第32話 野口、久津川で爆死
週明け、時雨の提案でバンド名を『ストレンジ・カメレオン』とすることが決まった。
金曜日に迫るライブバトルに向けて、より一層身が引き締まる思いだ。
薫先輩の手腕のおかげなのか、校内でも金曜日にライブイベントが行われるということが徐々に知れ渡っていた。
ただでさえ中高生の圧倒的な支持を得ているラジオ番組主催の音楽コンテストだ。校内代表のバンドを自分たちの投票によって決めることになるなら、生徒みんなが盛り上がるのも頷ける。
一方で壊されたスネアのヘッドについては少し様子を見ようと思う。もちろん許すつもりもないし、犯人を特定したいのは山々だ。
でもそのせいでライブが中止、それどころかコンテスト出場が出来なくなる可能性だってある。そうなれば、事件は解決出来ても共倒れのような形になりかねない。
事が終われば犯人がポロッと尻尾を出す可能性もあるので、そうなったら穏便に済ませたいところだ。
「おい芝草、週末のライブに出るってマジ?」
昼休み、僕は屋上へ向かおうとしたところで野口に話しかけられた。
「ああ、そうなんだよ。応援よろしく頼むよ」
「おう、任せとけよ。ちなみにそのライブって撮影は出来るのか?」
「普通のライブハウスだとダメだけど、今回は構わないよ。撮影でもすんの?」
僕がそう問うと、野口はなぜか端切れ悪く続ける。
「ま、まあ、俺じゃないんだけど撮影したがる奴がね……」
僕はその反応にピンと来た。
多分野口のやつ、彼女が出来たんだろう。1周目のときに彼女が出来たときもこんな感じでぎこちなかったのをよく覚えている。
野口の所属する科学部は、現像暗室的な部屋を写真部と一部共有している。そこで上手いこと写真部の女子にアタックを仕掛けたのだろう。それならば撮影したがる彼女がいてもおかしくない。
「じゃんじゃん撮ってくれて構わないよ。カッコよく撮ってくれって、彼女に言っておいてくれ」
「なっ……、お前、なんでそれを……」
僕がカマをかけてそう言うと、野口はわかりやすく動揺する。図星だ。
「バレバレなんだよ。最近の野口、幸せそうだしな」
「うっ……」
野口はバツが悪そうに僕から目を逸した。
多分そろそろ彼女がこの教室にやって来るだろうから、お邪魔にならないうちに僕は屋上に向かうとしよう。
屋上に向かう最中、校内の掲示板には薫先輩が作ったと見られるライブの告知フライヤーが至るところに貼られていた。
そこには僕らのバンド名『ストレンジ・カメレオン』と、陽介たちのバンド名『等身大の地球』が大きく書かれていて、対決の煽り文句なんかが添えられている。
とても目を惹くデザインで、こういうのを作らせると薫先輩は天才的だ。そのおかげもあって、次々に興味を持った生徒がそれを眺めている。
ただ興味を持ってくれるだけならば良い。
しかし悲しいことに、どこからか心無い声も僕の耳には聞こえてきてしまう。
「……これって、奈良原のバンドじゃない?」
「本当だ……。あの子、まだ音楽やってたんだ。懲りないよね」
「なになに?その奈良原って子、何かあるの?」
「えっと、実は中学の頃――」
僕は嫌な予感がした。
時雨は僕らにこそ心を開けるようになったけど、その原因を作った中学の同級生を克服出来たわけではない。
大々的にライブの告知が打たれた今、時雨の耳にも今みたいな会話が入っている可能性は高い。
悪意のある一部の人間によって、悪意のない他の生徒を巻きこんで噂が広まれば、時雨はまた昔のトラウマを引っ張り出してしまうかもしれない。
そうなればライブで勝敗がつく以前に、歌うことすらままならないだろう。
僕は一目散に屋上へ走った。
時雨を悪意の中に晒すことだけは、一秒たりとも避けたかった。
「……時雨っ!?」
「よお融、どうしたんだ?そんなに慌てて」
屋上にいたのは理沙だけだった。時雨の姿はここにはない。
「理沙、時雨を見なかったか?」
「ああ、時雨なら2限の体育で一緒だったけど、体調悪いからって保健室に行ったきりだ。よくある貧血だから大丈夫って言ってたけど……」
「わかった、ありがとう!」
「あっ、おい、ちょっと待て!どこ行くんだよ!」
僕は理沙の制止を振り切って階段を駆け下りる。行く先はもちろん保健室だ。
保健室に着いて、養護教諭の先生に時雨について尋ねると、顔色が良くなかったので今日は早退させたとのこと。
……一歩遅かったかもしれない。
時雨のトラウマを知っていたからこそ、もう少し早く気がつくべきだったと、僕は下唇を噛んだ。
◆
「……そうか、そういう過去が時雨にはあったんだな」
「ああ、だから大勢の前で歌うのはもしかしたら難しいかもしれない……」
屋上に戻ってきた僕は、理沙に事情を打ち明けた。
理沙は苦そうな表情でその話を聞く。彼女なりに、痛ましいなと思うところがあるのだろう。
「道理であんな凄い歌を歌う奴が表に出てこないわけだ」
「そうなんだよ。時雨は凄すぎるが故に、他人から疎まれてしまった」
出る杭は打たれるとは言う。でも、出過ぎた杭は打たれない。
時雨が出過ぎた杭になるためには、もしかしたら時期尚早だったのかもしれない。
「まあ、嫉妬する奴なんて放っておけばいいんだけどな。時雨はセンシティブだから、どうしても気になってしまうんだろう」
「うん……、だからそれに早く気が付かなかったのが悔しい」
僕は飲み干したコーヒーの缶を強く握る。
順風満帆なつもりでいた自分を、自分の拳で殴りたくなった。
「なーにもう終わったみたいな顔してるんだよ融、違うだろ?今回の時雨は独りじゃない。私達がいる」
「理沙……」
「とにかく、放課後になったら時雨のところに行こう。融、家の場所知ってるだろ?」
理沙は時雨を救う気だ。いや、もちろん僕もそのつもりだけど、理沙のおかげで目が覚めた。今の僕らは、独りじゃない。
このとき僕は初めて、この3人でバンドを組めて良かったなと思った。
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ちなみにサブタイトルの元ネタはモーモールルギャバンの『野口、久津川で爆死』です
カッコいいのでぜひ聴いてみてください




