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10話 これからのこと

 ルルに稽古をつけてもらいながらダンジョンを上がり……

 一週間ほどかけて地上に到着した。


「んー……久しぶりの太陽なのだ!」


 陽の光を浴びて、ルルは、嬉しそうにぐぐっと伸びをした。


「ずっとダンジョンに引きこもっていたから、とても新鮮な気持ちなのだ!」

「ちなみに、どれくらい?」

「んー……1000年以上?」


 1000年もダンジョンの中に一人で……

 それは、とても寂しいと思った。


「はっ!? も、もしかして旦那様は、我のような超々年上はタイプではないのか……? 1000歳なんて、老婆を通り越して骨ではないか、とか思っているのか……?」


 俺の表情を見て勘違いしたらしく、ルルがものすごく慌てていた。


 しまった、勘違いさせてしまったみたいだ。

 俺は、ぎゅっとルルを抱きしめた。


「ほわっ!? だ、だだだっ、旦那様……!?」

「俺は、ルルの歳なんて気にしないから」

「ほ、本当なのか……?」

「ああ。ルルが、見た目通り、俺と同い年だとしても1000歳だとしても、どっちでもいいさ。ルルが俺を求めてくれるのなら、俺は、全力で応えたい。いや。俺からもルルのことを全力で求めたい。色々なこと、二人でたくさんしていきたい、って思うよ」

「……旦那しゃま……」

「だから、これからも一緒にいよう」

「うむ!!!」


 きらきら笑顔になってくれた。


 よかった、元気になってくれて。

 やっぱり、ルルは笑顔が一番似合う。


「ところで……旦那様は、これからどうするのだ?」

「そうだな……やっぱり、冒険者をがんばろうと思う」

「酷い目に遭ったというのに?」

「でも、おかげでルルと出会うことができた。なら、そこまで落ち込むことはないんじゃないかな、って」

「災い転じて福となす、か」

「そんな感じ。それに、やっぱり夢だから」


 冒険者になりたい。

 英雄になりたい。

 幼い頃に抱いた想いは、初心者狩りに遭っても消えることはない。


「それで……できれば、ルルも一緒に来てほしいけど、どうかな?」

「ふっ」


 ルルは不敵に笑う。


「なにを当たり前のことを。旦那様の行くところ、我あり。夫婦の誓いと契約を交わした我らが離れることなど、ありえないのだ!」

「ありがとう、ルル。一緒にいることができて、すごく嬉しいよ」

「そ、そんな風に素直にお礼を言われると、あぅ……て、照れるにょだ」


 肝心なところで噛む癖があるみたいだ。

 微笑ましい。


「一緒にパーティーを組むぞ、旦那様よ! パーティー名は、『ラブラブ新婚大作戦!』なのだ!」

「いや、それはちょっと……」

「なぜなのだ!?」


 心底、不思議そうな顔をしないでほしい。


「パーティー名は、また今度考えるとして……とりあえず、街に帰ろうか。そこで、ルルの冒険者登録をしよう。正式に登録をしないとパーティーとして認められないからな」

「そうか、そういう面倒なシステムがあるのだな」

「大丈夫。一応、登録試験はあるけど、ルルの力なら絶対に合格できる」

「ふっはっはっは! そう、その通り! 我に不可能はないのだ!」

「あ、そうだ。実技だけじゃなくて筆記もあるけど、大丈夫だよな?」

「……」


 ルルの高笑いがピタリと止まる。


「ルル?」

「……」


 今度は汗を流し始めた。


「そ、そのぉ……」

「ああ」

「我は、ずっとダンジョンの最深部にいたわけで、勉強なんてろくにしておらず、最近の人間の歴史や知識事情についても知らないわけで……」

「筆記試験は自信がない、と?」

「……はぃ……」


 ルルは、しょんぼりと頷いた。


 俺は、そんな花嫁を励ますように、ぽんぽんと肩を叩く。

 そして笑顔。


「大丈夫」

「旦那様……!」

「街に戻るまで、着いてからも、きっちり勉強を教えてあげるから」

「し、しかしだな……こ、ここは外ではないか! 勉強道具がないから、勉強したくてもできないのだ! いやー、残念残念」

「それも問題ない」

「え?」

「筆記試験の内容なら、全部覚えているから」

「えええぇ!?」


 ルルが大きな声をあげて驚いた。


「試験の内容を全部覚えているとか……え? それはマジなのか? 冗談ではないのか?」

「そんな冗談言わないって。絶対に冒険者になりたかったから、筆記試験の内容は全部覚えたんだよ。かなり勉強したから、今もちゃんと覚えている」

「……マジで?」

「マジ」

「……我が旦那様は、記憶力も天才なのか? 見たものを全て忘れないとか、そういう能力を……むむむ? それなら、今までのことに全て説明が……」

「ルル?」

「あ、いや。なんでもないのだ。そういうことなら、頼りにさせてもらおう。旦那様が、ここまで親身になってくれているのだ。それに応えねば、妻として失格であろう」

「よかった、やる気になってくれて」

「うむ。やる気爆発なのだ」


 ルルは悪魔だけど、色々な魔法を使えるみたいだから、地頭は良いはずだ。

 しっかりと勉強をすれば、登録試験なんて簡単にクリアーできるだろう。


「じゃあ、さっそく始めようか」

「うむ! 頼んだぞ、旦那様!」

「任されました。じゃあ……まずは、試験対策ノートの1035ページの必須問題を……」

「待て」

「どうかした?」

「……1035ページ? そんなにあるのか?」

「試験対策ノートは、一般販売されているけど……全部で五冊あるんだよ。一冊、1500ページくらいかな?」

「せんご……!? それが五冊ということは、ご、合計で7500ページ……いや、ちょっと待て。旦那様は、それを全て覚えているのか?」

「ああ」


 これくらい覚えられないと冒険者になることはできない、って村のみんなに言われて、必死で暗記した。

 覚えるまで眠れないっていうことで、あの時は、七徹くらいしたな。

 懐かしい思い出だ。


「……旦那様の村の者は、めっちゃ厳しくないか? 我、ちと引いているぞ……?」

「そうかな? 普通だと思うけど……それに、みんな良い人さ」

「うむ。まあ、それは、ここまで純粋に育った旦那様を見ればわかるのだが……旦那様のおかしなところは、その村で培われたものなのか? いや、しかし、7500ページを全て暗記とか、努力でどうにかなるレベルを越えている気がするのだが……やはり村のせい?」

「どうかした?」

「……我は、それなりに常識人だと思っていたのだが、最近、非常識極まりないものと出会ってな。どうしていいか、ちと混乱していた」

「えっ。ルルを驚かせるような、非常識な存在が!? それはすごいな……」

「うむ、本当にすごいのだ……」


 どこか誇らしげで。

 でも、どこか疲れた様子で、ルルはそう頷くのだった。


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