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第36話 ENEMY

 小笠原昌樹は夏休みに入る少し前に学校を辞めた。

 詳しいことは聞いていないけれど、どこかの専門学校に入ったという話を耳にした。

 だから僕らとは今後、なかなか出会うことはないだろうと、そう思っていたのだ。


「ど、どうして小笠原がここに……? も、もしかして小笠原も今日のライブに出るのか……?」


「ああ出るとも。まさかこんなにも早くリベンジマッチが出来るとは思ってなかったけどな」


 彼は黒髪マッシュヘアに真っ赤なインナーカラーを入れて、いかにもバンドを演っている人間だという空気感を身にまとっていた。

 以前のようなスネアドラムのケースは持っておらず、代わりに少しいびつな形のギグバッグを背負っているあたり、ドラマーからギタリストへ再転向したのだろう。


 一度僕らに煮え湯を飲まされたこともあり、彼の僕らに対する目つきというのは殺気立っている。


 時雨も理沙もこんな場所で小笠原と再会するなんて思ってもいなかったようで、強張った表情で彼を見ていた。

 僕はとりあえずこの場で波風を立てるのはまずいと思い、お得意のすっとぼけた感じで小笠原の殺気を受け流そうとする。


「そ、そうか。じゃあ今日は対バンってことでよろしくな」


「へっ、俺は別に馴れ合うつもりはない。今日は本気でお前らを潰しに行く」


「お、穏やかじゃないなぁ小笠原。こういうイベントなんだし、楽しくやろうよ、なあ?」


「……まあいい、どのみちライブが終わる頃にはそんな間抜けなツラをする余裕なんて無くなるだろうからな」


 小笠原はそう言い放つ。

 今組んでいるバンドにとても自信があるのだろうか、なぜか一度勝利しているはずの僕らのほうが気圧されそうだった。


「お、小笠原はそんなに凄いバンドを始めたんだな。なんてバンドなんだ?」


 その質問の回答には大方予想はついている。けれども、一応確認のため訊いてみたかった。

 小笠原は僕のその言葉に多少イラッとしたようで、一発舌打ちを入れてから一言だけ呟く。


「……スリアンだよスリアン。Sleepwalk Androids」


 やっぱりなと僕は納得するとともに、とんでもない敵を作ってしまったと生唾を飲んだ。


 Sleepwalk Androidsへ加入した新メンバーというのは、ほかでもなく目の前にいる小笠原昌樹だったのだ。


 ただでさえ強烈な音圧に建山さんのずば抜けたドラミング。サウンドだけならメジャーで活躍するバンドに引けを取らないスリアンへ更にもうひとりギタリストが加わるのだ。しかもそれは僕らの因縁の相手。これは脅威以外の何者でもない。


 でも引っかかることがある。彼はどうやってスリアンと接点を持ったのだろうか。さらに言えば、1周目ではコンテストに興味すらなかった彼らをどうやって土俵へ上げたのだろうか。疑問は尽きない。


「なんで俺がスリアンに入ったのか不思議に思っている顔だな?」


「ま、まあ、どういう理由で彼らと繋がったのかなって思ったよ」


「そんなの単純さ。あいつらは売れたい目立ちたい、俺はお前らを倒して未完成フェスティバルでグランプリを獲りたい。利害が一致しただけだ」


 小笠原は当たり前だと言わんばかりに豪語する。


「……それだけの理由で?」


「それだけあれば十分だろ。お前らを倒してグランプリさえ獲れれば、味方につけるのは誰だっていい」


 いくらなんでも打算的過ぎると僕は思った。そんな技術のあるメンバーが利害の一致だけで集結したバンドが、果たして筋書き通りに上手くいくものなのだろうか。


「まあ、言葉で説明してもわからないだろうな。バンドってこういうものなんだっていうのを、今日のライブで証明してやる。楽しみにしているといい」


 小笠原はそう言うと、スマホを取り出して時刻を確認する。


「……ったく、本当にあの人達は時間にルーズで困る。もっと時間を潰してからまた来ることにしよう」


 踵を返して小笠原が控室から出ていく。

 その瞬間、張り詰めていた場の空気が一気に弛緩した。

 すーっと深呼吸をして全身をリラックスさせ、僕は思っていたことをポロっとこぼす。


「まさか、小笠原がスリアンに加入していたとはなあ」


「しかも、明らかに私達を目の敵にしていたしな。あれだけ敵意を向けられると、ちょっとやりにくいな」


「でも、まるで人が変わったようだったよ。この間までは自信のなさがあって僕らに妨害を仕掛けてきたりしたけど、今回はそんな感じなんて全くしなかった」


「ハッ、上手いバンドを味方につけたからイキがってるだけだろ? 『虎の威を借る狐』だよ、あいつキツネ顔だからぴったりじゃんか」


 理沙がそう言うと、ずっと黙って固まっていた時雨がクスッと笑う。それにつられて、僕も頬の筋肉が少しだけ緩む。


 突然の小笠原との邂逅だったけど、思っていたほど心理的なダメージは無いらしい。

 大丈夫、ライブが始まればいつもどおりになるはず。


 このときの僕らは、まだ少し危機感が足りなかったなと、あとから思い知らされることになる。


いつもありがとうございます

サブタイトルはKARENの『ENEMY』

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連載中!
「出会って15年で合体するラブコメ。 〜田舎へ帰ってきたバツイチ女性恐怖症の僕を待っていたのは、元AV女優の幼馴染でした〜」

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https://book1.adouzi.eu.org/n3566ie/

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