24話 友達
粉塵が晴れて、竜神様の姿が見えてきた。
倒すことはできなかったのだけど……
「えぇ!? ちょっ、なぁ……! いやいやいや、どういうことなのだ!?」
あちらこちらに傷を負い、ダラダラと頭から血を流している竜神様を見て、ルルは混乱状態に陥っていた。
ここまで、とは思っていなかったのだろう。
でも……
俺の負けだ。
力を完全に使い果たして、もう、どうすることもできない。
一方で、竜神様はそれなりのダメージを受けた様子だけど、まだ余裕がある。
笑顔を浮かべているのがその証拠だ。
これ以上は……無理だ。
俺は、己の不甲斐なさに拳を握る。
「うんうん、これは、本当に予想外だよ。キミ、すごいね。いや、本当にすごいよ。こんなに痛い思いをしたのは、何千年ぶりかな?」
「でも……俺は負けました。もう、なにもできません……」
「なにを言っているんだい?」
「え」
「ここまでの力を見せてくれたんだ。十分、合格だよ」
「え? いや、あの……でも、え? い、いいんですか? 勝てませんでしたけど……」
「力比べとは言ったけど、僕に勝たないとダメ、なんて言った覚えはないよ?」
……確かに。
記憶を掘り返してみると、竜神様は、ただ力比べをしようとしか言っていない。
「これだけの力があるなら、ルシフェルのことを任せても問題はなさそうだね。むしろ、ルシフェルよりも上? うん。どちらにしても、キミと一緒なら、ルシフェルも良い方向に向かいそうだ。任せることにするよ」
「あ、ありがとうございます!」
「はっはっは。そんなにかしこまらなくていいよ。僕は、キミのことを気に入った。よければ友達になってほしいな」
「えぇ!?」
ルルがものすごく驚いていた。
「あの竜神が……気まぐれでいくつもの国を滅ぼした竜神が、人間を友にするとは……」
「意外かい?」
「当たり前なのだ。お前、神と崇められているが、ぶっちゃけ、破壊神と言った方が早いだろうに」
「心外だなあ。使命で破壊しているだけで、無意味に破壊したことはないよ。それに、友情にレベルは必要ないからね。僕は、彼のことを気に入った。だから友達になりたい。自然な流れだろう?」
「それは、まあ……しかし」
ルルがうっとりした表情で僕を見る。
「神も従えてみせてしまうとは、さすが旦那様なのだ。そして、我を守ると言ってくれた時はかっこよすぎて……やばい、めっちゃしゅき。だいしゅき。もう、我の心はとろけさせられてしまったのだ……はふぅん」
「ルシフェルのこんな顔を見られるなんて……うん。やっぱり、キミで問題なさそうだ。これから頼むよ、はっはっは」
「えっと……血、大丈夫ですか?」
笑う度に、竜神様の頭から噴水のように血が飛び出していた。
もしかして、わりと重傷?
「なに。これくらいかすり傷さ。気にすることはないよ」
「そ、そうですか……? あ、また血が……」
本当に大丈夫なのだろうか……?
「で……ルシフェルのことはキミに任せるよ。彼女がバカなことをしないように見張り、正しい方向に導いてほしい。そうすれば、神は、彼女に手を出さないと誓おうじゃないか。ただし、道を踏み外すようなら、その限りじゃないけどね」
「はい、わかりました」
「他の神にも、ルシフェルには手を出さないように伝えておくよ。あと、キミが認めた悪魔なら、同じような対処をしていい」
「重ね重ね、ありがとうございます!」
「ルシフェルの件はこれでいいとして……キミ、名前は?」
「カイル・バーンクレッドといいます」
「うんうん、良い名前だね。カイル、って名前で呼んでも?」
「もちろんです」
「じゃあ、カイル。よければ、僕の友達になってくれないかな?」
「えぇ!? さっきの話、冗談じゃなかったんですか!?」
「もちろん本気さ。キミみたいに強くて面白い人間は初めてだからね。ぜひ、友好を深めておきたい」
竜神様は笑顔で手を差し出してきた。
ものすごく恐れ多いことだけど……
でも、これは竜神様が望んでいること。
それに、俺個人としても、竜神様に興味があった。
「その……俺でよければ、喜んで」
「ああ、よろしくね」
握手を交わして、友情が成立した。
