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第31話 歩いて帰ろう

 その日の練習は部室にあった共用のスネアドラムを使うことにした。

 誰もメンテナンスしていないので酷いコンディションだったけど、とりあえず使うことはできたので良しとしよう。


「そろそろいい時間だし、今日はこの辺にしておこうか」


「そうだな、大分いい感じなって来たし、この勢いでライブもブチかましたいところだ」


「うん」


 アクシデントこそあったけど、バンドの仕上がり自体は良好だ。

 このまま何事もないままライブを迎えられればいい。


 学校の玄関を出ると、門の前には見たことのある黒い車が止まっていた。

 片岡家のお迎えだ。今日の運転手は親父さんではなく後援会の人らしい。さすが県議会議員ともあってものすごいバックアップ体制だ。


「じゃあ私は迎えが来たみたいだからそろそろ行くとするよ。えっと、週末は今村楽器のスタジオで良いんだよな?」


「うん、10時に現地集合で頼むよ」


「了解。それじゃあまた」


 理沙は乗り込んで手を振ると、車はあっという間に見えなくなった。高級車の加速力はやっぱりちょっと違う。


 時雨と二人きりになったので、暗くなる前に帰り路を急ぐことにした。


 ふと気がついたけど、こうやって時雨と一緒に帰るのは実は初めてな気がする。

 いつも集まっているマクドナルドは僕と時雨の家の中間にあるから、なかなかそんな機会がなかったというのもある。


 こんな近距離に自分の推しがいるというのも、なかなか不思議な気持ちだ。


「……あっ、そうだ。これ、この間借りたCD。ありがとう」


 時雨は持っていたトートバッグごと僕に差し出す。中身は先日時雨が僕の部屋でじーっと眺めていたCDたちだ。

 興味津々だったとはいえ、15枚くらいいっぺんに借りていったのにはびっくりした。


「ありがとう。どうだった?」


「うん、凄く良かった。特にpillowsがお気に入り」


「なかなか時雨も良い趣味をしているね。僕も昔組んでいたバンドは――」


「……昔組んでいたバンド?」


「えっ、あ、いや、なんでもない。なんでもないよ」


 危うく口が滑るところだった。


 僕が1周目で組んでいたバンド、『ストレンジ・カメレオン』はpillowsの曲名から取ったものだ。バンド名にこだわりがなかった陽介が僕に命名権を与えたのでそうなった。


 それを思わず口走りそうになってしまって、僕はかなり不自然に慌ててしまう。


「……怪しい」


 時雨はジト目で僕を見つめる。

 僕自身が慌ててさえいなければ、この可愛らしさを堪能出来たのだけにそれがちょっと悔しい。


「い、いや、昔、pillowsの『ストレンジ・カメレオン』をそのままバンド名にしようかななんて思ったことがあるだけだよ。ハハハ……」


 一応嘘はついていない、はず。

 すると時雨の表情は、ジト目から何かを見つけ出したようなハッとしたものに変わる。その瞳は、いつもより透明感を増していたと思う。


「……それ、凄くいいと思う」


「凄くいいって、バンド名のこと?」


「うん。……その曲、私も好きだから」


 そういや時雨に貸したCDの中に、『ストレンジ・カメレオン』が収録された『Please Mr.Lostman』のアルバムが入ってたっけ。


「なんかね、自分みたいなんだ。その曲」


 歌詞を聴くとわかる。この曲は、出来損ないの自分が感じている疎外感みたいなものが、とてもシリアスに、どこか優しく纏め上げられている。


 時雨は、そんな歌に自分を重ねたのだろう。


「……ねえ融、バンドの名前、『ストレンジ・カメレオン』にしてもいいかな?」


「そ、それは構わないけど……」


 僕は一瞬戸惑った。

 1周目で組んでいたバンドの名前を、この2周目でも名乗ることになるとは思っていなかったから。


 でもその戸惑いはすぐに消えた。

 どうせやり直すなら、同じ名前のバンドで突き進むくらいのほうがいい。それでやっと、本当の『青春のやり直し』が出来るような気がした。


「理沙には私から言っておくから、お願い」


「わかったよ。他でもない時雨の頼みだし、それに、そう言われちゃったらもう別のバンド名思いつかないし」


 僕はクシャッとした表情で笑った。

 つられて時雨も、やんわりと笑顔を浮かべる。


「……ありがとう」


「何言ってんの、こちらこそありがとうだよ。時雨がいなかったら、そもそもこのバンドは無いんだから」


「……ふふっ、融はたまに変なことを言うね」


「そ、そんなに僕、変なことを言ったかな?」


 時雨は何も言わずもう少し笑顔を強めて、僕の前の方を歩き始めた。

 この時間が、ずっと続いてくれたらいいななんて、僕は思ってしまった。



 そうこうしているうちに時雨の住むマンションまでたどり着いた。心配だった妨害行為なんかもなく、平和に帰宅できて一安心だ。ここで僕はお役御免。


「じゃあまた、今村楽器のスタジオでね」


「うん、またね」


 僕は時雨の姿を見送り、踵を返して自宅へ戻ろうとした時、ひとつ忘れていたことを思い出した。


「あっ、スペアのヘッドとスナッピーを買わなきゃ……」


 ズタズタにされたスネアドラムを修復するために、僕はその足でショッピングモールにある今村楽器へ向かった。


読んで頂きありがとうございます!


目指せ月間1位!皆様の応援よろしくお願いします!


少しでも「続きが気になる!」「面白い!」と思っていただけたら、下の方から評価★★★★★と、ブックマークを頂ければと思います!


ちなみにサブタイトルの元ネタは斉藤和義の『歩いて帰ろう』です

カッコいいのでぜひ聴いてみてください

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連載中!
「出会って15年で合体するラブコメ。 〜田舎へ帰ってきたバツイチ女性恐怖症の僕を待っていたのは、元AV女優の幼馴染でした〜」

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https://book1.adouzi.eu.org/n3566ie/

こちらもよろしくお願いします!!!
― 新着の感想 ―
[一言] 僕もピロウズ大好きです。ストレンジカメレオンも本当にいい曲ですよね。
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