第22話 涙のふるさと
◇時雨視点
週が明けてもレコーディングはまだまだ続く。
私のノルマは既に終えてしまっているので、ひたすら理沙のベース録りを見学しながら曲作りについて勉強していた。
理沙の進捗は正直芳しくない。
何かある度に岩本くんと議論が始まって、2人の我と我がぶつかり合うのでなかなか次に進まないという状況だ。
時間だって無限ではないので、どちらかがうまく妥協すればいいのになんて私は思ったりする。
でも簡単に妥協なんてできないことも私にはわかる。
「あーもう、休憩だ休憩。外の空気吸わないと息が詰まりそうだ」
いつものように理沙の集中が切れて休憩時間になった。
早々に理沙は部室を出てどこかへ行ってしまう。おそらく屋上に出て風を浴びるのだろう。
「……悪いな奈良原、いつもただの見学みたいにさせてしまって」
岩本くんはバツが悪そうにそう言う。
彼は本当は理沙とぶつかり合うことなく穏便に進められたら良いなんて思っているのかもしれない。それでも己の作品には嘘をつけない岩本くんは妥協するわけにはいかず、日々葛藤しているのだと思う。
「いいよいいよ、色々なアプローチがあるんだなあって、曲作りの勉強になってるから」
「そうか、そう言ってくれると助かる」
岩本くんはちょっと疲れた表情でうっすら笑みを浮かべると、再び集中モードに入ったのかヘッドホンを装着してノートパソコンに向かう。
こうなると彼はしばらくあのままだ。
そこまでジロジロと見るのも良くないなと思うので、私も気晴らしに部室の外へ出ようと思う。
いつも贔屓にしている自販機で飲み物を買って、ひと息ついたところで部室にまた戻ってくれば時間的にはちょうどいいだろう。
自販機まで足を運んだところで異変に気がついた。
「あれ……、故障中だ」
筐体には手書きで『故障中』と書かれたA4用紙が貼られていた。
そこそこ年季の入った自販機なので、そろそろ寿命なのではないかと思う。
私はここに訪れるまでの間にすっかり冷たいミルクティーを求める口になっていたので、他の自販機がある場所に行くことにした。
もう一箇所の自販機は3年生の教室の近くにあるので、普段は行きにくいけど放課後の今なら関係ないだろう。
校舎東側、3年生の教室が並ぶ1階の自販機が近づいてくると、何やら話し声が聞こえてくる。
その声は聞いた事のある人のもの。しかもそれは2人で、ちょうど自販機の前でお喋りをしている。
「まさか薫がねぇ……」
「だ、だから菫には言いたくなかったんだよ」
そこにいる2人は私もよく知る人物。
ひとりは融のお姉さんである菫さん。もうひとりは……、関根先輩だ。
知らなかったけれど、実は2人は友達関係にあるらしい。
私はその間に割って入ることが出来ず、2人に見つからないよう物陰にひっそりと息を潜めた。
隠れる必要などないのだけど、何故だか私はどちらにも顔を合わせたくなかったのだ。
「それで? 薫はあいつにアタックしちゃったわけ?」
「あ、アタックってわけじゃない……。なんというか、流れで思わず言ってしまったというか……」
「なにそれ……、変なの」
内容は関根先輩のお悩み相談みたいな感じ。
聞き耳を立てるつもりはなかったのに、私は思わず会話に聞き入ってしまう。そしてその一字一句に、心がざわざわして止まらなくなりそうになる。
「でも結局あいつには伝えたんでしょ? 好きだって」
「ま、まあ……、そう……、だな」
「もっとハキハキしなよ薫らしくない。……というか、こんな歳までまともに恋愛してこなかったとか信じらんないんだけど」
「それは……、仕方がないだろう……」
いつになく端切れ悪い口調で話す関根先輩。やっぱり恋の話についての相談のようだ。
本音を言えばあまり聞きたい話題ではない。内容次第では、とても嫌な気持ちになりかねないから。
でも何故か私の足は動こうとはせず、突っ立ったまま2人の会話を聞いてしまっていた。
「でもまさか薫が融のこと好きだなんて思わなかったー、姉としてちょっとショックー」
「そ、そんなに茶化すな!べ、別に悪いことではないだろう!」
「まあそうだけど。融のことだし、あっさりオッケー出したんでしょ?」
菫さんの放ったそのひと言で、私は消えてしまいたい衝動に襲われた。
――やっぱりこの話は、関根先輩と融のことだったんだ。
心の奥から何か苦いものがとめどなく溢れ出てくる。
私はどうしていいのかわからず、その後の関根先輩の言葉を聞く前にその場から走って逃げ出した。
たどり着いたのは部室。
岩本くんと、休憩から戻ってきた理沙がいた。
「時雨? どうしたんだ? そんなに慌てて」
私は何と言っていいかわからず、脊髄反射的に出てきた言葉を口にする。
「ちょ、ちょっとお母さんが体調悪くしたみたいで、今日は帰るね……」
本当に『口からでまかせ』というのがピッタリの言い訳だった。その声は震えていたと思う。
理沙と岩本くんは「それは早く帰ったほうがいい」と言って、私に帰宅するよう諭した。
一刻も早く自室に逃げ込んで、この得体の知れない苦いものをどうにかしたい。その一心で自宅まで駆けた。
部屋に入って一人になると、今度はその苦いものが涙に変わって溢れ出て来る。
……ダメだ、この感情をどうやってコントロールしたらいいのかわからない。
融はおそらく、既に関根先輩と恋仲になっている。
私はその事実が、死ぬほど辛いということにやっと今になって気付いた。いくらなんでも遅すぎる。
なんでもいい、この苦い感情をぶつけるための何かが欲しい。
そうでないと、私は本当に潰れてしまいそうだ。
ふと目に入ったのは自分のギターだった。
そうして次の瞬間には、そのギターを手に取ってコードを鳴らしていて、いつか思いついたままの詞のない曲を歌っていた。
苦くて、痛くて、叫びたくなるような感情。そんなエネルギーは、不思議とこのギターによって曲へと変わっていく。
足りなかったメロディも、全く考えていなかった詞も、嘘みたいに次から次へと降りてきたのだ。
岩本くんはリラックスしている時や眠たいときに曲が浮かびやすいと言っていた。
でも私の場合は違う。
今みたいな感情が大きく揺れ動いたとき、そのタイミングで曲が生まれてくる。
中学のとき、『our song』の元となった曲を書いたときもそう。
定期演奏会で酷い目にあったとき、その揺れ動いた感情で曲は生まれた。
あのときは悲しみの気持ちが強かった。
それに比べると今はどうだろうか。悲しみもあるにはあるけど、もっと原点にあるのは違うものな気がする。
……いや、その答えは多分最初から知っていたのかもしれない。
自分に自信が持てなくて、気付かないフリをしていたんだ。
これは間違いなく、『恋』というやつだ。
私は、融が好き。
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サブタイトルの元ネタはBUMP OF CHICKENの『涙のふるさと』です
次回更新は9/18を予定しています




