第39話 愛は勝つ
「おい芝草、この3日間どこ行ってたんだよ」
教室に戻ると、野口が心配そうに声をかけてきた。
もちろん、野口以外には誰も心配されていない。それはそれでなんだか悲しい。
「どこって……、野暮用だよ、野暮用」
「野暮用で3日も欠席するやつがこの世にいるもんかよ。お前がいないもんだから、今日のライブバトルはなんかもう不戦勝みたいな雰囲気すら出てるぞ?」
「えっ?それって僕らは何もせずに勝ちってこと?」
「お前の文脈を読み取る力のなさにはガッカリだよ」
3日会っていなくてもこんな冗談を交わせるのは、さすが10年来の友人といったところか。
「冗談冗談。でも不戦勝なんかにはさせないよ。むしろあっと言わせるステージにしてやるから期待しとけって」
「本当かよ? お前のバンドのメンバー、めちゃくちゃ評判悪いらしいじゃないか。中学のときに部活を潰したとか」
「そんなのは悪意ある事実の切り抜きに過ぎないよ。それが本当かどうかは、ライブではっきりする」
僕は野口相手とはいえ、まるで音楽雑誌に乗っている海外アーティストの自信満々インタビューみたいな口調で話す。
下馬評では圧倒的に陽介のバンドが優勢だろう。火を見るより明らかだ。
でも僕はそんなのお構いなし。どんなに劣勢でもそれをひっくり返せる力が僕らのバンドにはある。そう信じてやまなかった。
「……全く、その自信はどこからやってくるんだか」
「まあ、自信は持つだけなら自由だからな」
「そんなに凄いって言うなら、気合入れて撮影しないとな」
そう言って野口は自分のカバンからデジカメを取り出した。
野口とカメラ、1周目を知る僕からしたらその組み合わせはミスマッチにほかならない。
僕はまさかと思って野口に訊いてみる。
「……もしかして野口、彼女に影響されてカメラを始めたのか?」
「そ……、そんなんじゃねえよ! これは純粋な俺の興味で……」
「じゃあそのデジカメで撮った写真を見せてくれよ」
「それは……、その、今はやめとこうぜ……、ほら、授業始まるし……」
やっぱり間違いない。写真部の彼女に影響されて野口もカメラを始めたのだろう。その端切れ悪い返答が何よりの証拠だ。
多分、デジカメのメモリーカードの中には彼女を撮った写真が何枚もあるに違いない。
ある意味一番青春している野口が羨ましい。
とりあえず僕は、野口とその彼女に今日の写真や動画をありったけ撮ってくれと頼んでおいた。
こういうのは、案外後で役に立ったりする。1周目で培ったバンドマンの勘がそう言っている。
◆
昼休みになって僕は屋上へ向かう。
階段を登って重い防火扉を開けると、いつものように時雨と理沙がそこにいた。
「よう、いつもより遅いじゃないか」
「いやいや、それは理沙と時雨がずっと屋上にいたせいだろう。僕はいつも通り昼休みのチャイムが鳴ってから来たよ」
「それじゃあ遅いだろ、フライング気味で出ないと。ラモーンズだってカウント食い気味で演奏始まるだろ?」
「あれはカウントの意味を成してないんだよなあ……」
理沙はいつも通りのパンクロックトークが炸裂していたので大丈夫だ。今日も爆音でプレシジョンベースを鳴らしてくれるだろう。
彼女の左手には、とんかつのチェーン店でテイクアウトしてきたであろうカツ丼の袋がぶら下がっている。ベタなゲン担ぎだ。
一方で僕が心配しているのはその隣にいる時雨。
彼女はお昼ごはんのサンドイッチを小さな口でうさぎのように食べていた。
「時雨?大丈夫?」
「大丈夫。誰にも会わずにここに来たから、ノーダメージ」
時雨は小さくグッドサインを出す。
ちょっとだけ口角が上がっているように見えるのは、落ち着いている証拠だろう。
「それなら良かった。ライブまでまだ時間はあるけど、ちゃんと昼ごはん食べてエネルギー補給しておかないとね」
「それも大丈夫」
時雨はそう言って自分のランチボックスを見せつける。
あろうことか、いつものツナサンドやたまごサンドではなく、今日に限ってその中身はカツサンドだ。
僕は時雨もまさかそんなベタなゲン担ぎをするとは思わず、そのギャップに笑ってしまった。
エネルギーも補給出来て縁起も良いとなれば、確かに一石二鳥で最高の勝負メシだろう。
「……なんか変?」
「いや、最高にイカしてると思うよ」
「なら良かった」
時雨はお決まりのはにかみそうではにかまない、少しはにかんだ顔をする。その表情をするときは、決まって調子が良い時だ。
ますますライブが楽しみになってきた。
どんな劣勢でもひっくり返せるどころか、大量リードでコールドゲームにできそうな気分だ。
そうして、僕も昼ごはんを食べようと弁当の蓋を開ける。
自分の中で士気が上がっているのがわかった。
今日はたまたま自分で弁当を詰めたのだけど、その中身には意図せずニッスイのメンチカツが入っていたから。
「なんだよ、融までカツかよ」
「融、ベタすぎ」
「いやいや!2人に言われたくないよ!」
とか言いながら、結局みんなベタなゲン担ぎが好きなんだなと、僕は自嘲しながら弁当に手を付けた。
こういうとき、3人は良いものだ。
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ちなみにサブタイトルの元ネタはKANの『愛は勝つ』です
カッコいいのでぜひ聴いてみてください




