番外編② Ever lasting lie
◇1周目 融がクビになる少し前
「……というわけなんだよ、陽介」
建山の悪魔のような提案から数日。場所はあの日と同じ居酒屋。
小笠原は陽介を呼び出し、サシでその提案を伝えた。
もちろん建山の名前は出さず、融をクビにしてサポートドラマーを入れるのはあくまでレコード会社の意向であるということも述べた。
それでも、陽介の表情は渋いまま。
「……だからって、融をクビにするなんて出来るかよ。そもそも別にあいつのドラムは下手じゃないだろ。練習も真面目にやるし、アレンジもちゃんと考えてくるし、雑務だってやるし……」
「気持ちはわかる、でも、そうするしかないんだよ」
「俺は反対だ。誰も欠けずにデビュー出来なきゃ意味がない」
頑なに陽介は融のクビを拒んだ。
プレイヤーとしての融はもちろん、裏方としても彼はよく動いていて、そういう面も陽介は買っているのだ。
ただ、そこまでの反対を受けることは小笠原には想定済み。彼には秘策とも言える殺し文句があった。
「……なあ陽介、Sleepwalking androidsが何で解散したか知ってるか?」
「どうしたんだよ急に。――知らねえけど、どうせ建山の野郎が誰かの女に手を出したとかそんなだろ?」
「違うんだよ、それが」
小笠原は待っていましたとばかりに声のトーンを真面目方向へ一段高くする。
その異様な雰囲気に、陽介もなにか不穏な空気を感じ取っていた。
「実はあのバンド、レコード会社からギタリストを1人追加したらメジャーデビューさせてやるって条件を出されていたみたいなんだ」
「今の俺らと似たようなもんだな。メンバーが減るか増えるかの違いはあるが」
「ボーカルの藤島さんがその提案を蹴ったらしいんだ。どうしても4人じゃなきゃ駄目だって。そしたらどうなったと思う?」
陽介は無言で表情を変えず、ただ生唾を飲んだ。
「その次の日から業界の中でSleepwalking androidsの悪い噂が立ちまくったんだ。もちろん、根も葉もない嘘みたいな悪評だらけ」
「……それは、つまり?」
「一度断ったらメジャーデビューのチャンスがなくなるどころか、音楽人としてやっていけるかどうかも怪しくなるってことだ」
陽介は心臓を掴まれたように目を見開いた。
この提案を断れば、自分の音楽人生が終わる。それはすなわち陽介にとって、人生そのものを終わらせてしまうことに他ならない。
「……何でそんな提案がうちに来たんだよ」
「なにもうちだけじゃないらしい。どこのバンドも、多かれ少なかれこんな風に条件をつけられている。ドラムをクビにするだけで済むなら、まだ安い方なんだとよ」
小笠原は深刻にそう言う。
彼からしたら迫真の演技だ。もちろん、そんな噂は全て彼と建山で考えた嘘。
伸び悩んでいて焦りを隠せない陽介にとって、その嘘は驚くくらい効果的だった。
「……大丈夫だよ、融のことなら俺に任せとけって。アイツならなんとかなる」
「しかし……」
「陽介、お前のその才能はこんなとこで燻ってる場合じゃないんだ。だから少しばかり痛みを負うかもしれないけど、ここが俺らのターニングポイントなんだよ。だからわかってくれ」
陽介は俯いて、膝の上に置いていた拳をぎゅっと握る。
彼にはもう、前に進むしか選択肢が無いのだ。
「……わかった。もうそれしかないんだろ、それならやるしかない」
「陽介……!」
小笠原は内心ホッとしていた。
これで建山に合わせる顔が出来る。そうすれば、彼に握られている自分がやらかしてきたトラブルなんかも、そのままなかったことにされるだろうから。
そうして、エゴとエゴの重なり合いによって、この物語は終わり、もう一度始まるのであった。
読んで頂きありがとうございます!
番外編はここまで、次話からは次章が始まります
少し更新速度を落として進行しますが、どうか今後もお付き合いよろしくお願いします。
毎週土曜水曜更新で参ります、長いギターソロだと思って頂ければ……
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サブタイトルの元ネタはBUMP OF CHICKENの『Ever lasting lie』です。あのギターソロの長さがたまんない!




