27話 ミカエル
「ぐすっ……」
ややあって、どうにか女の子は落ち着きを取り戻した。
再び戦闘になることはなくて、ようやく話ができそうだ。
「えっと……なんか、ごめんね?」
「別に……ちょっとあたしが調子に乗っていただけだから」
拗ねた様子ではあるものの、さきほどまであった敵意は消えていた。
「やれやれ、相変わらず泣き虫じゃのう」
「うっさい……っていうか、あれ? ルシフェル様じゃん」
「ようやく気づいたのか」
「ごめんごめん。だって、かなり久しぶりじゃん? 忘れちゃうのも仕方ないっしょ」
「まあ、千年以上は経っているな。それで……ミカエルよ」
ミカエル……それが、この子の名前みたいだ。
「お主、このようなところでなにをしているのだ?」
「んー……あたしもよくわかんない」
「お主なぁ……」
「だって、わからないものはわかんないし。なんか、耐用年数に達していたのか封印が解けてさー。お、ラッキー♪ これからどうしようかな、って考えていたら、なんか人間がやってきて、いきなりナンパされて襲われそうになったから、ぶちかましておいた」
「それは本当なのか?」
「なにさー、ルシフェル様ってば、あたしの言うことを疑うつもり? あたし、こんな感じで軽いけど、つまらない嘘は言わないじゃん」
「うむ、そうだったな。すまぬ、疑うようなことを言って」
「いいよー、わかってくれれば」
と、なると……
ミカエルと戦ったという冒険者達は、完全に自業自得だ。
まったく同情できない。
これ、後でギルドマスターにしっかり報告しておいた方がいいな。
「ところで……」
ミカエルの視線が俺に向いた。
「この人間、誰? 人間なのにあたしを圧倒するとか、マジありえないんですけど……」
「ふふん、旦那様は天才だからな!」
「へ? 旦那様?」
「うむ。我は、旦那様と結婚したのだ」
「えぇえええええーーーーーっ!!!?」
「そこまで驚くことか?」
「当たり前じゃん! ルシフェル様とか、結婚できそうにない悪魔ナンバーワンで、100年連続で首位に輝くとか、すっごい記録を更新していたじゃん!」
そんな記録をつけていたのか。
悪魔って、わりとヒマなのかもしれない。
「可愛いけど、お子様体型! やたら偉そう! 強いから怖い! とか、そんな感じの理由で、彼氏の一人もいたことない。一生独身で、最後は狭くて埃の溜まった部屋で一人寂しく、っていう未来図が簡単に想像できたのに、いきなり結婚とか……え、マジ? これ、夢?」
「……お主、ケンカを売っているのか? そうなのか? 買うぞ? 特売中だぞ?」
「ま、まあまあ」
本気でルルが暴れだしそうだったので、慌てて止めに入る。
「えっと……はじめまして。俺は、カイル・バーンクレッド。冒険者で……今、紹介してもらったように、ルルと結婚しているよ」
「はー……弱味を握られているとか脅されているとか、そういうわけじゃなくて?」
「いや。そんなことはなくて、俺は、ちゃんとルルのことが好きだから」
「愛称で呼ぶ仲とか。マジかー……まさか、ルシフェル様に先を越されるとか、まったく想像してなかったし。あ、これ凹む……」
「我も想像していなかったな。しかし、旦那様は世界で一番優れていて、かっこいい男性なのだから仕方ないのだ」
「うわー、めっちゃ惚気けられた。ルシフェル様、心底、惚れてるんだねー」
だいぶ和やかな感じで話が進んでいた。
この様子なら、いい方向で話をまとめることができるかもしれない。
そう期待しつつ、話を先に進める。
「それで、これからのことを話したいんだけど……」
「残念だが、その悪魔に『これから』はない」
突然、第三者の声が響いた。
慌てて振り返ると、見知らぬ男が。
ニメートルを越えているほどの長身で、しかも、筋肉の鎧をまとっているかのような体。
その身から放たれるプレッシャーは強烈なもので……
ただ、どこか覚えがあった。
「もしかして……あなたは、神様ですか?」
「ほう、俺のことを知っているか?」
「あ、いえ。すいません、細かくはわからないんですけど……ただ、こんなプレッシャーを放つ人、神様以外にありえないと思って」
「なるほど、聡明な人間だな」
感心したように頷いた。
「まずは、自己紹介をしようか。俺は、蒼龍リヴァイアサン。末席ではあるが、神の座を有する者だ」
「はじめまして。俺は、カイル・バーンクレッド。冒険者です」
「ふむ、礼儀正しいな。その正しき姿勢、良き冒険者なのだろう」
「ありがとうございます。それで……」
ちらりと、後ろのミカエルを見た。
蒼龍様を睨みつけている。
ただ、その顔はちょっと青い。
彼女の天敵……なのかもしれない。
「さきほどの言葉の意味を教えていただいても?」
「神の使命は、世界の秩序を保つこと。しかし、悪魔はその秩序を乱す存在だ。故に、排除しなければならない」
「……なので、ひとまず封印をした。でも、封印が解けたので様子を見に来た……ということですか?」
「ふむ? 詳しいな、その通りだ。ただ、一つ訂正すると、俺の目的はミカエルだけではない」
蒼龍様がルルを見る。
「ルシフェルの封印も解けていたようだな。ちょうどいい。ここでまとめて始末してくれよう」
「えっ」
まずいまずいまずい。
このままだと、ルルとミカエルが危ない。
ミカエルは出会ったばかりなのだけど……
でも、見捨てたくない。
悪魔かもしれないけど、でも、どこにでもいるような女の子に見えた。
楽しく話をすることができたから、きっと、仲良くできると思う。
どうすれば?
どうすればいい……!?
……そうだ!
「あ、あのっ!」
「む? どうした、人間よ」
「俺、バハムート様から悪魔に関する対処を任されているんです!」
「……なんだと?」
蒼龍様の注意がこちらに向いた。
よし、ここからが正念場だ。
どうにかして説得して、考えを変えてもらわないと。
「実は……」
俺はできるだけ冷静にバハムート様との関係を語る。
バハムート様も同じようなことを考えていて、衝突したこと。
どうにかこうにか認めてもらったこと。
俺の範囲内でなら、悪魔に関する対処を任せてくれたこと。
そして、友達になってくれたこと。
「……と、いうわけなんです」
「まさか、竜神様がそのようなことを……」
「信じられない話かもしれないけど、本当のことなんです! えっと……そうだ、俺の体に残る魔力を見てくれませんか? たぶん、まだバハムート様と戦った時の魔力が残っていると思うので」
「……確かに、それは間違いなく竜神様の魔力だな」
「それに、他の神様方にも話をしておく、と言っていたのですが」
「そういえば、そのような話が来ていたような気がするな」
よし!
ここから、さらに話を繋げていけば、なんとかなるかもしれない。
「ミカエルのことですが、彼女も俺に任せてもらえませんか? 彼女が悪い悪魔とは思えなくて……」
「ふむ」
蒼龍様は考える仕草を取る。
ややあって、一つ頷いた。
「……いいだろう」
「本当ですか!?」
「ああ。竜神様に認められているのならば、俺も認めなければならない。ここでお前の意思に反する行動をとるということは、竜神様の意思に反するということ。それだけはできないからな」
「あ……ありがとうございます!」
「なに、礼は必要ない」
蒼龍様は……嗤う。
「嘘だからな」




