第30話 あの娘に1ミリでもちょっかいかけたら○す
やることが決まってからはとにかくストイックに練習するのみ。
部室が使えない日は屋上で練習、週末にはスタジオも予約して文字通りバンド漬けの2週間になる。
時雨も理沙もいい感じに気乗りしていて、出音にもそれが乗り移っているような気さえする。
この調子でいけば間違いなく陽介たちに勝てる。そんな自信に満ちてきたところの僕らをアクシデントが襲った。
僕はいつも通り部室での練習を始めようと、ドラムセットの横にある棚から自分のスネアケースを取り出した。
部員のドラマーは自前のスネアドラムやバスドラムのペダル、人によってはシンバルまで用意していて、とても機材の数が多い。そのため、毎回持ち歩くのは不便なので部室に置いているのがほとんどだ。
僕も例に漏れずスネアケースは部室の棚に置いてある。
最近僕が提案して部室が施錠されるようになったので、遠慮なく機材を置いていたのだ。
しかし今回はそこに置いていたせいで、僕のスネアドラムは見るも無惨な姿にさせられてしまっていた。
「……なんだよ、これ」
ケースを開くと、僕のスネアドラムのベッド――要は太鼓の皮の部分がカッターのようなものでズタズタにされていたのだ。それも両面。
おまけにスナッピーと呼ばれる鳴りを出すための針金の束みたいなものも、ぐちゃぐちゃにされてしまっていた。
僕は一瞬で状況を理解した。
これは、誰かの敵意が僕らに向いていると。
「……時雨、理沙、君らの機材は大丈夫か?」
「あ、ああ、とりあえず大丈夫そうだ」
「私も大丈夫」
それを聞いて僕は安堵のため息をつく。
敵意のターゲットが僕だけならば全然構わないが、理沙や時雨にも向いているとしたら、かなり警戒を強めなければならない。
特に時雨は昔、他人から敵意を向けられたおかげで心に傷を負っている。なんとしても、この被害は僕だけに留めておかなければ。
「うわあ……、ちょっとこいつはヒドいな……」
「……融、大丈夫?」
ズタズタにされた僕のスネアドラムを見て二人は言う。
出来るだけ平静を装おう。僕が動揺しているのを見せてしまっては、彼女たちにもそれが波及しかねない。
「大丈夫大丈夫、ヘッドとスナッピーが壊されただけだから交換すればいい話だよ」
とりあえず被害が消耗部品だけで助かった。
本当に僕のことを困らせたいならスネアドラムの胴体とかリムとか交換が難しい部品を破壊すればいいものを、中途半端に消耗部品だけ攻撃してくるというのがどうも気になるところ。
小さな被害なら僕が泣き寝入りすると思っているのか、それともこれからもっと酷いことが起こるぞという牽制なのか、どちらにせよ陰湿なのは間違いない。
こんなことをしでかす奴は、一体誰なのだろう。
まず最初に疑いをかけたいのは陽介だ。でも僕には1周目を含めて一応10年以上の付き合いがあるあいつが、こんな陰湿なことをやるとは思えなかった。
不満があれば面と向かってやり合うタイプだし、妨害なんていう自信のなさを表すような真似はしない。
もう一人、ベーシストの井出も多分こんなことはしない。あいつは陽介みたいなリーダー格にやれと言われない限りはやらない人間だ。陽介自体が妨害行為を進んでやろうとしないならば、彼も動きはしない。
そうなれば疑いを向けるべきは小笠原だ。
彼は1周目のバンドではギタリストだったが、この2周目では僕がバンド入りを拒否したおかげでドラマーへ転向した。本当はギターが弾きたかったけど僕のせいでドラムを叩かされているのであれば、敵意を向けられてもおかしくない。
性格は陽介とは正反対で、影でこそこそ言いたいことを言うタイプ。こういう妨害行為をやりそうといえばやりそうなタチだ。犯人探しの本線ではあると思う。
しかし、誰がやったにせよそれを証明する証拠がない。
ここで野放しにしておくと、またさらに妨害を受ける可能性だってある。
「とりあえず二人とも、機材は絶対に部室に置きっぱなしにしないように。あと、帰り道は一人で帰らないようにしよう」
とにかく敵意を向けられているのが明らかな以上、この二人がちょっかいをかけさせられないよう対策をしなければ。
「わ、わかった。私はとりあえず迎えを呼べばなんとかなる。どうせそのまま父さんの手伝いをしなくちゃならないし」
理沙はサポートもあるし大丈夫だろう。
仮に犯人が小笠原なら、彼女が県議会議員の娘であることぐらい知っている。バレたときの報復を考えたら、理沙に手を出すのは難しいはず。
「……私は、一番家が遠いから途中で一人になる」
一番心配なのは時雨だ。
家も僕んちより遠いから、一緒に帰っても途中で一人になってしまう。
「じゃあ僕が時雨の家まで送ってくよ。それなら一人にならずに済むでしょ?」
「でも、それじゃあ私を送ったあとに融が一人になるんじゃ……」
「大丈夫大丈夫。こう見えて逃げ足は速いんだ」
僕はそう言うけど、時雨はちょっと心配そうな顔をする。
まあ、逃げ足が速いのは安心材料としてはちょっと物足りないのも理解できる。
もうちょっと頼り甲斐のある男にならねばなあなんて、僕は自嘲した。
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ちなみにサブタイトルの元ネタは銀杏BOYZの『あの娘に1ミリでもちょっかいかけたら殺す』です
物騒なタイトルですがカッコいいのでぜひ聴いてみてください




