第47話(第1部最終話) 夏を待っていました
翌週。学校のプールサイド。
結局あの騒動のあと、犯行を自白した小笠原は姿を表していない。まるで行方をくらますかのように彼は消えてしまった。
事件の被害者である僕と薫先輩は、この騒動を大きくしたくないということで、被害を声高にすることはしなかった。後日、こっそりと僕のもとには陽介経由でヘッドやスナッピーの弁償代金が送られてきたので、彼にはそれなりに悪いことをした自覚があったのだろう。
反省として薫先輩は彼に毎年軽音楽部がやらされるプール清掃に参加するよう促した。しかしこのザマだ、小笠原は体よくサボる形になってしまった。
小耳に挟んだ話では、彼は学校を辞めてどこかの専門学校に行くのだとかなんとか。
そういうわけでここにいるのは、その代理でやって来た陽介と井出。それと、僕ら3人。
僕らは被害者ではあるけれど、突然3日間学校をサボってしまったので、とりあえず信用回復のための奉仕活動をやろうということにした。
体操着を身にまとった時雨と理沙はデッキブラシを抱えてちょっとはしゃいでいる。
天候にも恵まれたので、プール清掃という面倒くさい仕事の割には皆楽しそうだ。
「……悪いな、小笠原があんなことをしたばっかりに」
僕もデッキブラシを持ってプールの床をこすっていると、陽介が申し訳なさそうにやって来た。
バンドメンバーがやらかしたわけだけど、彼は彼なりに責任を感じているらしい。思えばこの時から陽介はリーダーたる器だったのだろう。
こんな事件を経てしまったせいだけど、1周目で僕をクビにした元凶は陽介ではなく小笠原だったのかななんて思ってしまう。
でももう確かめようが無いからそれ以上考える気は起きない。
どちらにせよ、僕の本当の人生は2周目になってしまったのだから。
「いやいや、いいんだよ。陽介は悪くないんだし、むしろちゃんと代理でやって来るだけ偉いって」
「そんなに簡単に許すなよ。俺達は何一つ良いことなんてしていないんだから」
「そうは言っても……、別に誰かが死んだわけじゃないし、深刻にならなくてもいいだろう」
陽介は僕の温和な態度に虚を突かれたのか、なんだか調子が狂ったような顔をする。
警察沙汰にもなり得た話だけに、相当厳しいことを言われると思ったのだろう。こんな風に許されるのが、どうも彼の中では納得がいっていないのかもしれない。
僕自身、小笠原のやったことは悪いとは思うけど、どうも完全に彼のことを憎みきれないでいる。
何故かといえば、僕も十分に彼と同じような状態になり得たからだ。
奈良原時雨という絶対的な才能と、片岡理沙というそれを支える努力家がバンドにはいる。
僕はといえばただ未来をちょっとだけ知ってて10年分のアドバンテージを食い潰すだけのタイムリーパーだ。
やったことといえば、彼女たちを見つけたことぐらい。
努力も苦労も、胸を張れるほど出来たわけではない。
小笠原が去り際に、「お前は才能にたかっているだけの怠慢野郎だ」と言った。
彼にとってはただの捨て台詞だったかもしれないが、まだ僕の心の中にその言葉は鈍く響いている。
「……まあ、芝草が優しくて助かったよ。礼を言う」
「融でいいよ。なんか陽介に苗字で呼ばれると変な感じがする」
「お前こそしれっと俺のこと『陽介』って呼ぶしな。でもまあ、不思議なもんだけど悪い気はしない」
陽介はフッと笑みを浮かべる。
「そういえばバンドはどうするんだ? 小笠原の代わりのドラマーでも見つけるのか?」
「いや、バンドは一旦解散かな。ちょっとしばらくは一人でやろうかなと思ってる。まだまだ俺には勉強が足りない」
「よく言うよ、それだけ出来るくせに」
「そう思ってあぐらをかいたら終わりなんだよ。俺はいつまでも上を目指す。だから今度は絶対にお前らに勝つからな」
僕が一番見習うべきは、陽介のそのスタンスだろう。
10年のキャリアに甘んじていてはいけない。
僕が現状維持のままでは、いずれ時が来たら1周目同様時雨と理沙から見放されることだってあり得るのだ。
神様から貰ったこの10年を、生かすも殺すも僕次第。
嫌というほど、自分の力のなさを思い知らされる。
「おーい、お前らサボってんじゃないよ」
向こうでせっせと掃除をしている理沙が言う。
彼女はなんやかんや奉仕活動には積極的というか、単純にプールで騒ぐというそんな青春っぽいことがうれしくてたまらないように見える。
まだ夏本番と言うには日が浅いが、日差しだけは一丁前に強い。
理沙の持つホースからは噴水のように水が撒かれていて、日差しと相まってところどころ虹が見える。
