第5話 METALLIC WOMAN
次の日から本格的にスタートした薫先輩のドラム特訓。それは、僕が思った以上に体育会系でハードなトレーニングだった。
僕に課されたトレーニングは基礎練習でもなく、難易度の高いテクニカルな曲でもない、普通のロードワークと筋力トレーニングだったのだ。
「はぁ……、はぁ……、さすがにしんどい……」
「そのぐらいでへばってどうする! そんなヤワな体力じゃ『Master Of Puppets』の半分も叩けないぞ!」
学校の周辺を走る僕の横で、自転車に乗った薫先輩がゲキを飛ばす。
確かに8分にも及ぶメタリカの名曲なら、体力が無いと叩ききることは出来ないだろう。
それにしたってこのロードワークはきつ過ぎる。既に10km近くは走っているんじゃないか。
身体が16歳のままじゃなかったら、明日は確実にバキバキの筋肉痛を迎えているに違いない。
「ちょ、ちょっと息入れましょう……」
「そうだな、水分補給もしないとだしな。時間ならたっぷりある」
薫先輩は余裕綽々でそう言う。自転車に乗っていたから当たり前ではあるけど。
先輩は推薦で教育大に行くのがほぼ確定しているようなものらしく、僕にドラムを教えたり、姉に勉強を教える余裕があるのだとか。なんとも羨ましい。
「でも、なんでドラムを叩くのにロードワークなんですか」
「何事も基本は体力だ。いくら技術があってもすぐにへばるようじゃ意味がないからな。ガソリンタンクのないスーパーカーなど誰もいらないだろう?」
「た、確かに……」
表現は極端だけどその理論に僕は割と納得した。
実際にライブで曲数をこなすと、全身運動であるドラマーは体力勝負になることがある。
1周目でもワンマンライブの終盤、死にそうになりながら8ビートを叩いていた記憶がしっかりと残っている。
確かにそんな状況になると、技術もへったくれもない。体力があるからこそ能力が身についていくというのであれば、このトレーニングはわりかし悪い選択ではないと僕は思うのだ。
「それに、芝草はなんだか扱き甲斐があるというか、もっと伸びる気がするんだよな」
先輩は自前のスポーツドリンクを一口飲んでそう言う。
彼女に見込まれるのは嬉しいけれど、僕に伸びしろがあるというのはちょっと疑問符がつく。
10年余計にキャリアがあるのだ、既に頭打ちになっていてもおかしくはない。
僕は薄々わかってはいるけど、それでも己の限界を自分で決めてしまうのは駄目だと思って最後の足掻きをしているんだ。
だからやれることがあるならなんでもやっておきたい、ただその一心だ。
「僕は……、伸びますかね?」
「伸びるさ。というより、今でも十分なくらいの実力はあると思うけどな」
先輩は褒め上手だ。本当はそんなこと無いはずなのに、彼女の言葉で少し救われた気持ちになる。
1周目の僕は教えを乞うことなど邪道だと思い、完全に独学だったのでこんなこと初めてだ。
でも、他人の考えや理論、技能に触れてみることは案外悪くないんじゃないかと感じ始めている。
薫先輩とのこの機会は、迷っていた自分にひとつの方針を見せてくれただけで価値がある。
もっと早く出会えていたらなと思うのは、タイムリーパーなりのジョークだ。
「さて、じゃあそろそろ部室に戻るか。もう少しで『後枠』の時刻だろう」
平日の軽音楽部室の使用時間割は『前枠』と『後枠』に分かれている。必然的に後枠のほうが時間を多く取れるので人気なのだけれど、上級生から順に練習時間の枠を埋めていくので、1年生では後枠が取れるかどうかは運次第だ。
今回は薫先輩が段取りしてくれたおかげで、あっさり後枠を取ることが出来た。
残り数キロのロードワークをこなして僕は部室へ辿り着く。まだ少し早かったせいか、室内には前枠の人達が残っていて楽器の鳴る音が響いている。
僕は部室から鳴るその音に聞き覚えがあった。
粒が揃っていてなおかつエッジの効いたプレシジョンベースの音。どう聴いてもそれは、うちのベーシストである片岡理沙のものだ。
「あー違う、そこはもうちょっと休符を意識して弾いてくれないか? それだと棒弾きになってしまう」
「っくそ、注文が細かいんだよまったく。私に弾いてほしいってんならこっちの方が私っぽいだろ」
「それはそうだ。だが悪いけどこれは俺の曲だ、注文を聞いてもらわないと困る」
僕が室内を覗き込むと、そこには理沙のほかに陽介がいた。あとは、何もやることがなくて暇そうにしている時雨も部屋の端っこにいる。
例の陽介の宅録プロジェクトだろう。理沙のベースを録音していて、そのフレーズをどうアレンジするか揉めに揉めているみたいだ。
陽介は我が強いし理沙だって自己主張するところはして来るタイプ。上手いこと落としどころを陽介は見つけられるのだろうか、ちょっと気になる。
「おい、そろそろ後枠の時間だぞ」
「あっ、部長すいません、すぐに片付けます」
いいところで薫先輩がそこに水を差すと、陽介は録音用のMacBookをそそくさと片付け始める。
それにつられるように、理沙もベースをギグバッグにしまう。
かなりお互いに譲らずといった感じだったので、ここらでクールダウンするのもいいだろう。多分先輩はそこまで考えて言っている。流石だ。
彼らが片付けていると、理沙が僕の存在に気づく。
「あれ? 融じゃないか、部長と一緒に練習するのか?」
「あ、ああ、ちょっと特訓をしてもらおうと思って、薫先輩にお願いしたんだ」
「へぇー、融も結構殊勝なところあるのな。頑張れよ」
そう言うと片付けを終えた3人が部室を出ていった。
去り際、時雨とちょっと目が合ったけど、なんだかいつもと違う感じがした。なんと表現していいかわからないけど、微妙にいつもと違うんだ。
まあ、大したことではないだろうと、僕は深く考えはしなかった。
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サブタイトルの元ネタはSHOW-YAの『METALLIC WOMAN』です!是非聴いてみてください!




