第18話 つつみ込むように…
◇時雨視点
「あー! ちっくしょー、あの野郎めんどくせえ注文ばっかりつけやがって!」
「まあまあ、岩本くんも本気なんだし、もうちょっと頑張ろうよ」
レコーディングが始まって3回目の部室練習の日。
今日も理沙のベースを録るべく岩本くんは躍起になっていた。
でも理沙は集中力が切れてしまったようで、飲み物を買って私と一緒に屋上で休憩を取ることにした。
「あの野郎、ダウンピッキングとアップピッキングの順番にまでケチつけて来やがるんだ。どこまで細かいんだよ」
「確かにかなりこだわりが強いよね。私もコーラスで何度もリテイクしたよ」
岩本くんの注文は細部まで徹底している。
今理沙が言ったようにピッキングのアップとダウンの微妙なニュアンスの違いまで気にするのだ。
普通の人が耳を澄まして聴いてもわかるかわからないかの違い。そこに細かくこだわるぐらいじゃなければ、あんなに完成度の高い曲は仕上がらない。岩本くんの曲作りはそういうものだった。
「それでも時雨はあっさり自分の分を録り終えちゃうもんな。やっぱり凄いわ時雨」
「そ、そんなことないよ。ただ、理沙のパートとは分量が全然違うし……」
私は理沙にそう言われて、思わず取り繕うようなことを言う。でも理沙は、あまり気にしていないみたいだった。
「そんな気にしなくていいよ。こう見えて私は私なりに、このレコーディングの面白さがわかってきたところだから」
「面白さ……?」
理沙は手に持っている緑茶のペットボトルに口をつける。
「そう。私たちが普段融のドラムに合わせて弾いてるのと、今みたいな打ち込みのドラム音源に合わせて弾くのは全然違うなって分かったんだ」
「そんなに全然違うんだ」
「良くも悪くも打ち込みのドラムは正確だからな。どうしてもそこに合わせて弾いていかなきゃいけない」
当たり前の事のようだけれど、確かにこの事実には意外と気が付かない。
打ち込みのドラムのリズムに乗っているつもりが、実は乗せにいっているという感覚になるのだ。
私も歌を録音していてそれがよく分かった。
「でも融のドラムは違う。ドラムの上にベースを乗せようとすると、もっと食いつきてきて……、何と言うか、タコの吸盤みたいな……そんな感じなんだよ」
「フフッ……、きゅ、吸盤って……」
「お、おい、そこは笑うとこじゃないぞ……?」
私は理沙の独特な表現に思わず笑ってしまった。
でも彼女の言わんとしていることもよく分かる。
融のドラムは、ただリズムを刻んでいるわけじゃない。
もっと私たちを包むような、そんな感じがある。
おそらく、岩本くんの言う個性のぶつかり合いになっているこのバンドのサウンドを上手く調和しているのは、他ならぬ融だ。
他のドラマーにはない、融特有のもの。
どんなに上手い人がやってきても、絶対に融の代わりにはならない。私はそう思っている。
「……いいドラマーだよな。融」
理沙がぼそっと言葉を漏らす。それは間違いなく、思わず出てしまった彼女の本心。
「うん。そう思う」
「だよな。岩本もそう言ってた。あいつと組めたらよかったのにって」
「ちょっと誇らしいね」
「そうだな」
私と理沙は見合ってお互いに軽く笑みを浮かべた。
でもなんで融はあの時、岩本くんからのバンドの誘いを頑なに断ったのだろう。
別に断らなくとも、バンドを掛け持ちしたっていいはず。
それどころか岩本くん以前に、まだ歌声を聴く前の私をバンドに誘おうとしたのも気になる。
彼は、私と初めて出会った時、既に何かを知っていたのだろうか。
まさかタイムマシンか何かで融は未来のことを知っていて、それで私のところを訪れたなんて、バカげたことまで考えてしまう。
……ううん、これ以上は止めておこう。
考えれば考えるほど、余計に融が自分にとって都合の良い存在のようになってしまう。
彼みたいな凄い人を、私のエゴでどうこうしていいものじゃない。
もっと、融に相応しい人だっているはずなんだ。
休憩を終えて部室に戻ると、岩本くんが既にスタンバイモードに入っていた。
「よし、部室が使える時間もあまりないからさっさと始めよう」
「言われなくても分かってるよ。でも、さっさと終わらせたいなら、ちょっとぐらい手加減してくれないか」
理沙は岩本くんへ恨み節のようにそう言う。
もちろん、岩本くんは理沙の要求を飲むなんてことはしない。
「あー違う、そこはもうちょっと休符を意識して弾いてくれないか? それだと棒弾きになってしまう」
「っくそ、注文が細かいんだよまったく。私に弾いてほしいってんならこっちの方が私っぽいだろ」
「それはそうだ。だが悪いけどこれは俺の曲だ、注文を聞いてもらわないと困る」
レコーディングも佳境に入ると、2人の我と我のぶつかり合いが一層激しくなる。
岩本くんも理沙もなかなか折れようとはしない。言ってみたら似たもの同士。
そんな2人がどう折り合いをつけるのかなと私は傍目で眺めていると部室のドアが開いて、とある男女2人が入ってきた。
「おい、そろそろ後枠の時間だぞ」
「あっ、部長すいません、すぐに片付けます」
現れたのは部長である関根先輩。
岩本くんは時計をちらっと見たあと、慌てて機材の片付けにとりかかる。それにつられるように、理沙もベースをギグバッグにしまった。
片付けの途中、理沙が融の存在に気づいた。
「あれ? 融じゃないか、部長と一緒に練習するのか?」
「あ、ああ、ちょっと特訓をしてもらおうと思って、薫先輩にお願いしたんだ」
「へぇー、融も結構殊勝なところあるのな。頑張れよ」
関根先輩の後ろにいたのは融だった。
ドラムのさらなるレベルアップをするために、関根先輩の協力を得てトレーニングに励んでいるらしい。それはとても素晴らしいことだと思う。
でもその2人の姿を見た私は、なぜかまた胸の奥がチクチクと痛んだのだ。
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サブタイトルの元ネタはMISIAの『つつみ込むように…』です




