食料と言えばこれ。豆だな」

「……豆?」

「そうだ。炒って乾燥させた豆は軽く、腹持ちがいい。旅の食事としてこれに勝るものはまず存在しないだろう。値段も安いからな」

「へえ。他には?」


 僕は何気なくたずねた。

 すると、レヴィアは首をかしげ、こんなことを言う。


「……他?」


 待て、なんでそこでハテナマーク!?

 慌てて補足する。


「い、いや、ほら、豆以外を食べたくなる時あるじゃない? 飽きるっていうか……栄養バランスとかさ」

「豆を食べれば、空腹で動けなくなることはないぞ?」

「そりゃそうなんだろうけど、動けなくなることと健康に生きていくことはまた別じゃない? まあこの際健康は無視するとしても、豆ばっかりだとちょっと辛そうだし」

「野草やキノコなども拾えることがある。土地によっては木の実もあるかな」


 うーむ……それならギリギリ、ありか?

 しかし出発前、思わぬところで旅のつらさを思い知った気持ちだった。

 まあ、贅沢を言っている場合でもないのは、事実だろう。

 魔王を倒す旅なのだ。

 数メートル間隔で定食屋を用意してくださいというわけにもいかないだろう。


 とか覚悟を決めかけていた僕だが――

 次のレヴィアの言葉で、その覚悟が消え去ることとなる。


「ちなみに、塩はないぞ」


 ……塩が、ない?

 え、塩って、ないとかありうるの?

 むしろ僕の元いた世界では、『一日の塩分摂取量を控えましょう』とか健康番組をつけたら絶対言われるぐらい、塩過多だったよ?


「んー……ご主人様の様子が、香辛料を当たり前に使う貴族のそれだったので一応注釈したが。本来、塩やコショウなどの香辛料はたやすく手に入るものではないからな? そうだな……貴族にも通じる言い方をするならば『香辛料は同じ重さの黄金より価値がある』と言えばいいか?」


 同じ重さの黄金より価値がある!?

 ……普段何気なく使っていた塩コショウの物価高騰にめまいを覚える。

 こんなことなら、この世界に来る前にコンビニかどこかで買い占めておけばよかった……!

 いや、元いた世界からこの世界に来るのに、前兆も準備する余裕もなかったけれど。


「コショウに関してはともかく、塩は『同じ重さの黄金』とまで言ってしまうと言い過ぎのきらいもあるが……それでも高級品だ。旅の備えに易々と大量買いできるようなものではないな。保存も気を遣う。いや、本当に知らなかったようだな。言っておいてよかった」


 よくない。

 いや、言ってくれたのがいいことだが、塩がないのはよくない。

 だってそれ、僕は旅の間中ずっと、塩けのない豆をポリポリかじり続けるってことになるじゃないか……!

 耐えきれる自信がまったくない。


 ……しかし、彼女たちの力でこれ以上の好待遇は不可能だろう。

 そこで僕は提案することにした。


「話はわかった。だけど、旅の食事をずっと豆にする前に、試させてほしいことがある」

「なんだ?」

「建築させてくれ」


 懇願するように。

 あるいは一縷の望みに賭けるように――

 最後の希望となりうる建築を、僕は開始することにした。

2016年1月19日 いただいた感想で判明した誤字修正

2016年1月24日 いただいた感想から、レヴィアの「塩は軽いので~」のあたりを削除。普通にミスです。すいません。

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