第40話 Squall
放課後を告げるチャイムが鳴ると、すぐさま武道場には機材類が運び込まれた。
薫先輩が事前に段取りをしていたおかげで、音響機材のレンタルなんかも準備万端だ。普段から敏腕な人だとは思うけど、いざお祭り騒ぎになるとこの人の行動力は段違いだ。
彼女自身が旗を振って作業を指揮しているうちに、いつの間にかステージは出来上がっていく。
アンプやドラムセットのセッティングをする部員のみんなも手慣れている。余程薫先輩に鍛えられているのだろうか。
セッティングが終われば、今度はすぐにサウンドチェック。
「じゃあマイクチェックするよー、まずキックからちょうだい。その次はスネアね」
ステージの反対側、PA卓の椅子に腰掛ける薫先輩がヘッドホンをつけながらマイク越しにそう叫ぶ。彼女はPAも出来るらしい。
ちなみにPAはPublic Addressの略で、ざっくり言うとこのライブ会場の音響担当だ。
機材に詳しいのはもちろん、センスも問われる仕事であるのでそんなに簡単なものではない。僕も1周目の時に手伝ったことがあるけど、ツマミだらけのPA卓を目の前にしてめまいがしたことをよく覚えている。
当時は気が付かなかったけど、今思うとやっぱりこの人はちょっと並外れている。将来この学校で先生をやっているのが少し勿体ないと思うぐらいだ。
ステージ準備が着々と進むなか、僕らは武道場の端でその様子を見守っていた。
楽器を準備してリハーサルに備えている。今日の出番順は僕らが先で陽介達が後だ。
よく賞レースなんかでは出番が後のほうが印象に残って有利だとか言うけれど、今回ばかりは先で良かった。
もし陽介達が先攻だったならば、オーディエンスは僕らを観ることなく帰ってしまう可能性もあるからだ。
出来るだけ多くの観客の前で僕らのライブを観てもらうには先攻しかない。
「……あれ?融のスネアケースにそんなミサンガみたいなのついてたか?」
理沙は僕のスネアケースを指差してそう言う。普段からあまりキーホルダーとか飾り物をつけない僕なので、余計に目立つのかもしれない。
「いや、これはちょっと理由があってつけててさ。例のスネアズタズタ犯対策って感じかな」
「えっ? 対策って融、もしかして犯人がわかったのか?」
「いやいや、そういうわけじゃないよ。でも犯人がまた妨害してくるなら今日しかないかなと思ってね。ちょっと細工をした」
僕のスネアケースに薫先輩のミサンガを移植しただけだけど、どうやらその効果はあったみたいだ。
ケースを部室に取りに行ったら、先輩のケースのほうが無くなっていたから。
おそらく犯人は僕のケースだと思って持ち出したのだろう。時間もそれほど無いし、ダイヤル式の錠前で鍵をかけているから、とりあえずどこかに隠してある可能性が高い。後で犯人が確定したら探しに行くとしよう。大体目星はついているんだけど。
ともかく、先輩の協力無しでは出来なかったことなので、後で菓子折りでも持っていったほうがいいだろう。
陽介達のバンドのリハーサルが終わり、続いて僕達の番になる。
僕がスネアケースについたダイヤル式錠前に『4893』と入力した。
そうして中からチャド・スミスモデルのスネアドラムを取り出すと、リハーサルを終えて入れ違いになった小笠原が驚いた表情を浮かべていた。
やっぱり予想通り小笠原が犯人だろう。
僕をハメたつもりだったのに、まさか自分が手のひらの上で踊らされているなんて夢にも思っていなかったに違いない。
僕はあえてこの大事な場面で小笠原が動揺するように、彼を泳がせたのだ。
ドラマーの心の揺らぎは、サウンドにすぐ現れてメンバーに伝播する。それは、他の誰でもなく僕自身が身を持って体感したのでよく知っている。
僕を怒らせたこと、いや、時雨や理沙に恐怖を与えたことを、彼には今ここで盛大に悔いてほしい。
彼への報いは、ライブが終わったあとにまた考えるとしよう。
「……融、音出ししよう。ギターばっちりだよ」
「こっちも準備万端だ。デカい音を出してこうぜ」
「了解。じゃあ本番ではやらないけど、あの曲のサビだけ鳴らそうか」
2人はコクリと頷く。
僕はスティックで8カウントを取ると、7拍目を食うように時雨がマイクに向かって叫びだす。
1フレットにカポタストがついた時雨のジャズマスターからは、ズンズンに歪んだB♭のコードが鳴り、理沙のプレシジョンベースからはライフル銃のように真っ直ぐな低音の塊が飛んできた。
――pillowsの『ハイブリッド・レインボウ』
時雨の声に合わせてキーを1音下げたそれは、原曲とはまた違った響きで武道場中に轟いた。
窓から差し込む西日と彼女のスコールみたいな歌声で、本当にそこに虹が見えるんじゃないかというぐらい、僕からはこの光景がきれいに見えた。
まだお客さんは入っていないけど、それを聴いた部員たちは皆こう思っただろう。
まさか、誰も期待していなかったこのバンド――それも、ぼっちと不良もどきと普通のドラマーの、掃き溜めみたいな存在の集まりから、こんなサウンドが飛び出すなんて。
ワンフレーズだけ演奏し終えると、僕は手を上げてPAの薫先輩にリハーサルの終了を告げた。
いよいよ、僕らの青春はファーストステージを迎える――。
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ちなみにサブタイトルの元ネタは04 lmited sazabysの『Squall』です
カッコいいのでぜひ聴いてみてください