「ごめんごめん、ちゃんとやるから許し……、うわああ!!」
素直に清掃作業に戻ろうと思った矢先、理沙の持つホースが突如こちらを向いた。
もちろんそこから溢れる水も僕に向かうわけで、あっという間に濡れネズミへ変身を遂げる。
「悪い悪い、手元が狂った」
そんなお決まりの言い訳を理沙は言う。
あんなキレキレのベースを弾くような彼女がうっかり手元を狂わせるわけがないのだ。間違いなくわざとだろう。
「もう……、着換え持ってきてないんだからな……」
「大丈夫大丈夫、この日差しならすぐ乾くって」
「乾くからと言っていくらでも濡らしていいわけじゃないからな……」
僕はまるで自宅の飼犬のようにふるふると首を振るわせて水を飛ばす。犬と違ってあまり効果はないけど、髪の毛の水ぐらいは多少飛んでいった。
「……融、ペロみたい」
その様子を見ていた時雨にまで面白がられてしまった。
すっかりうちの犬と時雨は仲良くなってしまっていて、家に来るたびにどっちが犬なのかわからないぐらいじゃれている。
そんな時雨に飼犬みたいだと言われるのは、恥ずかしいような嬉しいような、ムズムズする気持ちだ。
一度彼女のことが好きだと自覚してしまうと、こんなにも気持ちがすぐに揺れ動いてしまう。これほどまでにコントロールがうまく出来ないのは、1周目の人生でもなかったことだ。
バンドが続く以上、僕のこの気持ちを表に出そうとは思わない。3人でようやく立ち上がったこのバンドは、絶妙でギリギリのバランスで成立しているのだ。
僕のエゴでそれを壊すなんてことは、絶対にしてはいけない。
だからせめて僕は、時雨のその透明で綺麗な横顔をずっと見ていたいなと思った。
でも、今の自分にそんな権利があるのかと自問自答すると、僕は強く肯定することが出来ない。
僕が本当に彼女の隣にいていい存在なのかどうか、僕自身が一番よくわからなくなっている。
「融、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
その横顔に見惚れていたよ、とは言わない。
言ってしまえば最後、僕は消えて無くなってしまいそうな気がしたから。
暑さと日差しと焦燥感をもたらす夏が、すぐそこに迫っている。この人生のターニングポイントとなりそうな、とてつもなく暑い夏が。
第一部〈了〉
読んで頂きありがとうございます。
これにて第一部完となります、お付き合い頂き本当にありがとうございました。
物語はまだまだ続きます。これからはさらに融と時雨の関係について深堀りしていこうかなと思っていますので、ぜひとも第二部もよろしくお願いします。
私事ではありますが、本作は連載もので初めて日間1位を獲得した思い出の作品です。
皆さんの応援もありまして、週間、月間、さらには四半期1位を獲得するまでに至りました。本当に本当にありがとうございます。
書き始めた当初はこれほどの反響をいただけるとは思っておらず、また500ptで打ち止めかなーなんて思っていたりしました。
それでもやはり音楽の力というのは凄いもので、感想欄でもバンドやってました!とかサブタイトルに引き寄せられました!という声が非常に多く、その昔バンドをやっていた僕としてもとても嬉しく思っています。
なので、この反響は自分だけの実力ではないと思っております。音楽を作る人たち、奏でる人たち、歌う人たちの力あって私はなんとか第一部完結まで辿り着くことができました。
こんなあとがきの場で恐縮ですが、すべての音楽活動をされている方にも感謝を申し上げたいと思います。
さて、第二部についてはゆっくり更新していこうかなと思っています。
え?今まで毎日更新だったじゃないかって?
まさか来たのか?『書籍化』の打診が……?
いえいえ、私にはそんな実力ございません……(汗)
実はですね……、第一部は多少なり書き溜めをしながらやり繰りしていました。
お恥ずかしながら執筆時間を確保するのに躍起になっておりまして、生活と執筆を両立させるために少し時間を頂きたいのです。
それでも責任持って最後まで書ききるので、よろしくお願いします。
こんな私ではありますが、フィナーレまでお付き合い頂ければ幸いです
ちなみに、サブタイトルの元ネタはamazarashiの『夏を待っていました』です
暑くなって参りました、皆様も身体にお気をつけて毎日をお過ごし頂ければと思います
走り書きではありますが、私からは以上です
第二部もよろしくおねがいします
それでは、また明日
水卜みう