「いつも一緒にいられるわけじゃないけど、一緒にいられる時は遊ぼうじゃないか。あぁ、それと、なにか困ったことがあれば僕を呼ぶといい。ケンカを売られたりしたら、相手の国ごと滅ぼしてあげよう」
「いや、それはちょっと……」
「冗談さ」
ものすごくわかりにくい。
あと、まったく笑えない。
「そうそう。竜神様じゃなくて、僕のことも名前で呼んでくれないかな?」
「えっ、でも……!?」
「僕ら、友達だろう?」
「……わかりました、バハムート様」
「うんうん、いいね♪」
竜神様……もとい、バハムート様は満足そうに頷いた。
一方で、ルルは愕然とする。
「あ、あの竜神が己の名前を呼ぶことを許可した、だと……? そ、そのような存在、千年以上を生きている我でも、一人も知らぬぞ……神に認められるとか、旦那様は、本当に我の予想を軽々と越えてくるのだ……」
俺も驚いているよ。
驚きすぎて、なんかもう……
未だ流れ続けているバハムート様の血は本当に大丈夫なのかな? って、そこしか気にならなくなってきた。
「じゃあ、僕は行くよ。こう見えても神は忙しくてね」
「あ、はい。おつかれさまです」
「今度、一緒に遊ぼう」
「なら、俺達がいる街を案内しますね」
「ああ、楽しみにしているよ。じゃあ」
バハムート様は笑顔で手を振る。
するとその体が光に包まれて……
光が弾けると、もう消えていた。
「なんか、嵐のような人だったなぁ……って、あれ? 怪我が治っている? バハムート様がついでに治してくれたのか?」
「だ、だだだっ、旦那様!」
ルルが思い切り抱きついてきた。
突然のことなので受け止めきれず、尻もちをついてしまう。
そんなことは気にしないとばかりに、ルルは、俺に身を寄せてくる。
「すごいすごいすごいっ、すごすぎるのだ!!! まさか、あの竜神の圧に耐えるだけではなくて、まさか、逆に手痛い一撃を与えるなんて! あのようなこと、我でもできぬぞ!」
「そうかな? ルルは俺よりも強いから……」
「それが無理なのだ。竜神は、常に数重の結界を展開しているからな。並の攻撃で結界を貫くことはできず……我も、二つか三つの結界を貫くだけで精一杯だろう。それなのに旦那様は全ての結界を貫通してみせて、竜神にダメージを与えた。これは、まだ誰も成し遂げたことのない偉業なのだ! くぅううう、ここに他の人間でもいれば、旦那様の偉業を称えて、詩にでもなったというのに」
「あはは、ルルは大げさだなあ」
バハムート様は手加減をしてくれたんだろう。
でなければ、俺がダメージを与えられるわけがない。
「これは、我もうかうかしていられぬな。すぐに旦那様に追いつかれてしまいそうなのだ」
「そんなことはないって。まだ、ルルとの間には圧倒的なレベル差があるし」
「レベル差は、そこまで重要ではないと、今の戦いで知ったではないか。それに……ほれ」
冒険者証を示された。
……俺のレベルが1500になっていた。
「な、なんで……?」
「竜神と戦ったからな。それだけで、膨大な経験値が入ったのだ」
「戦うだけで、300もレベルアップするなんて……それ、ありなの? 簡単にレベルアップできるんじゃあ……」
「ありなのだ。というか、普通は、竜神と戦えば死ぬぞ? どれだけ手加減したとしても、大抵の者は一撃で死ぬな。いや。対峙した瞬間、プレッシャーで自我が崩壊してしまうな。レベルアップどころじゃない。まともに戦って生き残ったのは……我くらいか? そういう我も封印されてしまったがな」
俺、かなり危ない橋を渡っていたみたいだ。
今になってその事実に気づいて、ちょっと震えてきた。
「だから……」
ぽすっと、ルルが俺の胸に飛び込んできた。
「もう、あのような無茶はしないでくれ……我は、どれほど心配したか。どれだけ寿命が縮んだか」
「……ごめん」
ルルを抱きしめた。
俺はここにいるよ、と温もりを伝えた。
「でも、ルルが狙われていたから逃げるわけにはいかなくて……心配をかけたくなかったけど、でも、ルルのためなら無茶はする。好きな人を守るためだから」
「はふぅん……旦那様、めっちゃイケメンなのだ……しゅき」
ルルは頬を染めて、瞳を潤ませて、求めるような視線をこちらに送る。
そっと顔を近づけると、ルルは目を閉じて……
「……んぅ……」
優しく唇を重ねた。




