第25話 Little By Little
◇奈良原時雨視点
芝草くんは果敢にも片岡さんの父――片岡英嗣議員の事務所へ突撃していった。
私は芝草くんに何かあったときのために、通話を繋いで外で待機している。
説得は難航していた。
やっぱり県議会議員の父親なんてそう簡単に折れてくれる訳がない。
芝草くんはなんとしても片岡さんをバンドへ引き入れようと懸命に粘る。
私も、彼女が仲間に加わってくれることを切に願っている。
確かに見た目はヤンキーで怖いし、最近吸わなくなったけどタバコも吹かしていたし、ちょっと近づき難い雰囲気が片岡さんにはある。
それにベースの趣味はパンキッシュで硬派だ。逆にその腕前の良さが人を遠ざけているようにも見えた。
芝草くんがいなかったら、一生関わることのない人だったのだと思う。
でも、何度か会ううちに分かった。彼女は、私と似たもの同士だ。
本当は独りなんてまっぴらごめんなのだけど、自分ではどうしようも出来ない。だから自分は本当に無力な人間だと思って、目の前のことからどんどん逃げてしまう。
そんな彼女のことを芝草くんは――もちろん私も、放っておけなかった。
説得はさらに困難を極めていた。
片岡議員が言うには、バンドをやるならば遊びではなく、誰もが納得する結果を出せというのが条件だった。
芝草くんは私とバンドを組むとき、このバンドは楽しい青春を過ごすための一つのスパイスみたいなものになればいいと言っていた。
多分彼は私に気を使っていたのだと思う。気弱で、口下手で、弱々しい私を守ろうと、そんなことを言ってくれた。
芝草くんは、とても優しい。
でも、私は彼に貰ってばっかりだ。
彼が苦しんでいる今、私に出来ることはなんだろうか。
そう自問自答したあと、芝草くんのスマホと繋がっている自分のそれに向かって、私は気持ちを込めた。
「――待って下さい!も、もう少しだけ、話を聞いてもらえませんか」
『な、奈良原さん?』
電話越しの芝草くんは驚いていた。私が発言することなど全くないと思っていたのだろう。
でも、今回ばかりは私に頑張らせてほしい。
私は、すっと息を吸い込んで、スマホに向かって歌い始めた。うまく喋れない私にとって、歌うことが一番の説得材料だと思ったから。
芝草くんが聞いたらなんて思うだろうか。それこそ、似たもの同士だねって笑われるだろうか。
「結果なら出してみせます。そのために、片岡さんが必要なんです。……だからお願いします。片岡さんとバンドを演らせて下さい」
一か八かの勝負。これで駄目なら諦めがつく、そんな気持ちで私はスマホを前にして頭を下げた。
『理沙と君たちに1年間時間をやろう。君らが演りたいことが『バンドごっこ』でないのならば、その期間で結果を出せ』
片岡議員の口から出てきたのは、最大限の譲歩だった。
1年間という期限付きだけど、片岡さんをベーシストとして迎えることを許された。
そうして私はその瞬間、初めて自分の歌には心を動かす力があると分かったのだ。
それもこれも、芝草くんや片岡さんがいなければ気が付かなかったこと。下手をしたら、そんなことをわからないまま一生を終えていたかもしれない。
私は、少しでも彼らの役に立てたことが嬉しかった。
まだ物語は始まったばかり。
貰ってばかりの自分だけど、少しずつ少しずつ、それを返していけるようになりたい。
私は強くそう思った。
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サブタイトル元ネタはOasisの『Little By Little』だったりします
カッコいいのでそちらもぜひ聴いてみてください




