第26話 すべてはここから
騒動から数日。
軽音楽部の部室には、何事もなかったかのように理沙の姿があった。
正式に僕と時雨のバンドへ加入することになり、軽音楽部にも入部することになった。
黒染めした髪をまた染め直すことはさすがにしなかったけど、だんだん黒が抜けて若干髪色は明るくなっている。
「――ワンツースリーフォー!」
「違う違う、ラモーンズのカウントはもっと曲とかけ離れたテンポでやるんだよ」
「……それ、カウントの意味ある?」
時雨が日直で少し遅くなるということで一足先に部室入りした僕らは、何故か理沙の思いつきで『ラモーンズごっこ』を始めることになった。
ラモーンズごっこといっても特に演奏をするわけではない。彼ら特有の曲が始まる前のカウントをひたすらモノマネするというそれだけのことだ。
しかし理沙のやつ、本当にパンクロックが大好きなんだろう。パンクのことになると目の色が変わる。
ベースの腕前はかなりのものであるのに、それを必要としないラモーンズやセックス・ピストルズみたいなバンドが好きなのは、それはそれでミスマッチ感が強くて僕はいいと思う。
多分だけど、彼女のクローゼットを開けたら女子高生が着ているような服はほとんど無くて、黒のライダースジャケットとかスキニージーンズとかそういうものだらけな気がする。それこそスカートなんて制服以外では着用しなさそうだ。そんな硬派な感じも理沙らしくて良い。
「……ワンツースリーフォー!!」
「そうそう、そんな感じ!『Rockaway Beach』っぽくて凄く良い!」
「……なんなんだよこの練習」
こんな感じでバカバカしいなと思いながらも、やっと理沙が加わってバンドらしくなったのが嬉しくてしょうがない。
そろそろ時雨もやってくるだろうし、そうなったら真剣モードに切り替えて頑張るとしよう。
「……何やってるの?」
そう思った矢先、既に時雨は部室にやって来ていた。
まるで「バカなの?」と言いたげに、ジト目で僕らのことを見つめている。
どうやら『ラモーンズごっこ』を見られていたらしい。お遊びとはいえ、まじまじと見られるとなかなか恥ずかしいものがある。
「いや、これは理沙の奴がラモーンズの真似をだな……」
「そうだ、ラモーンズは最高なんだぞ」
時雨は「ふーん」とだけ言ってギターのセッティングを始めた。
まずい、もしかして機嫌を損ねたのか?
「……今度は私も混ぜて」
「もちろんさ!ラモーンズは最高だからな!奈良原もパンクロックを聴くといいぞ」
僕はそれを聞いてホッとした。
案外時雨にもそういうお茶目なところがあるみたいだ。
「……そういえば気になることがあるんだけど」
時雨はドラムスローンに座る僕のほうを向いてそう言う。
これからのバンドの話とか、新しい曲のこととか、そんな話だろうか。
「ん?どうした?」
「芝草くん、片岡さんのことだけ『理沙』って呼ぶよね」
真面目な話だとばかり思っていた僕は、時雨のその疑問に少し肩透かしを食らったかのようにずっこけた。
確かに言われてみればそうだ。
僕から理沙を呼ぶときだけは『理沙』、それ以外この3人でお互いを呼ぶ時は苗字呼びだ。
こうなったのには理沙がそう呼べと言ったこと以外特別な理由はない。ただそれが自然になっていただけだ。
「そ、それは理沙が苗字で呼ぶなって言うから……」
「……じゃあ、私も苗字で呼ばないで」
時雨はちょっといじけているように見えた。ここまできておいて自分だけ仲間はずれとか、そういうのが嫌なのかもしれない。なかなか時雨にも可愛らしいところがある。
「わかったわかった、せっかくこの3人でバンドを組むことになったんだから、もうお互い名前呼びにしようよ。それでいいかい?時雨」
「……うん。それでいいよ、融」
その瞬間だけ、普段あまり変化のない時雨の表情が少しだけ明るくなったような気がしないでもない。スーパースローカメラでもあれば確認できるだろう。
しかしながら、やっぱり女子に下の名前で呼ばれるというのはいくつになってもドキドキする。いや、今の僕は16歳だけど。
「じゃあ私もそうさせてもらうかな。よろしくな、融、時雨」
「よろしくね、理沙」
理沙はニカッと笑う。
彼女にはちょっと硬派なイメージがあるけれど、さすがに時雨と比べると数億倍表情が豊かである。
あの屋上でタバコを吹かしていた退廃的な理沙の姿はもうそこにはない。ただそれだけのことだけど、バンドへ巻き込んで良かったなと思える。
「……さて、じゃあ今日の練習を始めようか。それが終わったらマクドナルドかどっかでバンドミーティングでもしよう」
いつの間にか、このバンドのバンドマスターは僕になっていた。
1周目のバンドでは陽介についていくだけだったけど、この癖の強い二人を引っ張って行くというのも案外悪くないなって思う。
「そうだな。父さんに結果出せなんて言われてしまったし、本格的に何か目標立てないとだな」
「……賛成。三角マロンパイ食べたい」
時雨、モンブランだけじゃなくマロンパイも好きだったのか。しかしながら今はまだ春だ、栗のメニューは季節外れである。
「時雨、それは秋限定メニューだよ?」
「そうなの……?じゃあ行くのやめる……」
「いやいや、それは来てくれよ!」
「……ふふっ、冗談」
時雨はお決まりのはにかみそうではにかまない、少しだけはにかんだ顔をする。
やっとここから僕らの青春が始まる、そんな気がした。
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サブタイトル元ネタはTHE BOYS&GIRLSの『すべてはここから』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください




