第39話 リグレット
ライブの翌日、早速僕らは部室で練習をすることにした。
兎にも角にも課題をひとつずつ潰すしかない。
そう意気込んだ僕と時雨が部室で準備をしていると、何やら慌てた様子の理沙がやってきた。
「……おい! 岩本のヤツ、軽音楽部を辞めるらしいんだけど2人とも何か聞いてるか!?」
「陽介が……? いや、全然そんなこと聞いてないよ……?」
「私も全然聞いてない」
まさに寝耳に水だった。
あの陽介が軽音楽部を辞めるというのが信じられなさすぎる。たちの悪い誰かの噂話なのではないかと思うぐらいだ。
でも、どうやら本当のことらしい。
「理沙こそ、そんな話をどこで聞いたのさ?」
「さっき夏休みの補習授業であいつに会ったんだ。そのときに聞いた」
「補習授業? 陽介って別に特進コースでもなかった気がするけど」
うちの高校は偏差値が高いぞと胸を張って威張ることのできるレベルではない。しかしそれでも大学進学を目指す理沙のような特進コースの生徒がそこそこいるので、夏休み中に補習授業が開かれていたりする。
ちなみに1周目では僕も陽介も、ましてや井出も小笠原も特進コースではなく普通の生徒だった。もちろん大学など行かず、全員高校を卒業してすぐバンド生活に明け暮れていた。
そんな陽介が補習授業に現れること自体が驚きなのに、それに加えて軽音楽部を辞めるなんて言っているのだ。
何か余程のことがあったのは間違いない。
「バンドを辞めて普通に大学目指すんだとさ。なんか、家業の跡継ぎをするらしい」
「……理沙、それ本当に陽介が言っていたの?」
「あ、ああ。なんだか元気無さそうな顔をしてそう言ってた。……融? どうしたんだ?」
僕はその瞬間、やってしまったという焦燥感に襲われた。
陽介が家業を継ぐ未来は、まず間違いなく上手くは行かないことを知っていたからだ。
彼の実家は町工場で自動車部品なんかを作っているのだが、これから10年もしないうちに経営状況が急激に悪化する。残念ながら上向くことはなく、最終的には倒産することになる。
1周目での陽介はバンドがそこそこ上手くいっていたし、意地でも継ぐものかと豪語していたのであまり影響は無かった。
そんな彼が家業を継ぐ方向にシフトしてしまうのであれば、話は変わってくる。
僕は陽介からクビを宣告されたのは紛れもない事実。
でも僕は、皆が絶望するような未来を避けたいのであって、陽介に不幸になって欲しいというわけではないのだ。
しかし僕がこのまま陽介に助けの手を差し伸べたとして、すんなりと彼はその手を取ってくれるだろうか?
僕が陽介の立場であればまず取らないだろう。今の陽介からしたら、僕は彼を貶めたようにしか見えないから。
なんにせよ黙ってこのまま陽介が軽音楽部を辞めていくことをぼーっと見ているのは悪手だ。何かしら行動を起こさなければ。
「……ちょっとごめん2人とも、陽介と話してくるよ」
「えっ? おい融、今から練習があるだろ!」
「そうだけど……、そういうわけにも……」
焦りのあまり僕が端切れ悪くそう言うと、理沙は少しため息をついてこう続ける。
「岩本のやつ、これから塾に行くんだとさ。今まで勉強が遅れた分、なんとか取り戻すんだと。だから今行っても無駄だよ」
「そっか……、そう、だよな……」
僕は部室を飛び出そうとしていたその脚を止める。思わず取り乱してしまったと思い、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「まあでも、ちょっと気の毒ではあるよな。宅録コンテストも1次選考で落ちたらしいし」
「えっ……? 落ちたの……?」
その理沙の言葉に、落ち着いたはずの僕はもう一度驚いた。
あの陽介がコンテストに落ちた。そんな冗談みたいなことがあるのだろうか。
時雨とは音楽性こそ違うけれど、彼だって天性のものを持っている。そんな陽介の作品が見向きもされず落選するなんて、僕には到底考えられなかったのだ。
「私もまさか落ちるとは思わなかったんだけどな。あれだけ試行錯誤してレコーディングしたし、出来は良かったはずなんだけど」
「……応募した曲を聴いていないからなんとも言えないけど、やっぱりちょっと信じられないよ」
「なんなら応募した音源聴くか? 私のプレーヤーに入っているけど」
僕は食い気味に聴きたいと理沙に告げる。
彼女は自分のiPod touchを取り出すとイヤホンを僕に渡した。
それを耳につけると、理沙は再生ボタンを押す。そして聴こえて来た曲に、僕はさらに衝撃を受けることになる。
「こ、この曲は……」
「あのとき岩本のバンドが演ってた曲だよ。ええっと、確か曲名は……」
曲名は『From Now On』、僕が1周目で1番多く演奏した曲。そしてそれは、岩本陽介の渾身の1曲だ。
耳から聴こえてくるその曲は、歌詞もメロディも1周目と同じ。しかし、その曲のアレンジは全く違うものだった。
井出とは違う理沙のパワーのあるベース、時折入る時雨のコーラス。出来上がりを聴くと、あの時とは全く別の作品であると言っても過言ではない。
「これは……」
僕は言葉を失った。
せっかく2人の助力を得たのにも関わらず、お世辞にもこのアレンジが良いとは思えなかったのだ。
本来は真っ直ぐシンプルに突っ走る曲だが、これには明らかに陽介の迷いや苦悩みたいなものがそのまま表れている。
僕は今までの行動を悔いた。この曲がこんな形になってしまったこと、ここまで陽介が参ってしまっていたことを、今の今まで全く考慮出来ていなかったから。
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サブタイトルはART-SCHOOL『リグレット』




