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第21話 神のカルマ

 ◇時雨視点


「あのさ、知ってたらでいい。教えてくれ」


「う、うん……」


 私は思わず生唾を飲んだ。

 息が詰まりそうな雰囲気のなか、岩本くんが重い口を開く。


「融のやつ、俺のことを恨んでいたり、怒っていたりしてないか?」


「融が……?岩本くんのことを?」


 岩本くんの口から出てきたのは意外な質問だった。

 てっきり私はレコーディングで度々衝突している理沙のこととか、私のこととか、そんなことをきかれると思っていたので少し肩透かしを食らった気持ちになった。


「勝手にメンバー連れていきやがってとか、自分だけ仲間はずれにしやがってとか……、そんな感じのこと」


「……ううん、そんなこと言ってなかったし、そんな感じにも見えなかったよ」


「……そう、なのか」


 岩本くんは安堵したような、それでいて何か疑念が晴れきらないような、そんな中途半端な表情をしている。


「それよりもドラムの特訓を始めるぐらいだし、私が見る限りは、岩本くんのことを怒っていないと思う」


「……まったく、よく出来たリーダーだよ融は」


 私が補足すると、岩本くんは呆れるような声でそう言う。

 そして彼はひとつ大きめのため息をつくと、真面目なトーンで続ける。


「この間のお前らのライブを観たとき、俺自身の理解の範疇を超えていて、とても驚いたよ」


「理解の範疇を超える……?」


「ああ。どう考えたって才能の固まりみたいな奈良原、それに絶対に自分を曲げない片岡のベース。これをひとつのバンドサウンドに纏め上げられているのが、異常な光景過ぎて呆気にとられてた」


 先日までライバルだった岩本くんが、面と向かって私たちは凄いと言ってくる。そんな言葉を貰うなど予想もしていなかったので、褒められ慣れていない私はどうも色々なところがむず痒い。


「だから俺は、その個性を上手く調和していた融に嫉妬した。なんであんな演奏が出来るんだって。俺だって出来るはずなのにって、そう思ったんだ」


「もしかして、今回のレコーディングって……」


「そう、俺は融の居場所を奪おうとした。完全なる俺のワガママだ」


 私は少しばかりショックを受けて、言葉が出なくなった。

 あれほど理論も技術もしっかりしている岩本くんが、融の居場所を奪おうなんて画策していたのだから。


「でも実際やってみたらそう上手いことはいかない。やっぱり奈良原や片岡の強烈な個性を、俺の手で纏め上げることは多分無理だ」


「居場所を奪おうなんて無理。だって、融の代わりなんていない」


「だから白旗を上げることにした。後で融にもきちんと謝ろうと思う。奈良原も、俺のエゴに巻き込んでしまってすまない」


 岩本くんは声のトーンを一気に落とす。

 こんな人の気持ちに鈍感な私でも、彼の中の嫉妬心とか負けず嫌いな気持ちが、罪悪感へと変わっていくのがわかった。


「宅録コンテストもこのままじゃ受かるかよく分からないし、ちょっと頓挫しそうで参ってるよ」


「そんな……、あの曲もう少しで完成しそうなのに」


「曲としての体を成すことが完成なのであれば、確かにそうかもな。でも、融のように2人の個性を調和できたかと言われれば、答えは否だ」


 岩本くんは自分自身を厳しく採点するかのように顧みていた。

 その自己採点は大変に酷い結果なのだろう。少し前を歩いている彼が、さっきよりも小さく見えたのは私の気のせいではないはず。


「完敗だよ、もう尊敬すべき領域に融はいる。俺は今、あいつが憎いほど羨ましい」


「岩本くんだって凄く出来るのに、完敗だなんて」


「奈良原は優しいんだな。それこそ、奈良原も俺のことを怒ってもいいんだぞ?」


 そんなことはしないよと私は返す。

 多分、融が同じ立場にいても同じ回答をするだろう。岩本くんが一生懸命足掻いている姿を見て、怒りをぶつけられるわけがない。


「これから岩本くんはどうするの?」


「そうだな、もう一度自分と向き合い直すことにするかな。融のようにはなれないけど、俺には俺の目指すべきものがあるんじゃないかって」


「岩本くんなら心配いらないと思う。音楽のこと色々教えてくれたし、ギターだって上手いし、きっと大丈夫」


「……ありがとう。もし色々と上手くいったら、そのときはファン1号になってくれよな」


 私は首を縦に振って、ただシンプルに肯定する。

 その刹那、意気消沈していた彼の顔に少しだけ笑顔が浮かんだ。


「それにしたって融のやつ、なんであんなに切羽詰まってドラムの特訓なんてやってるんだろうな。奈良原、何か知らないか?」


「……ううん、実は私もよく分からない。もしかしたら、レコーディングで仲間はずれにされたから、自分のドラムがまだまだだと思っているとか……」


「おいおい、それは冗談きついだろ……。融みたいな優れたドラマーなんて、そうそういないはずなのに」


 なぜ融は関根先輩と特訓を始めたのか、その理由は考えてもよく分からないままだ。


 そうこうしているうちに、いつの間にか私の家の前に着いた。去り際に私は岩本くんへ挨拶を交わして今日は解散となった。


 岩本くんとの会話で、自分の中の何かに私はやっと気づきかけている。

 それはもうひと押しのはずなのに、まだモヤモヤしていてはっきりとしない。


 寝床についてウトウトしながら、思うことは融のこと。


 彼は今、一体何をしているのだろう。私の知らないところで彼は何かを得ていて、いつの間にか遠くへ行ってしまうんじゃないか。そんなことばかり思う。


 ……ねえ融、あなたはどこへ向かっているの?

読んで頂きありがとうございます!


少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけたら、下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います


サブタイトルの元ネタはSyrup16gの『神のカルマ』です!

次回更新は9/11を予定しております

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連載中!
「出会って15年で合体するラブコメ。 〜田舎へ帰ってきたバツイチ女性恐怖症の僕を待っていたのは、元AV女優の幼馴染でした〜」

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https://book1.adouzi.eu.org/n3566ie/

こちらもよろしくお願いします!!!
― 新着の感想 ―
[一言] すれ違いが大きくならないといいなー 時雨ちゃんの「居場所を奪おうなんて無理。だって、融の代わりなんていない」っていうセリフ尊いなあ
[気になる点] 何だかサラッと流してしまってますが、冷静に考えるとバンド解散危機だった訳で、あまり現メンバーに思い入れが薄いのかな?と思ってしまった。 どんかんの一言では片付けられないような…。 バ…
[良い点] >「居場所を奪おうなんて無理。だって、融の代わりなんていない」 サラッと言ってるけど尊過ぎて直視できないレベルの台詞っすよ…
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