第4話 メトロノーム
とにかく善は急げだ。
何をやったら良いかは漠然としているけど、ドラムのテクニックを向上させることは必須事項だろう。
僕は放課後になるとそそくさと学校を出て、ショッピングモールにある今村楽器を訪れた。
ここにはドラムスクールなんかの案内が貼られていたりして、能力向上のヒントがある。
いくつかのビラをざっと眺めるが、やっぱりそう簡単に手を出せるものじゃない。
「入会金2万円、月謝1万6千円か……」
立派に働いている社会人ならこれぐらい捻出できるのだろう。
でも今の僕はただの高校生だ。バンドをやるだけでもお金がかかるというのに、さらにドラムスクール代もとなると台所事情が火の車になる。
アルバイトに精を出すという方法もあるが、現状時間が限られていて思った以上に稼げるかも怪しい。
それならその時間を練習に当てたほうがよっぽど良いかもしれない。
時間とお金とのバランスは、どうしてこうもうまく吊り合わないのだろうと僕は頭を抱えた。
結局、「基礎練習が大事!」と唱っている教則本とスペアのスティックを買って今村楽器を出た。
お金のない僕には、とにかく時間の有効活用しかない。
空いた時間で基礎練習をして、少しでもまともなドラマーにならなければ。
家に帰ると早速練習パッド代わりの週刊少年ジャンプを取り出し、メトロノームに合わせて教本のフレーズを叩き始める。
シンプルなフレーズから少々テクニカルなものまで沢山教本には掲載されている。こんなのを叩くのは久しぶりだ。
1周目でドラムを叩き始めたとき、見様見真似でOasisの『Live Forever』を演奏していたのを思い出す。。
基礎テクニックに取り組んだのはその後のことだった。あの頃はとにかく曲や練習フレーズを叩くことだけに熱中していて、気がついたらそこそこできるようになっていたというだけ。
でも、その「そこそこ」ではもう駄目だ。
もっと上の世界を、僕が選ばれる側ではなく、むしろドラマーとして他のプレイヤーを選べるようなそんな技量を身につけなくては。
まるで何かに追いかけられるような焦燥感を覚えながらも、僕は黙々と基礎練習を続ける。
すると10分も経たないうちに、外野から苦情が入ってきた。
「ちょっと融! 勉強してるんだから静かにしなさいよね!」
「ご、ごめん……、すっかり忘れてた……」
声の主は隣の部屋にいる姉。
そういえば今朝、友達を呼んでテスト勉強をすると言っていたのをすっかり忘れていた。
僕は即座に練習を止めて、どこか別の場所で練習をしようと荷物をまとめる。
手始めにスティックケースにスティックをしまおうとしたとき、誰かが僕の部屋のドアをノックした。
「……はい? どうぞ」
うちの家族で僕の部屋をノックしてくる人など居ないので、おそらくドアを叩いたのは姉の友人だ。
せっかく勉強モードに入ったところを邪魔してしまったので、小言の1つや2つ言われるのだろうと僕は少しげんなりしていた。
ドアが開くと、そこに立っていたのは意外な人物だった。
「おお、やっぱり菫の弟って君だったのか、道理で部屋からメトロノームの音がするわけだ」
「ぶ……、部長?」
姉の招いた友人、それは他でもない軽音楽部の部長である関根薫先輩だった。後から知ったけど、うちの姉と薫先輩はクラスメイトらしい。
確かに薫先輩なら頭もいいし、将来教員になるということもあって教え上手だろう。僕の姉にしてみたらテスト勉強の心強い味方だ。
「へえ、結構いい趣味な部屋に住んでるじゃないか。こういう部屋、私は嫌いじゃないよ」
先輩は僕のロックキッズな部屋を隅々まで見渡す。なんだか身体を見られるより恥ずかしい。
「そ、そんなに見回さないでくださいよ……。それより、うちの姉に勉強を教えに来たんじゃないんですか?」
そう僕が言うと、薫先輩は少々呆れた表情で続ける。
「菫ったら、集中が切れたから休憩だってさ。まだ始めて30分も経っていないんだけどな」
「すいません、うちの姉が……」
僕同様、姉も学業に対してはそれほど集中力が続かないタイプだ。
顔はあまり似ていないけど、そういうところはしっかりDNAで繋がっているんだなと改めて思う。
「まあそれは最初からわかっていたことだし問題ないさ。それよりも芝草は練習していたんだろう? 続けなくていいのか?」
「いや、勉強のお邪魔になりそうなんで、どこか別の場所を見つけてやることにしますよ」
「そんなに遠慮する必要はないぞ。むしろ菫は静かな空間が嫌だって言うから今日はここに招かれているんだ。多少の音はむしろ歓迎だ」
「本当にすいません……、うちの姉が……」
人を招いておいてこの体たらく。同じ芝草家の血が流れる人間として、そんなことを繰り返さないように反面教師にしようと僕は心に誓った。
「随分と熱心なんだな芝草は。家に帰っても基礎練習を黙々とやるなんて」
「い、いえ、やるようになったのは最近なんですけどね……」
最近というより、『たった今さっき』である。『最近』に含まれるだろうからそのへんは無視。
「あれだけ才能のあるフロントマンと上手いベーシストが居たら、僕だけ置いてけぼりになっちゃいそうで。ハハハ……」
僕は苦笑いでそう答える。
すると、少しの間をおいて先輩は、ギリギリ僕に聞こえない声で何かを呟いた。
「……そんなことはないと思うけどな」
「ん? 先輩なんか言いました?」
「い、いや、なんでもない。独り言だ」
一体何を呟いたのだろう、唇の動きでは全くわからなかった。
なにか大切なことのような気がするんだけど、こんな時に自分の耳は頼りにならない。
「それよりもせっかくドラムの練習に熱が入ってきたんだろう? それなら私がちょっと手伝ってやろうか?」
「ほ、本当ですか!? 部長にドラムを教えてもらえるなら万々歳ですよ!」
「そんな、芝草に教えるだなんて釈迦に説法みたいなものだろう。サポートをする程度しか私には出来ないよ」
「いやいや、そんなことありませんって!」
渡りに船とはこのことだろう。
軽音楽部で一番ドラムが上手い人から教えてもらえるとなれば、その提案に乗らないわけがない。
僕はさっきの先輩の独り言のことなどすぐに忘れて、一旦片付けた練習道具をまた広げるのだった。
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サブタイトルはtoeの『メトロノーム』が元ネタです
普段インストなんて聴かないよという方も、この機会にぜひ聴いてみてください




