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第42話 Shangri-La

 ◇奈良原時雨視点


 お客さんがたくさん集まるステージというのは、私にとって恐怖を思い出させられるトラウマ以外の何物でもない。

 まだ人が集まって来ているだけなのに、中学時代のあの悪夢が脳裏をよぎる。


 怖い。逃げ出したい。

 ここから逃げ出してしまえばまた楽になれる。そんなマイナスの思考ばかりが私には浮かんできた。


 でも、今回ばかりは逃げるわけにはいかない。

 もう私はひとりじゃない。融と理沙、私を支えてくれる2人の仲間がいる。


 その2人は私の歌を買ってくれていて、素直にすごいと言ってくれる。

 そんな大切でかけがえのない仲間のために、なんとしても恩返しがしたかった。



「……時雨? 大丈夫か?」


 融が私に声をかけてきた。多分私は、相当苦しそうな顔をしていたんだと思う。

 人前に立つという緊張感よりも、またトラウマの恐怖でパニックでも起こしたらどうしようかという不安感があった。


「だ……、大丈夫。ステージにた、立ったらなんとかなる」


 私はそう返すことしか出来なかった。

 ここまで私のことを庇ってくれた2人に、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思っていたから。


「時雨、よく聞いてくれ」


 融は、今にも泣き出しそうな私の目を見て言う。


 なんでだろう、いつだって彼は、私のことなどすべてお見通しなのだ。

 私が欲しいときに、彼はほしい言葉をくれる。


「僕のバスドラムの音には、必ず理沙のベースが乗っかってくる。つまり、君は一人じゃないって、その音が証明してるんだ。だから大丈夫、歌えるよ」


 まるでおまじないだ。効果があるかどうかなんてわからない、眉唾もの。

 それでも、今の私が一番欲していたものに限りなく近い。


 本当は感謝の気持ちをすぐに伝えるべきなのかもしれない。

 でもそんな余裕もなかった私は、ただ首を縦に振って頷いた。

 そんな不器用な私でも受け入れてくれるこの2人に出会えて、改めて本当に良かったなと思う。



 融が選んだという登場曲が流れると、私はステージに上ってジャズマスターを手に取る。

 フロアにはお客さんの人だかりができていて、とてもじゃないけど目を向けられる気持ちの余裕はない。


 私は平静を保とうと、チューニングを確認したり、ギターのノブを回したりした。

 でもやっぱり心もとない。思わず、2人のほうを向く。


「……融、理沙」


 小さな声で2人の名を呼んだ。

 すると2人は、ただ一言こう言うのだ。


「絶対大丈夫」

「ああ、絶対大丈夫だ」


 すぐさま融が音響席にいる部長へ合図を送る。登場曲はフェードアウトして、場内は一気に静まり返った。


 融は合宿中、こんなアドバイスを寄越した。


「ライブのMCは最小限でいいと思う。なんなら時雨は、曲名だけコールするぐらいシンプルな方がカッコいい」


 それが口下手な私のことを思ってなのか、それとも単純に様になるからなのかはわからない。

 でも私にできそうなのはそれぐらいしかない。だったら融の言う通り、曲名のコールだけをしてみようと思った。


「――『シャングリラ』」


 静けさをつんざくようにそれだけ言い放つ。

 そうして間髪入れずに、融がバスドラムをキックし始めた。


 BPM130の4つ打ち。

 偶然かもしれないけど、そのテンポは合宿のとき不意に融に抱きしめられたときの彼の心音にそっくりだったと思う。


 融の鼓動ビート、それを追いかけるように理沙のベースがグリッサンドを入れて入ってくる。

 私はそれに耳を済ませた。



 ――大丈夫。私はもう、ひとりじゃない。



 スコア上1拍分はみ出ているフィルインを融が叩き終えた瞬間、私は自分のジャズマスターを思いっきりかき鳴らした。


 その刹那、何かが開けたような気がした。

 今まで内に内に閉じこもっていた自分の殻みたいなものが破けるような、そんな感触。


 不思議と、それまで私を締め付けていた恐怖みたいなものが、その手を弱めているように思えた。

 歌える、今なら何も恐れずに、思いっきり歌える。


 サビから始まるこの曲は、水を得た魚のような状態の自分にぴったりだった。

 最初からフルスロットル。こんなに気持ちいいステージが、世の中にあるものなのかと私は夢心地だ。


 コーラスの理沙もきれいに私の歌へハーモニーを乗せてくる。

 彼女の硬派なイメージからはとても想像しにくいけれども、ベースだけじゃなくてコーラスもかなり上手だ。

 理沙と一緒に歌えることが、何よりも嬉しい。


 間奏になって、私はちょっとしたギターソロを弾く。


 融から、間奏になったらドラムセットの方を振り返っても大丈夫だと言われたので、私は彼の方を向いた。

 不思議とすぐに融とは目があった。やっぱり彼は、笑顔で楽しそうにドラムを叩いている。


 その楽しそうなドラミングはすぐに私に伝わる。楽しさの連鎖で、私も思わず笑っていたと思う。


 笑顔でドラムを叩く人が、私は好きだ。



 曲がまもなく終わる。

 最後のGコードを鳴らすと、私はすぐに次の曲のコールをする。


「――『our song』」


 会場には、恵みの雨が降る。

読んで頂きありがとうございます!


皆様の応援が力になります!応援よろしくお願いします!


少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけたら、下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います


ちなみにサブタイトルの元ネタは電気グルーヴの『Shangri-La』になります

カッコいいのでぜひ聴いてみてください

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連載中!
「出会って15年で合体するラブコメ。 〜田舎へ帰ってきたバツイチ女性恐怖症の僕を待っていたのは、元AV女優の幼馴染でした〜」

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https://book1.adouzi.eu.org/n3566ie/

こちらもよろしくお願いします!!!
― 新着の感想 ―
[良い点] ゾクゾクしました! 臨場感が溢れる描写が最高です!
[一言] 時雨が楽しそうで何よりです 彼女にすればどうにでもなるし♪(´ε` )
[一言] 音で●すんや!!
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