Chase the mirage! ――彼方を追え!――
日付が変わると同時にチャレンジできるのだが、コンディションを優先して、普段通り夜寝て朝起きてのチャレンジだ。
ウェブを覗けば、すでにチャレンジした参加者の感想がアップされており。
「落ちた、でもKBカーと一緒に走れてよかったよ!」
「KBに勝てるわけねーだろ、KBだぞ! でもあの走りは確かにKBだった!」
「オレの歴史が1ページ、戻った……。でもKBはたしかに走っていたよ! コード神」
といった、予選に落ちながらも肯定的な意見がたくさん見受けられた。
ただ、まだ予選に通った参加者はいないようだ。
「厳しい試合になりそうだ」
龍一は冷蔵庫から黒とシルバーの缶のデザインのエナジードリンク、ゾンネエナジーを取り出し、これをすすりながら気を引き締めた。
時計を見れば、朝の8時半。9時に韓国のソキョンとフィチに、東京の優佳とビデオチャットでつながり、ミーティングをしてから予選に挑む段取りになっている。
前日のミーティングでは、
「厳しいようだけど、予選に落ちたら来季の契約更新に響くわよ」
などとソキョンは言ったものだった。
「上等」
龍一は闘志を燃やした。
「背水の陣です!」
と意気込んだことを言ったものだったが。
それに対し、フィチは、
「背水の陣は、実際のところイメージされているのとは違うんだけどね。韓信ネタなら、敵を川におびき寄せて氾濫させて勝った濰水の戦いが好きかな」
などと、フィチらしくクールな指摘をしたものだった。
「勝てる見込みがあるうえで川を背にする……。フィチ、勝てる見込みがあるの?」
「半々ですが……」
「半々じゃだめじゃない。韓信はもっとあったうえで川を背にしたんでしょ」
「ええ、まあ。別動隊が敵の後方を突きましたし」
「まあ、ともあれ、『敗軍の将、兵を語らず』にならないようにね!」
「はい、頑張ります……」
クールなフィチもソキョンの突っ込みにはかなわなかった。しかし、このやりとりを楽しんでいるようでもあった。
「え、これ朝鮮の歴史ですか?」
「いいえ、古代中国の、楚漢時代の歴史の話です。日本でも有名作家が小説で書いてますよ」
「そ、そうですか……」
龍一はフィチとソキョンのやりとりについてゆけず、優佳に教えてもらってどうにか理解できたのだった。
(オレ、もっと勉強しよう)
と、強く思った。
プロeスポーツ選手になってから、eスポーツ界隈の様々な人たちに接した。特に、信用出来る人は必ずこう言った。
「ゲームしか知らない人間になるな」
回想はここまでにして。




