第25話 半身創痍
◇理沙視点
テスト明け最初のバンド練習は、皆の溜まっていた鬱憤が晴らされるかのように爆音だったと思う。
時雨はあの曲が出来てから一皮むけたように、ギターも歌も調子が良さそう。
融は迷いが無くなったみたいに力強いドラムを叩いている。
新曲もいくつか完成し始めていて、2人からは早くライブを演りたいなという気持ちがひしひしと伝わってくる。
一方の私といえば、自分のスタイルを完全に見失っていた。
このバンドに合わせてどうベースを弾いたらいいのかわからなくなってしまった。
自分のバンドなのだから、自分自身が正解であるはず。それなのになぜか遠回りをして正解をわざと避けているような、そんなもどかしい感じがする。
正直なところ、弾いていてもスッキリしない。
「……なんだか理沙、お疲れモード?」
練習が終わって片付けをしていると、時雨が心配そうにきいてくる。
表に出さないように気をつけてはいたけれど、やっぱりわかる人にはわかってしまうのだろう。
「……まあ、テストが結構ハードだったからな」
「理沙、結構頭いいのに?」
「授業に出てないぶん、かなり一夜漬けで詰め込んだんだよ」
私は半分正解で半分嘘みたいな答えを返す。
一夜漬けで詰め込んだのは事実。でも、今の私がお疲れモードに見えるのはそれが原因ではない。
でも、余計な心配をかけたくもないのでとりあえずそういうことにしておく。
「じゃあ、テストも終わったしリフレッシュしようよ」
そう口を挟んできたのは融だった。
その手には何かのチケットが4枚握られている。
「融、そのチケットは……?」
「ナカジマスパークルランドのチケットなんだけど、ちょっととある人から貰っちゃってさ。せっかくだしみんなで行こうかなって」
「貰ったって、4枚もか?」
「う、うん。バンドのみんなで行ったらどうだって言われてさ」
ナカジマスパークルランドといえば、遊園地やプール、アウトレットモールに温泉まである大きなレジャー施設だ。
せっかくチケットがあるのだから使わなければもったいない。ここは融の言葉に甘えて、遊びに遊んで嫌なことを忘れてしまうのも悪くはないだろう。
「スパークルランド……、行ったことないや」
「嘘だろ時雨!?……と言いたいところだけど、実は私もない」
この辺に住む中高生なら、まず間違いなく1度は行ったことがあるであろうナカジマスパークルランド。
しかし中学時代勉強漬けだった私には全く縁がなかった。多分、時雨も時雨で色々事情があって同じように縁がなかったのだと思う。
「じゃあなおさら2人とも行っておかないとだね。この時期のスパークルランドは激流プールとかウォータースライダーとかめちゃくちゃ楽しいんだよ」
「それ、テレビで見たことある……!一度あのウォータースライダーに乗ってみたいなって思ってた」
時雨は目をキラキラさせている。
私もテレビでスパークルランドのアトラクションは色々見たことがあるけど、どれも他の遊園地なんかに比べるとスケールが違う。
興味がないかと言われるとそれは嘘だ。正直乗ってみたいものがたくさんある。
でも、この時期だとメインのアトラクションはプールばかり。そうなると私としては色々困ることがあるわけなのだけど……。
「あっ、でも私、水着持ってないや……」
忘れていたことを思い出すように時雨がそうつぶやく。
「恥ずかしながら、私も持ってない……」
「それなら一緒に買いに行こうよ。明日の放課後、ショッピングモールの水着屋さんに」
私が水着を持っていないことを知るやいなや、時雨は珍しく私を買い物へと誘ってくる。
よっぽどスパークルランドに行ってみたいのだろう。そんな嬉しそうな顔をして誘われたら、さすがに断ることなんて出来ない。
「そ、そうだな。明日ならヒマだし、買いに行くか」
「……なんか理沙、ちょっと変だよ?」
時雨はこういう表情の微妙な変化に感づくようになったのか、すぐに私の動揺を見抜く。
「そ、そんなことないぞ?ま、まあ、学校の水着以外の水着を買ったことがないからちょっと不安なだけだ」
慌てた私は、また半分正解で半分嘘みたいなことを言ってしまった。
水着を買ったことがないのは事実だけど、買ってこなかったことにはもっと別の理由がある。
でもそれを今言ってしまうと全てが台無しになるような気がして、あえて私は何も言わなかった。
「確かにそうだね……。誰か詳しい人がいたら心強いかも」
「……まあ、そういう奴にアテがないわけじゃない。駄目元で買い物に着いてきてくれないか声をかけてみるよ」
「ほんと?理沙、ありがとう!」
そう言うと時雨はまた柔らかく笑う。
最近よく笑顔を見せるようになった時雨は、おそらく心底バンドが楽しいのだろう。
私もそんな風に笑えるように、このモヤモヤを誰かが吹き飛ばしてくれないかなあなんて思う。
もう一度、融が現れたときのような『白馬の王子様』が私のもとへやってくればいいのに。と、心の中で私はつぶやいた。
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のんびり更新ですいません
サブタイトルの元ネタは鴉の『半身創痍』です




