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第47話 僕達の疾走

「ダメだ、恐らくピックアップの中のコイルが断線している」


 理沙のプレシジョンベースのネジを外し、ご丁寧にもテスターで導通確認をしていた陽介がそうこぼす。


 エレキベースの音が出ないということは、内部の配線がどこかで切れているという可能性が一番高い。その切れている部分がはんだ付けした箇所ならすぐに修理ができるのだけれども、何百回と巻かれたコイルの断線となればそうはいかない。大抵の場合、ピックアップの交換となる。


「おい……、マジかよ。昨日までなんともなかったのに」


「可能性としては、何らかの衝撃で切れかかった線にトドメが入ったってところか。ただ、あまり断線しやすい箇所ではないからちょっと考えにくい。なんだか不気味な感じがする」


「それってまさか、人為的ってことか?」


「考えたくはないけど、あり得る。そして、そういうことをやりそうな奴に俺達は心当たりがあるよな」


 陽介のその言葉に僕らは目を見合わせる。

 ちょっと前に僕のスネアドラムのベッドをズタズタにした小笠原のことを皆思い浮かべただろう。


 今回の理沙のベースが故障した件についても、小笠原からの妨害である可能性は否定できない。もしかすれば、小笠原だけでなくスリアンのメンバーぐるみでの犯行ということもあり得る。


 また妨害をしてくるのかと頭に血が上りそうになる気持ちをぐっと堪える。急に迎えてしまったピンチこそ、冷静にならなければ。


「でもあいつがやったという証拠がないよ。それに、今小笠原を問い詰めても僕らのライブが上手くいくかどうかはわからない」


「融の言うとおりだ。そんなことよりもまずは、片岡のベースを直すか別のベースを手配するかしないとな」


「となると、今日これから会場に来てくれる人に頼むのがいいね。軽音楽部の部員で言うと、井出あたりかな?」


「そうだな、とりあえずあいつに連絡してベースを持ってきてもらうように言っておく」


 陽介は合点承知という感じでスマホを開き、井出へと電話をかけた。とりあえず理沙が何も持たないでステージに上がることだけは回避できるだろう。


 しかし井出のベースを借りるという対策案が出てきたが、理沙はどうも浮かばない顔をしている。


「……なあ、ちょっといいか?」


「理沙? どうしたの?」


「こんな状況でワガママ言うのも何なんだけどさ……、あいつのベースってキャンディアップルレッドのジャズベースだろ? 音も見た目も、その……」


「まあ、確かに理沙っぽくはないね」


 理沙の愛機は白地に黒のピックガードがついた、まさにパンクロックの象徴みたいなプレシジョンベース。セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスやラモーンズのディー・ディー・ラモーンをリスペクトして手にしたものだ。


 対して井出のジャズベースはこの時期に流行っていたバンドのベーシストを真似て買ったもの。サウンドや見た目はおろか、そのコンセプトすら全く違う。

 たかが道具かもしれないが、不思議とこういうものは演奏の出来に影響したりするのだ。


「でもうちの部に理沙みたいな無骨なベースを使っている人なんていないしね……、もう他にアテがあるかと言うと……」


「そうだよなあ、こんな大事なステージで仕方がないけど、井出に頼るしかないか」


 理沙はため息をつく。大事なライブがおじゃんになるよりはマシだと、妥協するよりほかなかった。


「……いや、ちょっと待て。俺にアテがある。すぐ近くにそんな感じのベースを持ってる知り合いがいる」


 陽介はなにか閃いたようにそういう。僕はその言葉をきいて、すぐにその『知り合い』が誰なのか想像がついた。


「よ、陽介、それって……」


「ああ、そういうことだ。アレなら間違いなく片岡にピッタリだろ」


 まるでアイコンタクトを送るかのように、陽介はこっちを見て言う。今や彼とはツーカーの仲ともいえる僕は、このひとやり取りですべてを理解していた。


「なんなんだよ2人とも、私にわかるように言ってくれよ」


「理沙に合うベースを貸してくれる人が近くに住んでるってことだよ」


「本当か!? じゃあその人にお願いして貸してもらえたりするってことか!?」


「うまくいけばね。でも、ちょっと……」


 僕はその先を言葉に出すことをやめた。『その人』というのが少し特殊というか、一筋縄ではいかないだろうということが想像できたからだ。

 ちょっと躊躇いを見せた僕だったけれども、陽介はもう心に決めたようにこう続ける。


「大丈夫。俺が説得する。みんなここでちょっと待ってろ」


 彼のその瞳は自信にあふれているようで、どこか不安な気持ちを隠しきれていないそんな揺らいだ印象がある。

 このままひとりで陽介を『その人』の元へ向かわせるのは良くないと、僕の直感がそうささやく。


「陽介! 僕も行く。なんとなくだけど、僕も行ったほうがいい気がするんだ」


「……わかったよ、頼む」


 もちろん、僕がついていったからと言って何かが良くなるかといえばそうではない。けれども、なんとなく陽介をひとりにしてはいけないような気がした。

 時雨や、理沙のときと同じだ。


 そうなれば現場に残されるのは時雨と理沙。

 もしこの事件が人為的なものであるのならば、犯人は近くにいる可能性が高い。

 せめてステージ本番までの間、どこか別の場所にいたほうがいい。


「時雨と理沙はとりあえずライブハウスの外にいたほうがいいと思う。もし理沙のベースを壊した人がいるのであれば、まだ何かを仕掛けてくることもあり得るし」


「そうだな。母さんの知り合いが近くで喫茶店をやってるらしいから、そこで待つことにするよ。みんなの機材も持っていく」


「ありがとう。じゃあ、そこで落ち合うということで」


「ああ。『Walk Don't Run』って名前の特徴ある喫茶店だから、すぐにわかると思う」


 ベンチャーズの名曲からとったであろうその店名。意味は、『急がば回れ』だ。

 今の状況と全く正反対な名前だなと、僕と陽介は自嘲し、『その人』の家へと走り出した。

サブタイトルはBloodthirsty Butchers『僕達の疾走』

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「出会って15年で合体するラブコメ。 〜田舎へ帰ってきたバツイチ女性恐怖症の僕を待っていたのは、元AV女優の幼馴染でした〜」

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https://book1.adouzi.eu.org/n3566ie/

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