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第35話 魔法のバスに乗って

 明日からの3日間学校をサボってどこかに行こう。

 そう思い立ってからは早かった。


 僕は思い出したかのようにスマホでとある施設を検索する。それは県内の山奥にあるスタジオ付の宿泊施設。


 どうせならこの3日間、思いっきり3人だけのバンド合宿をしてしまおうと思ったのだ。


 幸いなことに閑散期で料金も安く、僕らの貯金を使えばなんとかなりそうだった。


 それに各々の親への説得もあっさりと済んだ。1番手強そうな理沙の家ですら許可をくれたのだ。

 学校をサボって合宿、それも男女混合となれば絶対に反対されると思ったのだけれど、案外拍子抜けしてしまった。


まあ、先生には後で謝っておいてプールの清掃でも請け負うことにしよう。



 順調に事が運び、火曜日の朝。

 僕は駅前のバスターミナルで2人を待っている。


「よう、おはよう」


「おはよう、理沙」


 先に来たのは理沙だった。

 スキニージーンズとライダースジャケットという予想通りの出で立ちでやって来たので、僕は一周回って安心した。

 細身で脚も長くスタイルがいいので、お世辞抜きで似合っている。


「しかしまさか合宿をしようなんてことになるとはな」


「そうだね。僕もここまで事が上手く運ぶとは思わなかったよ」


 理沙は道中コンビニで買ったらしい緑茶のペットボトルに口をつけた。


 こんな感じで硬派だけど、理沙は実はコーヒーが飲めなかったりする。大概の場合、緑茶か烏龍茶が彼女の手元にはある。


「まあでも、その突拍子のなさが融っぽくていいと思う。私と時雨じゃあ絶対にこんなことを思いつきやしないから」


「ハハハ、それは褒められてると思っていい?」


「もちろん」


 僕は自嘲気味に笑う。


 別にバンド合宿でなくても、3日間どこかへ逃げられるのであれば何でも良かった。

 思いついたのがたまたま合宿だったというそれだけだ。時雨を守るため、僕は柄にもなく必死になってたんだろう。



 しばらくして時雨がやってきた。


 いつものように少しオーバーサイズ目のパーカーを着てショートパンツとタイツを組み合わせている。耳にはお気に入りだというヘッドホンが装着されていた。


「おはよう時雨、昨日はよく眠れた?」


「うん……、大丈夫だよ」


 時雨はヘッドホンを外して、呼吸を整えながらそう言う。


 今日から3日間学校でトラウマの恐怖に晒されなくて済むことになったので、時雨は以前の落ち着きを取り戻していた。


 とにかくその姿を見られたので僕は一安心だ。


 本当に心を閉ざしてしまう時というのは、部屋から出ることさえ億劫になる。でも、そうでないのであれば、また時雨は立ち直ることができる。この3日間は、大切な充電期間でもある。


「そんじゃ、揃ったことだし行こうか。もうそろそろバスも来るみたいだし」


「そうだな、案内頼むよ」


 高速バスの乗り口へ向かう。

 ちょうどそこには回送運転から営業運転に切り替わったバスが乗客を待っていた。荷物を床下トランクへ預けると、僕らは座席に腰掛けた。


 平日の午前中。ほぼ貸し切りのようにバスの中はガラガラだ。


 心地よい揺れに身を任せているうちに僕は微睡んでしまった。目的地に着くまでに起きられれば大丈夫だろうと、ゆっくりまぶたを閉じる。


 次に目が覚めたのは目的地の少し手前になってから。時雨が心配して僕に声をかけてきた。


「……融、そろそろじゃない?」


「ああごめん、そうだね。次の停留所が目的地だよ、ありがとう時雨」


 危うく寝過ごすところだった。

 もし時雨も理沙もいなくてひとり旅だったとしたらと思うと、やっぱり3人でいるのは安心する。


 結局僕も、ひとりでは生きていけない人間なんだなと改めて思った。


 ◆


 バスに揺られたあと、そこから3kmほど歩くと合宿用の宿泊施設がある。


 チェックインを済ませると、荷物を自室へ運び込んだ。

 部屋はいわゆる旅館みたいな和室。お金もないので3人でひと部屋だ。


 さすがに男女混合で同じ部屋に過ごすとなると色々大変なので、僕は遠慮をして窓際のテーブルと椅子のあるスペース――広縁ひろえんに陣取り、女性陣2人は8畳間を広々と使うようにした。


 2人から文句を言われなかったあたり、僕は信頼されているのかそれとも無害だと思われているのか。

 キャラ的に自分は後者なんじゃないかなと自嘲しながら、荷物を置いて練習スタジオへ向かった。


「おおー、案外ちゃんとしたスタジオじゃないか」


「レコーディングに使ったりもするみたいだからね。今村楽器のスタジオより設備充実していると思うよ」


 スタジオの重い防音扉を開けた理沙の第一声は驚きだった。

 部室が使えないときに御用になる今村楽器のスタジオに比べて、アンプやドラムセット、レコーディング機材も充実している。


「……これ、24時間使っていいの?」


「もちろんだよ、夜中も爆音オッケーさ」


 極めつけはこれが24時間使い放題というサービスっぷりだ。周辺に民家がないので思い切り音が出せる。

 加えて他に遊ぶようなところもないので、否が応でもバンド漬けの合宿が行えるという至れり尽くせりっぷり。


「……それにしても融、こんなのよく知ってたね。この合宿所、使ったことあるの?」


「えっ……? いや、そ、そんなことないよ? ……ほら、色々なバンドのブログとかSNSを見ているとそういう事書いてるからさ……」


「ふうん……」


 時雨はたまに鋭い問いかけをしてくる。


 実際のところ、僕は1周目のときにこの合宿所を使ったことがある。だから合宿先にここを選んだわけなんだけど、あまりにも慣れすぎてて不自然に見えたかもしれない。


 今までもちょっと口が滑ったり危ないことがあったから気をつけなくては。


読んで頂きありがとうございます!


皆さんの応援が力になります!よろしくお願いします!


少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけたら、下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います


ちなみにサブタイトルの元ネタは曽我部恵一BANDの『魔法のバスに乗って』です

カッコいいのでぜひ聴いてみてください

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連載中!
「出会って15年で合体するラブコメ。 〜田舎へ帰ってきたバツイチ女性恐怖症の僕を待っていたのは、元AV女優の幼馴染でした〜」

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https://book1.adouzi.eu.org/n3566ie/

こちらもよろしくお願いします!!!
― 新着の感想 ―
[一言] バンドで合宿、泊まり込みともう青春という言葉ですら生ぬるい…。 勝負も大事だけど、それ以上に過去のトラウマ、今の煩わしさを吹き飛ばすぐらい楽しい時間を過ごしてほしいと思ってしまう。
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