第38話 どかーん
終演後、僕らは打ち上げ――もとい、反省会として近くのファミレスに逃げ込んだ。
言い出しっぺは僕でも時雨でも理沙でもなく、観に来てくれていた野口とその彼女の実松さん。
とりあえずドリンクバーとフライドポテトだけを注文して、僕らは大きくため息をついた。
あまりにもそのため息のタイミングが揃っていたせいなのか、すかさず実松さんがツッコミを入れる。
「あれー? どうしたのみんな。あんなにカッコいいライブ演っておいて落ち込んでるのー?」
「麻李衣……。確かに私たちはそれなりに上手くライブを終えたんだけどな……、その、いろいろあるわけだ」
理沙がそう返してくれたので、僕も時雨もコクコクと無言で首を縦に降った。
今日のライブはSleepwalk Androidsに完全敗北したと言ってもいい。
たかだか1回食われてしまったと言ってしまえばそれまでかもしれない。しかし厄介なことに、彼らとはこのあと未完成フェスティバルの予選ライブでもう一度対峙することになるのだ。
このままでは奈良原時雨という天才をもってしても負けてしまう。負けてしまえば、今度は理沙の父親との約束を果たすことが一層難しくなるのだ。
そうなれば、お互いがお互いを支えて成り立っているこのバンドは離散する。すなわち僕らの青春は、ジ・エンドとなってしまうのだ。
それはなんとしても避けなければならない。
僕は内心ものすごく焦っていた。
一方で察しの良い実松さんは僕らが落ち込んでいる理由をなんとなく理解したようだ。話題を変えて空気を良くしたいのか、おもむろにバッグからカメラを取り出す。
「ねえ見て見て、さっきのライブでめちゃめちゃ写真撮ったんだけど、みんなかなりいい感じじゃない?」
デジタル一眼レフの液晶パネルには、先程のライブでの僕らが表示されていた。
写真を見る限りではステージ上での表情は悪くないし、ミスだってほとんどなかったはず。
でもSleepwalk Androids――スリアンには完全に食われてしまった。
バンド歴が長い僕でも、その理由がはっきりとしていなくてモヤモヤしていたのだ。
「ほらほら、けーくんもビデオ撮影してくれたから観ようよ」
実松さんはそう言って、野口のカバンから勝手にビデオカメラを取り出す。
わざわざライブハウスの店長さんに撮影許可まで取って僕らのアクトをビデオに収めたらしい。
映像で見ても抱く感想は同じ。ライブ自体は割と完成されているので、思わず僕はポロっとぼやいてしまう。
「うーん、ミスらしいミスもないし、悪いところなんてない気がするんだけどなぁ……」
「歌、ちゃんと聴こえてるし、ギターも頑張って弾けた」
「私もバスドラムの音を意識してきっちり刻んだんだけどな……」
「そうなんだよね。別にみんな棒立ちで演奏しているわけでもないのに何なんだろう、この違和感みたいなのは」
僕らが悪いわけではないのかもしれないと思った。
そうなると、スリアンのほうに何が凄みがあると考えるべきだろう。
でも、それを僕らの主観で見つけるのは難しい。いっそのこと、野口と実松さんの2人に聞いてみたほうがいいのかもしれない。
「なあ、野口と実松さんは僕らとスリアン、何が違うと思った? 何でもいいから、感じたこと全部教えて欲しい」
「何かって言われるとなあ」
「うーん……、そうだねぇ……」
「贔屓とか忖度とか無しで、なんか違うなって思ったこと何でもいいんだ」
2人は首を傾げる。
うーんうーんとしばらくうなったあと、野口がこう切り出した。
「まあ、俺の主観だけど、やっぱりスリアンは音圧が凄かったと思うよ。そういうジャンルのバンドだと言ってしまえばそれまでだけどさ」
「音圧か……。3人と5人じゃ確かに違うよなあ」
「それもあるんだけどさ、なんかちょっと足りない感じがするんだよな」
「足りない感じ?」
僕は野口の話に食いついた。
なんでもいいから突破口が欲しいという、その一心だったのだ。
「足りないっていうのは曲が悪いとか下手とかじゃなくて……、なんだろうな……、スリアンは『5種類くらいの天ぷらがのった天丼』で、芝草たちは『シンプルに美味い白米』って感じ」
「……例えがわかりやすいような、そうでもないような」
「これに美味いおかずでもあれば最高なのになって感じなんだよ。白米だけじゃいくら美味くても物足りない感じするだろ?」
「まあ、わからなくもない」
僕はわかったようなわかりきってないような曖昧な返事をする。
ふと時雨と理沙の方を向くと、彼女たちには野口のたとえ話が腹落ちしたらしい。どうやら比喩表現を読み解くセンスが僕にはちょっと足りないようだ。
「私も思ったことがあるんだけどいい?」
実松さんが小さく手をあげてそう言うと、僕は視線を彼女の方へ向けた。
「もちろん。なんでも言ってくれよ」
「あのね、ライブのツカミが弱いなって思った」
「ツカミって……、要するに冒頭のこと?」
「うん。スリアンはいきなりどかーんとかましてくるけど、芝草くんたちはちょっとエンジンかかるのが遅いかなーって思った。もちろん、しぐしぐの書く曲は凄く良いんだけどね」
本当にこの2人はライブをよく見ているなと僕は思った。
カメラで被写体を収めることをやっていると、その被写体に対する観察力も磨かれていくのだろうか。
なんにせよ、野口を文芸部ではなく科学部に誘って正解だったなと思う。彼が科学部に入部しなければ、実松さんと出会ってカメラにのめり込むこともなかっただろうから。
課題が具体的になったのであればそれを解決するまで。
道筋が少し見えてきたせいか、僕ら3人ともさっきまでのため息連発装置ではなくなっていた。
どうやって問題をクリアしていこうかと、僕は若干シナシナになり始めているフライドポテトをつまんで思考を巡らせることにした。
いつもありがとうございます!
サブタイトルは真心ブラザーズ『どかーん』




