第13話 こんがらがった!
「え……? どうしてここにユキちゃんが……?」
ユキさんが現れると、建山さんの顔から血の気が引いた。
「どうしてって? そりゃあ、あんたの浮気現場を押さえるためだよ」
彼女は周りに響く大きな声でそう言う。
建山さんの浮気現場を押さえるためということは、ユキさんも僕と同じように張り込みをしていたのだろうか。
「なっ……、お、俺は別に浮気なんかしてない……! 後輩とちょっと久しぶりに話したいなって思っただけだ!」
「ふーん、そういうこと言うんだ。じゃあこの子たち見ても同じこと言える?」
ユキさんはそう言うと、どこかに控えさせていた女性を3人ほどここへ連れてきた。今日の対バンにいた女の子とか、Sleepwalking androidsの出番のときに最前列にいた女の子とか、受付でチケットもぎりをしている女の子とか……。
その女性たちの姿を見て、ますます建山さんの顔色は悪くなる。
もしかしなくとも、この子たちは建山さんが手を出してしまった女の子たち。
「この子たちに聞いたら、みーんな同じような手口で誘われたって言ってるよ? よくもまあ私と付き合っておいて何人にも手を出せるわね!」
こういう場面をなんと言うかさすがに僕でも知っている。
修羅場というやつだ。
この時のユキさんは建山さんと付き合っていて、浮気の証拠がすこしずつ溜まって来ていたのだろう。
そうして今日というタイミングでそれを暴こうと仕掛けたわけだ。
すると薫先輩は、もしかしてユキさんに加担していたのだろうか。
「……薫、ごめんね。わざわざ囮役なんてやってもらっちゃって」
「いえいえ、ユキさんの頼みとあればなんのそのですよ」
先程までちょっと怯えかけていた薫先輩は、ユキさんにそう言われて笑顔を浮かべる。
まるでライブが始まる前みたいな楽しそうな顔だ。
「えっ……、関根、まさかお前……」
「ええ、ユキさんに頼まれてわざと建山さんの誘いに乗っていました」
にっこりと薫先輩がそう言うと、建山さんはがっくり膝を落とす。
ここまでのことは、全てユキさんのシナリオ通りだったのだ。やけに今日は薫先輩がユキさんと話し込んでいるなと思ったけど、この作戦について念入りに打ち合わせていたのだろう。
そういうわけで、ユキさんとその他女性3人に囲まれた建山さんは、ガッツリと浮気の件について糾弾されている。
あれ? でもおかしくないか?
薫先輩は建山さんに憧れていたのではなかったか?
そのせいで将来は彼にヒモとして寄生されるのでは?
僕は頭がこんがらがってきた。
「芝草、すまんな、ナイスタイミングで出て来てくれて助かった」
「い、いえ……、でも先輩、建山さんは憧れの人なのでは……?」
僕は率直に薫先輩へ質問をしてみる。
すると、彼女はあっさりとその答えを返してくる。
「確かにドラマーとしては建山さんは憧れの領域にいるけどな、『憧れ』と『好き』は似て非なるものだぞ?」
「そ、そうなんですね……」
僕は若干引き気味に薫先輩の満面の笑みを覗う。
「で、でもなんで今日はテンションが高かったんですか?」
「それはだな、ユキさんからこの話を聞いたとき、なんだかお祭り騒ぎみたいになりそうで柄にもなくワクワクしてしまってな」
そういえばこの人はお祭り騒ぎが大好きだったなと僕は改めて思い出した。
自業自得とはいえ神輿のように皆に囲まれる建山さんを見ると、確かに祭りっぽいかもしれない。
「まあ、建山さんの女癖の悪さは高校のときから酷かったしな。私が練習で部室の中に入ろうとしたときだってあの人は女の先輩と……」
何かを言いかけて、薫先輩は変なことを思い出したかのように顔が紅くなる。
そういえば、建山さんが憧れのドラマーなんだと僕に言ってきたときも、同じように紅くなった気がする。
思い出し笑いならぬ、思い出し羞恥というやつなのかも。
「……どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもない。とにかく、建山さんは破廉恥だったってことだ。ドラムは凄いけど、他は信用できん!」
薫先輩は建山さんに憧れてはいるが好きではない。それが結論。
それを踏まえると、僕の考えていたことは完全なる取り越し苦労というわけだ。
僕がここで行動を起こさなくとも、多分先輩が建山さんと交わることはない。
将来ヒモとして建山さんに寄生される人も、薫先輩とは違う別の高校教師なのかもしれない。
タイムリープだって、万能ではないのだ。
そう考えると、僕は一気に身体の緊張が解けてしまった。
言ってみれば、無駄に心配をして無駄に行動をしてしまったのだ。我ながらお節介が過ぎる。
建山さんのことはユキさんに任せて、僕は薫先輩と一緒に帰り路を歩き始めた。
しばらく沈黙が流れていたけど、薫先輩がそれを破る。
「――まあでもあれだ、いざ男の人に無理に迫られると結構怖いと言うか、ビクビクするものだな」
いつもの頼りがいのある薫先輩が、ちょっと縮こまったようにそう漏らす。
「だからその……、助けてくれてありがとうな、芝草」
「えっ……? いや、別に僕はなんにもしてないですって……」
「そこは普通に『どういたしまして』と言っておけ」
「は、はい……、どういたしまして……」
自分では余計なことをしたと思っているだけに、感謝されてしまうとなかなかむず痒い。
こんがらがっていた思考はまとまったけど、別の感情でまた頭の中はこんがらがりそうだ。
「この間のライブのときもそうだったが、君みたいなのが近くにいると頼もしいな。私はバンドメンバーのあの2人が羨ましいよ」
「そんな頼もしいだなんて……。僕なんて、何も出来てないただの無能ドラマーなのに」
頼もしくなんてない。このままでは僕は置いていかれてしまうんだ。褒められるようなことなんて、何もない。
僕がそうこぼすと、先輩は心配そうな表情を浮かべる。
「なあ芝草、どうして君はそんなに自分を追い詰めているんだ。私は君が潰れてしまわないか、時々心配になる」
「そ、それは……」
頑張らないと悲劇を迎える未来を知っているからです、とは言えなかった。
僕はただ、回答に窮す。
そうしてさらに僕をかき乱すように、薫先輩は言葉を続けるのだ。
「君が苦しんで潰れていくのだけは見たくない。だからお節介かもしれないけど、私は君をそばで支えてあげたいと思うんだ。私では、駄目かな……?」
薫先輩は意を決したかのようにその言葉を放つ。
ちょっと回りくどく聞こえるけど、これは告白されていると言っていい。
でも僕は、先輩から向けられた『好意』というものに、その場では答えを出せなかった。
読んで頂きありがとうございます!
皆さんのおかげでなんとか書き進めてます!
少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけたら、下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います!
よろしくお願いします!
サブタイトルの元ネタはネクライトーキーの『こんがらがった!』です!




