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第3話 ラストチャンス

 昼休み、もはや恒例となった屋上での3人揃ったランチタイム。


 夏も近づいてきて暑くなってきたので、流石に日陰に避難するようになった。


 おまけに環境整備のためと称して、理沙がどこからか扇風機を拾ってきて屋外コンセントに接続して涼を取っている。

 彼女いわく、サボる場所の環境も大事なのだとか。多少サボったところで学業成績に何も影響が出ない理沙がちょっと羨ましい。


「それにしても助かったな。融の友達の彼女がライブ映像をバッチリ撮ってたおかげでなんとか応募に間に合った」


「本当にどうなるかと思ったよ……、野口と彼女さんには感謝しなきゃ」


 僕らが出場権を勝ち取った『未完成フェスティバル』に応募するにはもちろんオリジナル曲の音源が必要になる。

 スタジオで録ったものやライブ映像など形式はなんでもいいのだけれど、あいにく僕らにはそういう準備が全くなかったのだ。


 たまたま運の良いことに野口の彼女がバッチリライブ映像を撮っていてくれたので、それを拝借してなんとか応募に間に合わせることができた。


 持つべきものは親友なのだななんて、2周目でもやっぱり思わざるを得なかった。


「これだけ慌てておいて1次の書類審査に落ちたらさすがに笑えないな」


 考えたくないことを理沙は紙パックに入ったリプトンの紅茶を飲みながら言う。珍しく甘い茶を飲んでいるけど、どうやら貰い物らしい。


 笑えない話をするときが1番笑っているなんていうのはよくあることだ。


「確かに……、でも、多分大丈夫だよ。2人ともあのライブのとき凄かったし」


「何言ってんだよ、融だって凄かっただろう? あんなに屈託ない笑顔でドラム叩く奴初めて見た」


「融、凄く楽しそうだった。あれで私も楽しくなれた」


 2人はフォローを入れてくる。

 その気持ちは本当にありがたい。


「……ちなみに2人に聞きたいんだけど、僕のドラムって技術的にどう? 率直に教えて欲しいんだ」


「どうって、高校生にしたらかなり叩ける方だと思うけどな? うちの部の中でも上位陣だろ」


「うん、私もそう思う。融、上手いと思うよ」


 時雨も理沙もそう言う。でも僕は上手いと言われても素直に喜ぶことができなかった。


 やっぱり引っかかるのだ、『高校生にしては上手い』という枕詞が。


 当たり前だけど10年分のキャリアが僕にはある。今の僕は、高校生が小学校に入り直して無双しているようなものだ。

 そこで上手いかと聞かれたら、まあそれなりに上手いと返ってくるのは当然である。


 もっと外部から自分の腕前を贔屓無しで批評してくれる環境を作る必要があるのかもしれない。このままでは、また僕は同じ過ちを繰り返すことになる。

 最悪の場合、今朝の夢の再現なんてこともあり得る。



 昼食を食べ終えてぼーっとしていると、屋上に珍しい来客が訪れた。


「……本当にここで昼休みを過ごしてるとはな」


「陽介……? どうしてここに?」


 屋上への重い防火扉を開けて姿を見せたのは陽介だった。

 滅多に来客なんてあるものではないから、僕ら3人皆驚いている。


「ああ、ちょっと頼みがあってな。――そこの女子2人、ちょっと貸してくれ」


 陽介がそういうと、時雨と理沙は急に身構える。

 まるで肉食獣が近くを通りかかったのときの草食動物のよう。


「貸してくれって……、僕は人材派遣業じゃないんだけど。それに、2人を貸すってどういうことなんだよ」


「すまんすまん、ちょっと言い方が悪かった。何というか、奈良原と片岡にちょっと手伝って欲しいことがあるんだ」


 陽介はA4サイズのフライヤーを取り出して僕らに見せる。

 そこには『宅録インターハイ』というコンテストの概要が記されていた。


 宅録というのは『自宅録音』の略。要するに自分で作曲をして自分で楽器まで録音してしまおうという、楽器の演奏を重視したDTMのことだ。


 インターハイと銘打っているぐらいなのだから、恐らく高校生の宅録コンテストなのだろう。


「宅録……、 つまり陽介はバンドじゃなくて純粋に作曲で公募に挑もうとしているってことか?」


「そういうこと。それでちょっと2人の協力が必要なのさ。具体的には、女声コーラスとエッグいベースが欲しい、もちろんそれなりに礼もする」


「ちなみに僕は?」


「融のドラムまで録ったら完全に俺がお前らのバンドに乗っかっただけになっちまうだろ。それは避けたい」


「なんだよそれ……」


 僕は少しがっくりとしたあと、2人の方を見た。


 このバンドからメンバーを奪って新しくバンドを始めようというのでなければ、僕に陽介の希望を止める権限はない。

 これに関しては彼女たちの意志を尊重すべきだ。


「そう言われてもな……、私のベースなんて誰でも弾けると思うんだけど」


「私も……、コーラスなんて自信ない……」


「自信なんてなくていい、とりあえず手を貸して欲しいんだ。頼むっ……、この通りだ!」


 陽介は2人に頭を下げる。

 こんなに他人に助けを求め、なおかつ素直に頭を下げる陽介など、1周目では考えられなかっただろう。

 だから僕は彼の行動に心底驚いていた。


「ま、まあ……、どこまで出来るかわかんないけど、岩本がそこまで言うなら弾いてやるのもやぶさかじゃないが……」


「……私も、理沙と一緒なら」


「本当かっ!? めちゃくちゃ助かる!」


 2人はちょっと気圧され気味だけど、陽介の頼みを引き受けた。それだけ陽介の熱意が強かったんだろう。


 あのライブバトルで負けを喫してから、彼は変わろうと足掻いている。

 この行動のおかげで2人の力を借り、宅録インターハイを獲ることだってあり得るだろう。


 そうなれば僕に何もないということが余計に浮き彫りになる。

 今朝の夢みたいなことに、どんどん近付いていくのだ。


 やっぱり僕も、変わるしかない。

 やり直しのこの青春は、バンドを楽しむだけじゃなく、僕自身を生まれ変わらせる最後のチャンスなのだ。


 どうしたらいいのかわからないけど、とにかく何か行動を起こさなければ。

読んで頂きありがとうございます!


少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけたら、下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います!


サブタイトルの元ネタはSomething Elseの『ラストチャンス』です!

ぜひ聴いてみてください!

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連載中!
「出会って15年で合体するラブコメ。 〜田舎へ帰ってきたバツイチ女性恐怖症の僕を待っていたのは、元AV女優の幼馴染でした〜」

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https://book1.adouzi.eu.org/n3566ie/

こちらもよろしくお願いします!!!
― 新着の感想 ―
[良い点] ちゃんと本人も変わろうとしてるの良かったです!
[一言] 作曲で公募に挑むなら奏者は誰でもいいじゃない。 コンテストに通ったら、改めて同等以上の技量を持ったメンバーを探すと? そんなわけないよね。 「見つからない」「探している時間が無い」と言ってそ…
[良い点] 「融のドラムまで録ったら完全に俺がお前らのバンドに乗っかっただけになっちまうだろ。それは避けたい」というセリフ 陽介くんが融くんを高く評価しているのがよくわかります [一言] 陽介くんが融…
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