第24話 自問自答
◇理沙視点
芝草融というやつは、私をレールの外へと連れ出してくれた恩人である。
未来に光も希望もなかったあのときの私にとって、彼のその大胆かつ積極的なアプローチというのは、十分に私の心を撃ち抜くものであった。
白馬の王子様だと表現したら、多分笑われてしまうだろうか。
あんな風に誘われたら、誰だって好意を持つに決まっている。
しかしながら残念なことに、明らかにわかっていることもある。それは、彼にとっての1番は間違いなく私ではないこと。
彼にとっても私は大切な人の部類に入るだろう。でもせいぜい2番手か3番手が関の山。1番手には、奈良原時雨がいる。
最初に出会ったときから2人は一緒だったし、お互いがお互いを尊重して支え合っている様がなんとも微笑ましく映るのだ。
傍目からみたら、この2人がくっつかないのはあり得ないだろうと思うレベル。
私はそれが悔しいとか、妬ましいとは思わなかった。
時雨も融も私にとっては大切な人であるし、なによりその状態というのは絶妙にバランスが取れていて、誰にとっても居心地が良かったのだ。
だからこのままずっとこの関係が続けばいいと、私は願っていたりする。
融に対するこの気持ちを、このまま心の片隅に置きっぱなしにして、気づかないフリを続けていても何ら問題はない。ついこの間まではそう思っていた。
きっかけはテスト休み前最後の練習の日。
時雨は新曲を書いてきたと言って披露してくれた。
やっぱり時雨は天才だ。メロディもコード進行も、それに乗っかる歌詞も凄い。
その曲には彼女の等身大の切なさが詰まっていた。この曲に心を揺さぶられない人間はそうそういないのではないかとすら思う。
でも、私は気づいてしまった。その曲に込められた時雨の気持ちというものを。
この曲は間違いなく、融に対する想いそのものだ。
あのライブの日から今日まで、融とは別行動となることが多かった。多分だけど、その期間で時雨は自分の中にあった融への気持ちに気がついたのだと思う。
タイトルが『透き通る少女』っていうのがなによりの証拠だ。
透き通る、すきとおる、好き、融。
そんな言葉遊びのようなタイトルが、むしろソングライターとしての時雨の良さを引き立てているようにも思えた。
こんな曲を聴かされてしまえば、さすがに融だって時雨の気持ちに気がつくはず。
そうなれば、このバンドの関係性みたいなものは多少なりとも変化をする。3人の平穏な関係を保つのであれば、私は融に対するこの気持ちを表に出すべきではない。そう考えていた。
でも、そんな私の心をいち早く見抜いていたやつがいた。
「こんなベース、お前らしくない」
「……うるさい」
宅録コンテストに出す作品を録っている最中、岩本陽介はそんなことを言ってくる。
気持ちを隠そうとする私の心が、知らず知らずのうちにベースの出音に紛れ込んでしまっていたのだろうか。かなり敏感に彼はサウンドの違いに気がつく。
「なんか変なんだよ、俺が口出ししても今まではお前らしさがあったのに」
「うるさいって言ってるだろ!お前の言うとおり弾いてるんだから文句言うな!」
まるで心の中を見透かされたような気がして、思わず大声を出してしまった。
隠しているはずなのに岩本には全てがバレているみたいで、悔しさというか恥ずかしさというか、そんな感情が私の中に溢れ出てくる。
なんでこんなやつなんかに気づかれてしまったのだろう。
私は苦し紛れに言い訳を重ねる。
「……ちょっとテスト勉強で疲れてんだよ。一夜漬けばっかりしてたから」
「じゃあまた別の日に録ることにする。今日はヤメだ」
岩本はそう言ってノートパソコンをパタンとたたむ。
レコーディングの進捗自体があまり良くないこともあって、なんとなくイライラしているようにも見えた。
「次に録るときまで、気持ちの整理ぐらいつけておいてくれよ」
「なっ……!」
捨て台詞のように岩本がそんなことを言うと、私は声にならない声が出た。完全にバレている。
余計に恥ずかしくなった私は、言葉を口にすることをやめた。
こいつには何を言っても見透かされる。下手な言い訳は自分の首を締めるだけ。
「……だ、大丈夫?随分と白熱していたみたいだけど……?」
岩本と入れ替わるようにして部室に入ってきたのは融だった。
もうすぐ後枠のバンド練習が始まるので、真面目な彼は5分前には部室にやってくる。さっきのやり取りも見られていただろう。
「大丈夫に決まってる。いつもこんな感じだから心配するなよ」
「そっか、ならいいんだけど」
そう言うと融はドラムを叩く準備を始める。
すると私は彼のセッティングに少し違和感を覚えた。
「あれ?ツインペダルはやめたのか?」
「ああ、うん。このバンドでは必要ないかなって」
「でも、部長にツインペダルで練習したほうが良いって言われてたんじゃなかったか?」
「確かにそうなんだけど……」
彼は少し語気を弱める。
やや気まずそうにするその姿からは、なんとなくではあるけど部長との間に何かがあったのではないかと勘ぐってしまう。
「技術的な上達も大切だけど、やっぱりこのバンドのためになるようなドラムを叩きたいなって思ってさ」
「……そうか、なんか融っぽいな」
融はそれってどういうことだよと自嘲する。
この間まで自分のドラムについて迷走していたようにみえた融。多分、時雨のあの歌がきっかけで目指すべきものが見つかったのかもしれない。
そうであれば喜ばしいことである。
じゃあ、私は?
このバンドでの私の存在意義は?
隠しているこの気持ちの行き場は?
私はただひたすら、自問自答を繰り返していた。
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サブタイトルの元ネタはZAZEN BOYSの『自問自答』です




