第46話 祭りのあと
「小笠原、何か知らないか?」
薫先輩は小笠原へ話を振る。
彼は、「いや、別に……」と小声で返した。
「この間は芝草のスネアのヘッドがカッターナイフか何かでズタズタにされていたと言うし、私のケースは芝草と同じモデルだからもしかしたら同一犯かなと思ってな」
物騒なワードが薫先輩の口から放たれると、集まっていた軽音楽部員はザワザワし始めた。
「えっ……、スネアのヘッドを……」
「カッターで引き裂くとかヤバすぎるだろ」
「それって普通に警察沙汰じゃない?」
「大事になったら部活動休止とかあるぞ……」
「それはまずいって……、シャレになんないよ……」
「犯人誰だよ、早く出てこいよ」
ざわつきのボルテージは上がっていく。
このままではどんなに良心が痛もうとも犯人は名乗り出られないだろう。
「あの、僕はちゃんと謝ってくれれば、この件を大事にするつもりは無いです。人間だから魔が差すこともあるだろうし、被害だって取り返しがつくレベルのものですから」
僕は皆へ向けてそうメッセージを言い放つ。
時雨に恐怖を与えたことは許せないけれど、それこそ犯人が出てこなければ意味がない。
僕に向けた謝罪なんて1ミリも求めていないんだ。ただ単に、時雨を安心させたいその一心だった。
「……まあ、こんな大勢の前じゃ名乗り出にくいだろう。芝草がこう言っているんだ、後でこっそりでいい、謝りに来ればいいさ。私のスネアも返してくれれば何も言わん」
そう薫先輩が言うと、一旦ざわめきは収まった。
とりあえず犯人には牽制出来ただろう。ここまでやったのだから、もうコソコソする必要もあるまい。
祭りが終われば当然片付け作業がある。
レンタル機材は業者のトラックに搬出して、自前の機材は部室に戻す。案外重たい物が多いので、必然的に人海戦術だ。
僕は武道場の備品をもとに戻そうと倉庫の中に入った。
すると、タイミングを見計らったかのように倉庫には小笠原がついて来たのだ。
「おい芝草、ちょっとツラ貸せよ」
「どうしたんだ小笠原、そんな怖い顔して」
「どうしたもこうしたもねえよ。……全部知っててやってんだろ」
彼は怒りをあらわにしている。
僕にとってしてみたら、この期に及んで何を怒っているのだろうかと思う。むしろ怒りを向けられるべきは小笠原だ。
「お前のせいで……、俺の計画が全部台無しなんだよ!」
「計画って……、なんのことだよ」
「うるせえ! たまたま陽介よりもすげえ奴を発掘したぐらいで調子にのんな! 本当なら、俺がそうなってるはずだったんだよ!」
俺がそうなっているはず、という言葉の意味を咀嚼する。
要するに小笠原は、僕さえいなければ奈良原時雨という才能が見つけ出されることはなく、そうなれば陽介に便乗する形で世に自分を知らしめられたと言いたいわけだ。
僕が時雨を見つけ、理沙を巻き込んでバンドを組まなければ、小笠原自身がまるで今の僕のような立ち位置でいい顔が出来た。そういうことである。
完全に自分の事など棚に置いて、他人の才能をなんとかしてしゃぶりつくす、そんなハイエナみたいなやり方。
うまくいかなかったから僕に怒りをぶつけるのは、完全に八つ当たりだ。
「それは僕の知ったところじゃない。陽介にたかっているだけの君の怠慢だろう」
「怠慢だと……? 俺がどれだけ苦労して自分を押し殺してまでこのポジションにたどり着いたと思ってんだ!」
小笠原は元はといえばギタリスト。
いや、さらに元を辿れば陽介や時雨と同じフロントマンをめざしていた身だ。1周目で10年一緒にいたので、そのへんの事はなんとなく知っている。
中学からギターと歌をやってきて、内輪では持て囃される存在だった彼は、高校に入って陽介という大きな存在に一度心が折れる。
1周目ではギタリストに専念することで己の尊厳を保っていたのだろう。
でも2周目は違う。彼は信念を曲げてドラマーへ転向した。自分を押し殺してでも、才能ある人間になんとか食いつこうとしたのだ。
そしたらどうだ、僕みたいなドラマーが奈良原時雨と片岡理沙とバンドを組んで皆の度肝を抜いてしまったわけだ。
彼からしたら、予定外のことだっただろう。そして間違いなくこう思う。
『芝草融は苦労も努力せずに表舞台を駆け上がっている』と。
信念まで曲げて陽介とバンドを組んだ小笠原にとっては、もはや尊厳を奪われるようなことだったのだろう。
だから彼は僕を攻撃してきた。あわよくばこのライブを辞退してくれれば万々歳。そんな軽い気持ちだったのかもしれない。
「お前さえいなければ……、お前なんか……!」
「……じゃあやっぱり、一連のことは君がやったんだな」
「当たり前だ! 何の苦労もしていないお前こそ、才能にたかっているだけの怠慢野郎だ! それが憎くて何が悪いんだよ! ……クソっ……、なんで……、こんな奴に……」
才能にたかっているだけの怠慢野郎か……。
そう言われてしまうと、僕自身彼に強く返す言葉はない。
2周目という絶対的アドバンテージがあったのだ。確かにそう思われるのも仕方がない。実際のところ、事実と言えば事実なのだから。
小笠原は感情が昂り過ぎたのか、膝から崩れ落ちてうずくまってしまった。
殴り合いになるか、ナイフで刺される可能性まで考慮していたけど、彼にはそんな行動を起こす力はどうやらないらしい。
異変を察知した部員が倉庫に駆けつけて、この騒ぎは収束した。
小笠原が自白したおかげで一連の事件も解決。薫先輩のスネアドラムも無事に発見された。
でも、僕の心には、なにか大きなものがつっかえたままだった。
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サブタイトルの元ネタはbaseballbearの『祭りのあと』です
カッコいいのでぜひ聴いてみてください




